テストレポート
ペルチェ搭載のCooler Master製大型CPUクーラー「V10」を買ってみた〜極私的交換レポート
Cooler Masterから2009年4月下旬に発売された,ペルチェ素子搭載の空冷CPUクーラー,「V10」。1万円台後半という価格設定もあって,手を出せる人の数はそれほど多くないと思われるが,4GamerのライターであるUHAUHA氏が私的に購入したというので,インプレッションを語ってもらうことにした。いつものレビューやテストレポートとはちょっと毛色の違った「交換記」をお届けしたい。
何を隠そう,筆者は大きなものに惹かれる性格だ。しみじみと思い返してみても,これといった例外はなかったりするため,周囲からよく「肝っ玉が小さいからでしょ?」と突っ込まれたりもするが,性分なのだから仕方がない。いや,肝っ玉が小さいという点については外れちゃいないんですけど。
CPUクーラーも例外ではなく,大きなCPUクーラーは,いかにも冷却能力のキャパシティに余裕がありそうで好ましく,これまでもいろいろと大きな製品を買ってきた。念のためお断りしておくと,空冷CPUクーラーの場合,冷却能力を左右するのは基本的に熱抵抗と風速であって,「大きければ冷える」というのは極論もいいところなのだが,分かっていてもついつい手を出してしまうのだ。
今回は,V8ユーザーの立場から,V10の価値について考えてみたいと思う。
ざっくりとV10の構造を確認
非常にユニークなペルチェの使い方は必見
V10はクルマのエンジンを模した樹脂製のカバーに覆われているが,その構造はなかなかユニークで,なかなか一言では説明しづらい。なので,先に,本稿の冒頭で触れたペルチェ素子について簡単にまとめておこう。
ペルチェ素子とは,「2種類の異なる金属を接合した回路に直流電流を流すと,一方の接合部で吸熱,他方の接合部で発熱が起こり,電流の向きを変えると,吸熱部と発熱部が入れ替わる」という「ペルチェ効果」を利用したデバイスだ。
熱を強制的に吸熱し,反対側で発熱させられると聞くと,夢のような素子だと思うかもしれないが,PCで使う場合はそうでもない。熱を吸熱しすぎて外気温より極端に低くしてしまうと,結露が発生し,電子部品をショート(=PCハードウェアを破壊)させてしまう。また,消費電力の割に,吸熱できる熱量は少ないため,結露しないように配慮しすぎると,ただ電力だけ消費して,ほとんど効果はないという結果になったりもする。
V10に取り付けられたペルチェ素子とその周辺。CPUベース(※写真右,「Warning」と書かれたシールが貼られた部分だ)から伸びた先に,ペルチェ素子が取り付けられている |
ペルチェ素子周辺を別の角度から。CPUベースの上に置かれたTECからは,ペリフェラル用の4ピンケーブルが伸びている。PWM対応の4ピン電源ファンケーブルとは別に,である |
CPUベースには,ペルチェ素子とつながっている4本とは別に,2本のヒートパイプが取り付けられており,CPUベースを挟んでペルチェ素子とは反対側に伸びた先にある2か所のヒートスプレッダと接続される。同時に,120mm角ファンを2基搭載するため,結果として,
「サイドフローを実現する120mm角ファンを,CPUに向かって垂直に設置された二つのヒートスプレッダが挟み,かつ,トップフローを実現する120mm角ファンが,CPUと水平に設置されたもう一つのヒートスプレッダを冷却しており,各部は計10本のヒートパイプで接続される」
格好になっている。しかし,単純に「CPUベースから3か所のヒートスプレッダに向かって10本のヒートパイプが伸びている」わけではないのだ。
CPUベースの上にボックスが見えるが,これは,温度センサーとペルチェ素子コントローラとして機能する(と思われる)「TEC」(Thermo-Electric Cooling)ユニット。同時に,ファン回転数は800〜2400rpmの間でPWMによる制御が行われるため,基本的に,ユーザー側でV10を操作する必要はない。完全なる“自動運転”となる。
取り付け自体は難しくないが
メモリモジュールとの干渉に注意
今回,V10を取り付ける対象になった筆者私物PCの主なスペックは表のとおり。PCケースの「OWL-602-Silent」はかなりの年代物だが,フルタワーとミドルタワーの中間程度と拡張性が高く,また,スチールケースならではの剛性の高さが気に入っている。そこに,(自分で言うのもアレなのだけれども)ハイエンドと述べて差し支えのないパーツを詰め込んだシステム,といったところである。
このPCにV10を取り付けるわけだが,それに当たって,下に示したとおりの懸念点があった。いずれも現物合わせで確認するほかないのだが,結果はその下に示した写真とともにご覧いただきたい。
(1)メモリモジュールとV10は干渉しないのか?
いやはや,ドキドキものである。
(2)電源コネクタとV10は干渉しないのか?
Rampage II Extremeの場合,24ピンのATX電源コネクタがメモリスロットの近くにレイアウトされており,V10を取り付けると,完全に隠れてしまう。(1)で指摘したとおり,V10の水平ヒートスプレッダとマザーボードの間には50mm前後しか隙間がないので,太い24ピンケーブルを差し込むのが大変だ。結論からいうと,V10を装着したマザーボードをPCケースに固定してから24ピンケーブルを接続するのはまず無理だ。今回筆者は,24ピン電源延長ケーブルをマザーボードに取り付けた状態でV10を装着し,PCケースに固定したが,おそらく,メンテナンスを考えるとこれが一番ラクではないかと思う。
(3)5インチ/3.5インチベイとV10は干渉しないのか?
ただし,ATXマザーボードとドライブベイの間に隙間がほとんどないPCケースだと,干渉する可能性は大いにある。この点は注意が必要だろう。
“無茶な環境”でこそTECの効果あり?
Turbo Boostの効き具合にも影響
ここからは実際に,筆者の環境でV8からV10に交換したことで,何がどう変わったのかを,テストから明らかにしてみたいと思う。
「Core i7-965 Extreme Edition/3.20GHz」(以下,i7-965)の基本設定は,筆者がそれまでV8で使ってきたとおり。「Enhanced Intel SpeedStep Technology」(拡張版インテルSpeedStepテクノロジー,以下 EIST),「Intel Hyper-Threading Technology」(以下 HT)はいずれも有効化している。ただし,「Intel Turbo Boost Technology」(以下 TB)は,有効・無効の両方でテストすることにした。
また,テストに当たっては,
- OSの起動後,30分放置した時点を「アイドル時」
- CPUとメモリに負荷をかけ続け,システム全体の安定度をチェックするソフト,「Prime95」(Version 25.6 build 6)を1時間実行し,その間で最も消費電力が高かった時点を「Prime95時」
とする。CPUクーラーのファン回転数は,V10が(前述のとおり)自動制御。一方のV8は最高の1800rpmに指定した。
というわけでグラフ1は,「Core Temp」0.99.4」を用いて,CPU各コアの温度を計測し,その平均値をまとめたものだ。各コアの実測値はその下に表2,3としてまとめたので,興味のある人は併せてチェックしてほしい。
個人的に衝撃的だったのは,これまで何の問題もなく運用していたつもりのV8との組み合わせで,軒並み高いCPU温度を記録していたのに気付かされたことだ。とくに,TBを有効化してPrime95を実行したときの90℃超というスコアには,背筋の凍る思いがした。
それと比べると,V10へ交換したインパクトは大きい。TBを有効化したPrime95実行時では,約14℃の低減だ。それでも,i7-965のTcase(※「この温度以下にケース内を保たないと,安定動作を保証できない」という目安になる値)は67.9℃なので,これでもアウトといえばそれまでなのだが,それでもずいぶんとほっとできる数値ではある。
そもそも,ハイエンドGPU&CPUに,6台のHDDを組み込んでおきながら,OWL-602-Silentが搭載する吸排気ファンは前面が80mm×1,背面が80mm×2で,あとは電源ユニット頼み。自分で言うのもなんだが,冷却能力は相当低いはずで,むしろ,V8でどうにもなっていなかったのが,V10で見られるレベルになったことを素直に喜びたい心境だ。
続いてグラフ2は,手元のサンワサプライ製ワットチェッカー,「ワットチェッカーplus」を用いて,アイドル時とPrime95時,3DMark06時におけるシステム全体の消費電力値をグラフ化したものである。
ご覧のとおり,CPUクーラーの交換によって,80〜90W近い差が出ている。ペルチェ素子のパワーは,TECによって制御されているのだが,今回のような冷却能力に問題のある環境では,アイドル時にもペルチェ素子が全力で動作しているのかもしれない。
最後にグラフ3は,「3DMark06」(Build 1.1.0)の総合スコア「3DMark Score」と,CPUスコア「CPU Score」をまとめたものだ。CPUに高い負荷がかかるCPU Scoreはともかく,総合スコアにおけるTBの効果が,V10装着時とV8装着時で異なっている点は大変興味深い。冷却能力が上がったことで,TBが有効に機能できる時間が増えたのだろう。
特定の環境で間違いなく高い効果のあるV10
問題は明らかに価格と高い消費電力
以上,個人的なCPUクーラー交換記の割に,長い記事になってしまったが,CPUがあまり働いていない状況だと,冷却能力はV8より若干高い程度。Prime95のような高負荷環境で,やっと10℃強低いスコアを示すという事実だけ見ると,1万円台後半の価格,そして,場合によっては電源ユニットの買い換えすら必要になるほどの高い消費電力に見合うだけのパフォーマンスを発揮できているとは,お世辞にも言えそうにない。
だが,冷却能力の高さに定評のあるV8を,最大のファン回転数で運用してもCPU温度が90℃を超えてしまうといった,劣悪なエアフロー環境で,CPU温度を“そこそこ見られる”レベルまで下げていること。この事実から,目を背けるわけにもいかないだろう。
いずれにせよ,使い方次第で,V10の評価はがらりと変わるように思う。サイズや消費電力,価格のどこをとっても万人向けではないが,筆者のように,比較的ムチャな温度環境でハイエンドのゲーム環境を運用している人で,液冷にハードルの高さを感じているのであれば,試す価値はあるとまとめておきたい。
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