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韓国最大規模のゲーム開発者会議「Nexon Developers Conference 17」が開幕。進化した人工知能による変化が語られた基調講演をレポート
主催はネクソングループで,会場はソウル郊外のパンギョにあるNexon Korea本社だが,同グループに属さない韓国のオンラインゲーム/スマホゲームメーカーや日本・欧米の開発者も登壇者として参加しており,3日間で100以上の講演が行われる。
NDC 17の一部講演には,日本語訳も用意されていた。本稿では,「マビノギ」や「マビノギ英雄伝」を手がけ,現在は「野生の地:Durango」を開発しているWhat! Studioのディレクター,イ・ウンソク氏による基調講演をレポートしていこう。
講演のタイトルは「第四次産業革命時代におけるゲーム開発」。
やがて人工知能が人間の代わりに働き,多くの職業がなくなる“ロボットによる資本主義社会”が来ると言われているが,イ氏は,ゲーム開発者が従事しているデジタルエンターテイメント業界も多大な影響を受けると考えているという。そして,10年後にはこうなっているのではないかという個人の見解を述べたいとして,講演を始めた。
イ氏がまず紹介したのは,最近偶然見たという漫画「ドラえもん」の1ページだ。ここでは,ドラえもんの道具にのび太が見本となる漫画を入れて,「SF」「宇宙」「笑いと涙がある」「250ページ」といった情報を足してボタンを押すと,オーダーしたとおりの漫画が出てくるというシーンが描かれている。
イ氏は,この話は昔ならファンタジーだと思えたかもしれないが,今は真剣に考えていると述べる。近年,人工知能技術は急激に発展しており,いずれは同じような方法でゲームも作れるようになるのではないかというのだ。
そうなると,人間の仕事はほとんどなくなってしまうわけだが,そのときゲーム開発者は何をすればいいのか,というのが今回のテーマだ。
ゲーム産業の光と影
イ氏はゲーム産業の光と影を見ていきたいと語って,氏が考えるゲームのさまざまな側面を紹介した。
まずは,必須ではなく実用的でもない「楽しさ」「遊び」だ。
人間はそれらに対する欲望を持っており,何も教えられていない赤子であっても,自然と遊びだすものだ。
そして,こうした欲望は,人類の発展にイノベーションを起こしてきた。例えば,産業革命をリードしたのは蒸気機関車だけでなく,当時のイギリスの貴婦人の間で流行していた贅沢な生地……つまりファッションも挙げられるという。デジタル時代の遊びであるゲームも,こうした存在になるかもしれない。
続いて挙げられたのは,ゲームが「最も進化したメディア」だという点。古典的なメディアにあった,読んで,見て,聞いて,書くという要素だけでなく,選択して行動する要素が盛り込まれているからだ。ゲームによっては,プレイヤーの選択の結果で罪悪感を与えるという演出も可能だが,これはゲームだからこそ表現できることである。
最近イギリスのThe Economist誌に掲載された記事の内容も,ゲームの側面として語られた。それによると,イギリスの青少年の犯罪の発生率がこの20年で低下した解釈の1つに,「インターネットやゲームに時間を費やして,むやみに裏路地をうろうろすることがなくなったため」というものがあるそうだ。“More PlayStation, Less Police Station”というジョークも紹介された。
次の話題はゲームの価格をほかの製品と比べてみようというもの。イ氏は価格をウォンで紹介したが,1ウォンを0.1円で計算すると分かりやすいだろう。
食事は2000ウォンの海苔巻きから,20万ウォンのコース料理まで,幅広い価格帯がある。バッグも,1000ウォンの買い物かごから1000万ウォンのブランドバッグまである。どちらも,下と上の差が非常に大きいものだ。
一方,映画の鑑賞費は1万ウォン程度で,映画の製作費がいくらであれ変わらない。これが可能な理由の1つに,デジタルコピーして転送できるという点があるが,これがストリーミングとなると,物理的な店舗も必要なくなるので,無料から4000ウォン程度とさらに安くなる。
ゲーム(とくにダウンロード型)の価格は,限界費用(財貨1つを追加供給するときにかかる費用)がほぼゼロであるという点で,ストリーミングに似ている。
食事なら限界費用に材料費や作る人の人件費,場所代がかかるし,バッグなら流通費やブランド管理費もかかる。映画の場合は,座席1つの賃料がかかる。これがストリーミングやゲームになると,サーバー維持費や回線費用はかかるかもしれないが,ユーザー1人当たりで考えれば,限界費用はほぼゼロというわけだ。
供給の面を見てみると,無料のゲームはたくさんあるので,時間さえあればさまざまな形でお金を払わずにゲームを遊べる。ただし,プレイヤーの余暇は限られる。アメリカの統計では,余暇は1日5時間程度とされており,この中でテレビを見たり,SNSをしたり,ゲームをしたりして余暇を使う。つまり,ゲームと競合関係にあるのはゲームだけでなく,余暇の時間に行うものすべてとなる。
また,ゲームは最初からグローバル競争に晒されるしかない産業でもある。食べ物であれば,ニューヨークのどこかに最高のレストランがあったとしても,ほとんどの人は行ったことがない。しかしゲームは,いつでも誰でも最高レベルのものを楽しめるので,家の近くの食堂で,最高のレストランと競争しなければいけないようなものだ。
そのため,ゲームのプレイヤーは“集中するところに集中する。誰もいないところには誰もいない”という極端な分布になる。ごく一部の上位のゲームだけが独り勝ちしてしまうのだ。実際,アメリカのゲームの売り上げの75%は,たった12%のゲームが占めているという。
進化した人工知能がゲーム開発者に与える影響とは
続いては,本題の第四次産業革命とはどういったものかが紹介された。
第一次産業革命は,よく知られている18世紀半ばから19世紀にかけて起こったもの。第二次は電気や大量生産の発展,第三次は原子力と情報化,そして第四次が人工知能だという。
イ氏は,「第三次は定説ではないし,第四次も気が早いと思う」と前置きしつつ,韓国では,囲碁プログラム「AlphaGo」の登場などで「新しい波が来ているのは感じるが,何と呼んでいいのか分からない」という背景があり,2016年の世界経済フォーラムで使われた第四次産業革命という言葉が広まったそうだ。
このように,しっかりとした定義ではないのだが,イ氏は人工知能の話をするにあたって,単純にキャッチーなので,今回の講演のタイトルにこの言葉を使ったようだ。
では,人工知能の進化によって,何が起きるのか。一説によると,人間が1秒以下で考えて実行できることは,近いうちに人工知能で自動化されるという。例えば,監視カメラでのおかしな行動の監視や,自動車が事故を起こしそうになったときの対処は,自動化が可能だというのだ。
人の知能とは比べ物にはならないが,AlphaGoのように特定の狭い分野では人の能力を凌駕する,いわば“弱い人工知能”の時代が来るとイ氏。進化した人工知能によって,人の職場は減っていくのだ。
仮に人の能力に及ばないとしても,休まず労働が可能で,コストを抑えられるのであれば,十分に人間に代わって人工知能を導入できてしまう。
人工知能の登場で,新しい職業が生まれるのではないかという説もあるが,氏はこれを否定した。変化が速すぎて,人間が追いつけないというのだ。実際,農業社会から産業社会に移ったとき,農夫がすぐに半導体工場で働くようになったわけではない。現代社会においても,スーパーマーケットのレジ担当者が,すぐに自動化の管理者になれるというわけではないだろう。
弱い人工知能は,ゲーム開発にどのような影響を与えるのだろうか。イ氏は,二極化がますます激しくなると述べる。プラットフォーマーや先導企業ほど,数多くの良いデータを持っており,それを人工知能に学習させられるため,よりうまく人工知能を活用できるからだ。
イ氏は活用の例として,テストプレイの自動化や,レベルデザインの自動化などが可能になるかもしれないと話す。さらにイ氏は,人工知能が生み出すゲームの例として,架空の「OmegaGo」というものを紹介した。もちろん,AlphaGoのパロディなのだが,AlphaGoは学習によって「勝つため」に打つが,OmegaGoは「喜ばせるため」に打つという。人間の棋士の脳や心拍数,まばたきなどを測定して,「没入している」シーンを記録し,どこに打てば喜ぶのかを学習させる。そのデータを使って囲碁ゲームを作ると,プレイヤーの腕に合わせて,最善をつくせば競り勝てるような難度で打ってくれる,究極の囲碁ゲームになるというのだ。
運用コストなどの観点から,OmegaGoは半分冗談ではあるものの,理論上は可能だと思うとイ氏は話した。
自動化によって生産性が高まると,人工知能が作ったゲームはほとんど無料で提供されるのではないかという。数百人で作られるトップクラスのゲームだけがフルプライスで販売される一方で,そのほかは限界費用の0に近くなり,人間を雇用する機会は減っていくと,イ氏は考えているようだ。
では,そうした時代にどういった取り組みをしていけばいいのか。まず企業レベルでは,避けられない流れである以上,人工知能を積極的に活用していくべきとのこと。
また,人工知能によってパターン化できるものはなんでも自動化されてしまうので,ファストフォロワーの戦略は通用しなくなり,新しい領域にチャレンジしていくことも必要となる。
もう1つ重要なのが,IPとブランドを作ることだ。「Ingress」(iOS / Android)と「Pokémon GO」(iOS / Android)が好例だが,IPの存在によって,反響は大きく変わってくる。
次に,開発者個人はどうすればいいのか。人工知能はパターンを学習するために大量のデータが必要であり,逆に言えばデータ化できない仕事であれば,人工知能に取って代わられることはない。
また,弱い人工知能は人間を理解できない。人工知能が行うのは統計的な推論なので,共感や交渉は難しい。与えられた仕事をするだけでなく,その仕事の意図を把握してアクティブに動くことで,長く生き残れるだろう。人工知能に負けないよう,人間への理解を深めることが重要だ。
そして,3つめは哲学的になるが,自己実現について考えようとイ氏は述べる。もし,人工知能によってみんながあまり仕事をしなくなり,生計の心配がなくなれば,生産的な仕事をする必要はない。自己実現の欲求でゲームを作ればいいのではないかとのことだ。加えて,金銭のためでなく,自己実現のためにチームでゲームを作るとなると,チームメンバーと一緒に成長していける。それが,新たなイノベーションをうながすことになるのではないかとイ氏は話し,講演を締めくくった。
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