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Access Accepted第748回:超高額。22万円のゲームがSteamで売り出されたワケ
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印刷2023/01/30 10:30

業界動向

Access Accepted第748回:超高額。22万円のゲームがSteamで売り出されたワケ

画像集 No.006のサムネイル画像 / Access Accepted第748回:超高額。22万円のゲームがSteamで売り出されたワケ

 1月23日,22万円というおそらく単体のゲームとしては史上最も高額な定価と思われるゲーム「The Hidden and Unknown」がSteamにてリリースされた。一般的なゲーマーには簡単には買えない金額の,さほど面白くもなさそうなゲームだが,ProX Teamを名乗るデベロッパにはどんな意図があるのか。今回は,公開されている情報からゲーム内容を紹介しつつ,突拍子もない価格を提示することの意味を探ってみた。


Steamに22万円のゲームが登場


 Steamは,ゲーマーにとっては“ワンダーランド”とも言えるオンライン配信サービスだ。公開されているタイトル数は2022年12月時点で5万(スペシャル版やDLCを含む)に達しており,大手パブリッシャが手掛けたAAAの大作から誰も知らないようなマイナー作,教育ゲームやプロダクティビティ系の非ゲームソフトまでさまざまなものが揃っている。値段も無料で遊べるものから,買うのに躊躇してしまうようなモノまで千差万別だ。

 このSteamで1月23日,誰もが躊躇してしまう22万円(1,999ドル)という価格で「The Hidden and Unknown」というゲームがリリースされた。購入そのものを躊躇するばかりか,2時間のプレイ以内であれば全額が戻ってくるSteamの返金システムを利用することさえリスクに思えて怖くなる値段だ。
 本作は3時間程度で終わるというシングルプレイ専用のアドベンチャーゲームで,ちょっとした出来事が人生を大きく変えてしまう,というようなストーリーを,近未来というスパイスを加えて描いたゲーム……らしい。そのストアページ(外部リンク)には,「理性的に反応するよりも気分を害することが多い場合は,このゲームを避けるのが賢明です」などと書かれており,購入するのはあくまでもプレイヤーの選択であると言わんばかりである。

 本稿執筆時点で,Steamに投稿されている「The Hidden and Unknown」のユーザーレビューは7件(原稿執筆時)で,無料で入手したという3人は全て「おすすめしません」。残りの4人は「おすすめ」であるが,実際に信用に値する十分な文字数を描き込んでいるのは1人のみだ。

 そんな「The Hidden and Unknown」について,年末に頼んでもいないのに無料でコードが送られてきていたというMatthew Wernerというゲーム系YouTuberが,自身のチャンネル(外部リンク)で紹介している。冒頭から驚かされるのが,ゲーム開始前に流れるタイトルロールで,映画「スターウォーズ」シリーズのように手前から奥へと,バックストーリーの説明が行われることだ。その長さは8分にも及ぶ。
 母国語が英語であるMatthew Werner氏でさえ途中で読むのをやめてしまうほどの長文だが,「現代社会では男が男であることを止めてしまい,女が男らしくなってしまったことで神の怒りに触れ,西暦2100年までには世界人口が半減してしまったことでAIに生活の機能がコントロールされ,そこでブライアンという男をリーダーにする一派が立ち上がった」というような,どこか時代遅れなマスキュリズムの思想が目立つ,政治色の強いメッセージだ。さらに背景アートの中心にある水色のエリアが,流れていく白い文字を非常に読みづらいものにしている。

むちゃくちゃ長い22万円ゲーム「The Hidden and Unknown」のタイトルロール。この4倍くらいあるようだが,少なくてもゲーム開始直後のストーリーは,その設定にあまり関係なさそうな,物理の授業は優秀だったとかかくれんぼがうまかったといった,他愛もない内容が続く
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 それより酷いのは,Matthew Werner氏が公開した40分ほどのゲーム内容の中に,ゲームプレイと呼べるようなものが全く存在しないことである。アドベンチャー寄りというわけですらなく,キャラクターも登場しないビジュアルノベル,ゴールのネットさえまともに描かれないサッカーフィールド,未来なのに黒板を使って教える殺風景な教室,そして統一性のない奇妙な友人宅など,AIが作り出したような2Dアートを背景に,小さなフォントで表示される文章を読むだけの作業。しかもストーリーが興味深いのならともかく,タイトルロールの説明文とはまったく関係なさそうな小学生の日常を,英語ネイティブらしさのない機械的でミスの多い文章で語っているだけで,少なくとも序盤には何の起伏もイベントもないというありさまだ。

このスクリーンショット1枚だけでも,3つの異なるフォントを使った読みづらさが伝わってくるが,青バックに青字のフォントという,嫌がらせとしか思えない配色も凄い
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クソゲーに22万円という価格を付けた理由


 とても22万円の価値があるゲームではないし,もし無料だったとしてもほとんどのゲーマーの目に留まることはないであろう「The Hidden and Unknown」は,ProX Teamというメーカーが開発している。Discordでモデレーターを行っているのはTheProという名前の開発者で,スイスのチューリッヒ在住のスロバキア出身者であるという。2022年にYouTubeチャンネルで公開された自社紹介映像(外部リンク)においては,「L-U-A-G」(Learn/学習,Understand/理解,Adapt/適応,Growth/成長)をモットーに,小さな開発チームが一致団結することで高い開発能力を生み出す」と語っている。
 しかし,実際に何人の開発メンバーがいるかは,「The Hidden and Unknown」の開発レベルからしても疑問なところで,アーティストをサポートするための月額制クラウドファンディングサイト「Patreon」にも“ThePro”という名称で登録されていることから,おそらくソロの開発者だろうと思われる。

 このThePro氏に対しては,海外ゲームメディアのPCGamesN(外部リンク)がインタビューを行っており,「The Hidden and Unknown」は,彼の自叙伝とも言えるパーソナルなストーリーであり,「自分自身のストーリーを共有することで,例えプレイ体験した人がどんなに悪い状況にいたとしても,それに満足して人生を過ごしていくことを理解してもらう」ことを伝える目的で,ゲーム開発を行ったのだと説明している。そのうえで,「自分の人生を20ドルで売りたくない」ので,2000ドルという価格を付けたのであると主張している。

Steamにレビュー投稿した人の中ではもっとも長くプレイし,「おすすめ」まで付けているキュレーターは,実際にゲームを購入したようだ
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 どんな世界的な著名人でも,自分の人生の価値は高いから自叙伝は1冊22万円で,なんて言ったところで通らないだろうが,それを認めてしまうのがSteamの良いところであり,悪いところであるのかも知れない。もっとも,「The Hidden and Unknown」をがっつりとプレイしたとしても,とても22万円の価値がある3時間を楽しめるとは思えないため,詐欺的行為としてSteamからバンされる可能性は十分にあるだろう。
 インタビューにおいては,ThePro氏自身も,もともとは自分の半生の小説を書こうとしていたこと,そしてSteamストアページにも記載したように,賛同しない人は買うべきでないことについて念を押している。

 ThePro氏は「このゲームはほんの数か月で作りましたが,もし2人のゲーマーが買ってくれれば(自分が使った時間と労力の)もとは取れると思います。私は,その点で最も合理的な判断をしたのです」とインタビューの中で語っており,その真意を覗かせている。つまり,この法外な価格での販売は彼にとって手っ取り早いマーケティングであり,もし「The Hidden and Unknown」という“クソゲー”に興味をもって,資金的に余力のあるゲーム実況者なりが面白半分でゲームを買ってくれれば,どれだけ批判されようが,それだけで数か月を慣れないゲーム作りに費やす意味はあったというわけだ。根っこは炎上商法と同じようなものと言えるかもしれない。
 はたから見ると,とてもキャリアアップや彼の将来にとってプラスにつながるような判断とは思えないが,実際に“読むだけのゲーム”のために22万円を出してくれるようなゲーマーや,ネタに使ってくれるようなゲーム実況者は出てくるだろうか。インディーズゲームシーンを常日頃から応援してやまない筆者だが,今回ばかりは心情的に応援することはできない。販売するのも,その価格を決めるのも自由だし,それに価値を見出すかどうかはプレイヤー次第だが,なんというか,ゲームをバカにされているような気持ちになってくるのだ。

ProX TeamのYouTubeチャンネル(外部リンク)も存在するが,1か月ほど前には「Aryl」というよりゲームらしい新作のデモ映像を公開したりしている。今回の“キャンペーン”はポジティブに作用するだろうか……
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著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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