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Access Accepted第668回:ゲームで社会的なテーマを扱うことの難しさ
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印刷2020/11/30 00:00

業界動向

Access Accepted第668回:ゲームで社会的なテーマを扱うことの難しさ

画像集#001のサムネイル/Access Accepted第668回:ゲームで社会的なテーマを扱うことの難しさ

 ゲームはかつてシンプルなエンターテイメントだったが,開発のハードルが大きく下がり,表現方法も広がってきた最近,難しいテーマに挑戦するデベロッパが増えてきた。現代の政治/社会問題も,そんな難しいテーマの1つだろう。今週は,北アイルランドのメーカーの挑戦と挫折について,ゲームとしての価値を絡めながら紹介してみたい。


15分で終わってしまう無料ゲーム
「The Night Fisherman」


 ゲームが過度に「政治的」だという理由で問題になることがある。例えば,2019年3月頃から続く香港の民主化デモに共感したゲーム開発者が,参加者の1人となって民主化デモを体験するVRゲーム「Liberate Hong Kong」を11月にリリースしたが,プロパガンダ的だという理由でSteamやitch.loから削除され,議論を呼んだ。ファンタジー世界や未来社会で「抑圧された市民達を救う」といった設定のゲームはごく普通にあるが,ここに現代社会の実際の出来事が絡むと,「作り手側の意図が政治的に過ぎ,エンターテイメントの領域からはみ出している」と見なされることになるようだ。

現在では入手するのも困難となったVRゲーム「Liberate Hong Kong」。作者は「ハースストーン」のトーナメント中に政治的な発言で処分を受けたBlitzchung選手ことグ・ワイ・チュン(Ng Wai Chung)氏関連記事
画像集#002のサムネイル/Access Accepted第668回:ゲームで社会的なテーマを扱うことの難しさ

 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大だけでなく,2020年はさまざまな事件やイベントが発生したが,その1つとして挙げられるのがBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動だろう。多くのゲーム関連企業もBLM運動への支持を表明するなど,かつてないほどの大きな動きを見せているが,中でもユニークな活動を行ったのが,北アイルランドのFar Few Giantsというインディーズゲームのデベロッパだった。

 Far Few Giantsは,アンソニー・デ=フォルト(Anthony De Fault)氏リチャード・トングマン(Richard Tongeman)氏を中心とした小さなスタジオだが,BLM運動が広がりを見せた6月末,「The Night Fisherman」という小さなゲームを公開した。
 もともとは開発中の「Ring of Fire」というゲームを売り込むため,3月に開催されるGame Developers Conference 2020に参加する予定だったが,COVID-19によるイベントのキャンセルで渡米の機会を失い,その後に発生したBLM運動の高まりを見て,プロジェクトの舵を切り直したという。彼らがフォーカスしたのは,ヨーロッパにも広がっていたBLM運動の中でも,当局から過酷な扱いを受けているとされる不法移民の問題だ。

 「The Night Fisherman」は,イギリス南部のドーバー海峡で漁師を営む老人が実は密航に関係していたという設定の,15分程度で終わるゲームで,彼のもとにショットガンを肩に掛けた反移民組織の男性がやってくることから物語が始まる。テキストで表示される会話を読み,選択を3回ほど行うだけという,ゲームと呼ぶにはギリギリの小品で,ネタバレのないようにストーリーを紹介すれば,映画「イングロリアス・バスターズ」(2019年)とよく似た感じだ。
 「法的な正当性にかかわらず,海で溺れるかもしれない少年を助けるべきかどうか」という意思決定をプレイヤーが行わなければならず,単なる,「貧しい移民の少年を助けるべきか,それとも法律に従って当局に引き渡すべきか」という選択を超えて,「1人の人間が困っているのを目にしたとき,自分はどうするのか?」という決断を迫る,その点のみを強調するために作られたようなゲームだ。

Far Few GiantsをSteamで検索すると,「The Night Fisherman」のほか,多くの作品が無料で公開されているのが分かる。「Unity」を使ったシンプルながら美しいアートワークは魅力的だが,ゲームとしてやるべきことは非常に少なく,なにしろ短い
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 Far Few Giantsは,そのわずか1か月後の7月末,立て続けに「The Outcast Lovers」をリリースした。こちらも短い作品で,道を歩いていた人物と接触事故を起こした2人の女性にスポットライトが当てられている。放浪していたのは黒人の少年で,この作品でも彼女達の人生感を狂わせかねないイベントが発生する。


社会問題を扱ったゲーム制作の難しさ


 こうした,短編小説のような短いゲームを矢継ぎ早にリリースしていく手法は,一部のコミュニティから評価を受けたようだ。そこでFar Few Giantsは,「The Night Fisherman」と「The Outcast Lovers」を含め,全7作からなる「The Sacrifices」というエピソディック形式のゲームの制作を発表した。11月から毎月1作のペースでリリースし,2021年4月に完結する予定で,すべてを無料公開するため,10月末にKickstarterのクラウドファンディングを開始した。目標金額は1万ユーロで,得られた資金は自分達の生活費などにはあてず,必要な素材の購入やパブリッシングに使うとしており,利益を目的としないプロジェクトだった。

Far Few Giantsのミニゲームシリーズは,不法移民への警察による人権侵害を告発する団体KRAN(Kent Refugee Action Network)のコンサルティングを受けている。サウンドトラック販売などで得た利益の一部もKRANに寄付されているという
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 Kickstarterの発表によれば,「The Sacrifices」は,イギリスの不法移民問題に焦点を絞り,毎回異なるイギリス人が移民問題に絡む予期せぬ出来事に遭遇するという物語が描かれる。すでにリリースされた「The Night Fisherman」と「The Outcast Lovers」を含め,全作品に登場するのは唯一,1人の黒人少年だけというコンセプトも紹介された。

 しかし,このFar Few Giantsのキャンペーンは多数のゲーマーの賛同を得られず,PR不足もあったのかもしれないが,目標金額の3分の1程度を集めただけでクラウドファンディングに失敗してしまった。Kickstarterでは目標とする資金を超えなければ出資者に払い戻しが行われる。結局彼らは,クラウドファンディングのキャンペーン中に開発していた第3作「The Change Architect」の無料公開を以て「The Sacrifices」を断念し,延期していた「Ring of Fire」の開発に専念することになった。

リリースされた「The Change Architect」では,黒人少年が反政府活動家に成長している
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 これまで公開された作品をプレイした筆者の個人的な感想としては,重い決断を迫る第1作こそ印象的だったものの,不法移民の問題に対する深い掘り下げが感じられず,とくに,第3作で黒人少年が反政府活動家に成長するといった,ある意味,予想できる物語の展開を見せていたのが残念だ。不法移民問題をさまざまな角度から捉え,プレイヤーに多くの選択を与えるという,インタラクティブメディアならではの面白さに欠けていたことが,プレイヤーの共感を呼べなかった理由であるような気がする。

 ブレグジット問題で連邦解体の危機さえあるイギリスという国家の特徴,そして開発者達が暮らす北アイルランドの地域情勢など,日本人である筆者にとって分かりづらい要素があったのは確かだろう。毎年,何千本というインディーズゲームがリリースされるが,社会問題や政治問題をテーマにした作品は少なく,その意味でFar Few Giantsの取り組みはユニークなものだったが,そういったテーマで多くのゲーマーを惹きつけ,制作者の主張を分かりやすく伝えるのはなかなか難しいようだ。

著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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