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「Syd Mead 未来会議 Vol.04『スタジオぬえの超・SF・ミード談義』」開催。SF界の重鎮がシド・ミード氏について語った至福の時間をレポート
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印刷2019/03/05 00:00

イベント

「Syd Mead 未来会議 Vol.04『スタジオぬえの超・SF・ミード談義』」開催。SF界の重鎮がシド・ミード氏について語った至福の時間をレポート

 「シド・ミード」という名前を聞いて,様々な想いが去来するSFファンは少なくないだろう。20世紀を代表するクリエイターのひとりで,「スタートレック」「トロン」「ブレードランナー」で氏が描いた未来的なビジュアルは,多くの人々を虜にし,また大きな衝撃を与えたものだ。日本においては「YAMATO2520」や「∀ガンダム」といったアニメーションに参画して,氏の独特なアプローチで我々を驚かせてくれた。

 そんなシド・ミード氏の原画展「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」が,2019年4月27日からアーツ千代田 3331にて開催される。この原画展では,世界初公開となる氏の作品のほか,スケッチや下絵といった,完成に至るまでの制作過程がうかがえる,貴重な資料を見ることができるという。

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「シド・ミード展」公式サイト


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 この原画展の開催を記念して,日本のSFアートやデザインについて語るには避けては通れない「スタジオぬえ」のメンバーによるトークイベント「Syd Mead 未来会議 Vol.04『スタジオぬえの超・SF・ミード談義』」が,2019年3月3日に東京都内で開催された。
 これは,スタジオぬえの創設メンバーである加藤直之氏宮武一貴氏,「∀ガンダム」で特殊設定を担当してシド・ミード氏の仕事をつぶさに見ていたという森田 繁氏,元メンバーにしてサテライトの専務取締役を務める河森正治氏の4人が,シド・ミード氏や日本のSFの未来についてたっぷり2時間語り尽くすという,なんとも豪華なイベントだ。
 ただ,イベントの内容はゲームと直接関係がない。しかし,実のところシド・ミード氏はゲーム開発にも関わっていたことがあり,何より「メカとゲームは切り離せないものだ!」。そんな編集部の主張によって取材することになったので,本稿でイベントの模様をレポートしよう。

加藤直之氏
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宮武一貴氏
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森田繁氏
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河森正治氏
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司会進行を務めたのは,シド・ミード原画展の実行委員長を務める植田益朗氏。数多くのアニメのプロデューサーを務めてきた人物だ
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会場には多くのSFファンが詰め寄せた
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4者4様のシド・ミード氏との出会い。シド・ミード氏がデザインした都市は中国に存在する?


 最初のテーマは「シドミードとの出会い」で,加藤氏は宮武氏が持っていた画集だと話す。加藤氏にとって,シド・ミード氏はメカデザイナーではなくて画家で,メカデザインを勉強してからメカを描くようになったと分析する。それというのも,自身も宮武氏にメカを教わって描けるようになったという経験があるからだ。

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 宮武氏は,加藤氏の話す画集はおそらくUnited States Steelのポートフォリオで,そのポートフォリオは,河森氏の友人であるオガワモデリングの小川正晴氏に紹介されたのだという。
 デザインはできるし,世界観の把握も得意だが,スタジオぬえのなかで一番絵がヘタだと話す宮武氏は,シド・ミード氏の絵を見たときに,デザインの能力も世界観の把握も,絵も,すべてについて長じたとんでもない人だなという印象を持ったという。
 その一方で,原画にしっかり足跡が残っているのを見て大笑いしたそうだ。そこから,絵を描くことに注意はいくが,描き上げたものについては興味を失うといったデザイナーであり,絵描きであるのだなと思ったという。

 「∀ガンダム」で一緒に仕事をした森田氏は,クリコン(クリスタルコンベンション。スタジオぬえが開催していたファン交流会)で見せてもらったシド・ミード氏の作品集「SENTINEL」が最初の出会いだという。

 河森氏は,宮武氏から見せてもらった画集の印象の方が強く,「格好良かった」と話す。すごく未来的で,色づかいやダイナミックさに魅了されたという。

 それぞれの出会いを聞いた後,植田氏は同じスタジオぬえのメンバーだった小説家の高千穂遙氏が過去に寄稿したアサヒグラフの記事内で,「シド・ミード氏に東京をリデザインしてもらいたい」と書かれていることを紹介し,これについて壇上の4人はどう思うかを聞いた。

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 いきなりすぎたのか,それとも内容が壮大すぎたのか,加藤氏と宮武氏は苦笑いを浮かべて回答に困っていた。一方で河森氏は,シド・ミード氏のイラスト風の都市を上海や重慶,シンガポールなどで見ることができ,東京では見られないのがちょっと残念だと話す。それを受けて森田氏は,シド・ミード氏のデザインが材料工学の革命を前提にしているデザインであるため,「在来工法を使っている限り,地震などの対策もしなくてはならない東京のリデザインは一筋縄ではいかない」と,設定考証を行う人物らしい視点でまとめた。

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「YAMATO2520」のヤマトはヤマトじゃない!? シド・ミード氏が描くアートに迫る


 シド・ミード氏との出会いが語られたあとは,シド・ミード氏の日本の仕事として有名な「YAMATO2520」や「∀ガンダム」に話が及んだ。会場を見回して「みんな笑顔で地雷原に突っ込んでいくような……」と評する森田氏に続き,加藤氏は「(シド・ミード氏の描いたヤマトを)つまらない」とバッサリ。それというのも,加藤氏の中のヤマトは,宮武氏の描いたヤマトだけなので,それ以外は認めていないからだという。

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 ただの贔屓の引き倒しだと苦笑する宮武氏だったが,「僕の立場としては,(シド・ミード氏のヤマトを)ヤマト以外のものとして見れば素晴らしいが,ヤマトではない」と断言する。森田氏も「ヤマトは“政治案件”なんです。高度な政治判断を要求されるんです」とコメントして会場を笑わせた。

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 その言葉に戸惑いを隠せない植田氏は,河森氏にフォローを求めた。それに対して河森氏は「デザインはコンセプトがあって,誰が何を発注するかに対してどう答えるかが基本です。なので,誰が何をのときに間違えると,結果の8割が間違える可能性がありますよね」とフォローにならないコメントが飛び出し,会場から再び笑いがこぼれた。

 「∀ガンダム」については,宮武氏は以前,森田氏から「宮武氏と一緒で,NGを出すと喜んで描き始める」と聞いたことがあるという。デザイナーはクライアントとコミュニケーションして始めてデザインがスタートとなるため,最初に出したイラストはあくまでたたき台で,何か意見が欲しいというサインなのだそうだ。だから,最初に描いたもの(後のスモー)を一発OKを出したら,きっとシド・ミード氏はつまらない顔をしただろうなと語った。

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 「政治案件はちょっと怖いね」ということで,ここでシド・ミード氏がデザイナーなのか,アーティストなのかを掘り下げるという部分に話が及んだ。

 河森氏は,アーティストとデザイナーというものは,個人によって定義が異なるので,まずはそこをきちんとしないと話がまとまらないと述べる。河森氏自身は,オーダーに対して返答するのがコンセプトで,そこに予算などの条件を加えて形にするのがデザイン。そして,それをどう見せるかがスタイリングなのだと話す。一方,そういったものに一切頓着せず,やりたいことをやるのがアーティストだとした。

 それを聞いた宮武氏は,結局デザイナーもアーティストもやることはすべてコミュニケーション,表現だと述べた。デザイナーは,目の前のクライアントに,言葉で説明をする必要がないものを提示することがコンセプトアートの最初の段階だとし,アーティストの場合は,それが完成されたとして提示するものだとした。

 そして宮武氏が「加藤だって描きかけの絵を見せたくないだろう?」と話しを振ると,「僕は描きかけの絵こそ見たい」と返した。加藤氏は絵描きとしてこの仕事を目指したのではなく,唯一できるのがSFの絵だったという。もともとSFファンで,完成したシド・ミード氏のヤマトはどうでもいいんだけど,そこに至るまでの過程,スケッチが見たいと力説した。常日頃からそう考えているので,自身が描いたスケッチはすべて大事に保管してあるという。

 植田氏は,今回の原画展では,そういったプロセスがたどれる原画も展示していると会場にアピールした。

これはヤマトが完成するプロセスを分かりやすく清書したもの。これを始めとした,デザインの元に近い原画なども展示してあるとのことだ
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 シド・ミード氏のイラストそのものについては,宮武氏は「発想の段階から人に見せることを前提にした描き方で,それが無意識に表現されており,誰が見ても大丈夫な絵だ。『表現』という言葉以外で表せない」と評する。「スタジオぬえは,加藤さん以外,僕も含めてみんな絵がヘタですからね」と河森氏が突っ込むと,宮武氏も同意して会場を沸かせた。

 河森氏は「対比する色の使い方がバツグンにうまい」と,改めてシド・ミード氏のイラストを絶賛。実は絵がうまい人は,それだけで魅せられる絵が描けるため,デザイナーとしては成長が止まってしまう可能性があるのだという。これには加藤氏や宮武氏もうなずいていた。しかし,シド・ミード氏は最初の段階でアイデアがいっぱい入っているのがすごいと宮武氏は付け加えた。

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今の日本ではハードSFの映像作品は難しい。加藤氏秘蔵のシド・ミード氏直筆のスケッチが初公開


 続いてのテーマは,日本のSFについて。スタジオぬえといえば,SFとは切っても切り離せない存在で,また司会を務める植田氏も1970年代から多数のロボットアニメを手がけてきた人物でもある。そんな植田氏は,最近,SF作品が少ないことを残念に思っているという。ちょっとマイナームードのSFについてどう思っているか,壇上の4人に語りかけた。

 河森氏は「サイエンスフィクションとするか,“センス・オブ・ワンダー”を中心にするかが大きな分かれ道になっている」とし,「スタジオぬえはセンス・オブ・ワンダーを中心にしているところがある」と話す。というのも,サイエンスフィクションは小説には向いているが,サイエンスに忠実にすると映像作品としてはつまらないものになるからだそうだ。
 ただ,20年ぐらい前から本職の科学者がSFを書くようになり,そうじゃないとサイエンスじゃないという突っ込みが入るようになったという。これによって,さらにドラマが薄くなって,面白くなくなったのだ述べた。

 これを聞いた宮武氏も「ひところのSFってホントつまんなかったよね!」と突っ込むと,河森氏が「SFだけはやるまい,と言っていた頃があります!」と力説し,会場を笑わせた。

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 それを聞いて加藤氏は,ちょっと違うと反論する。海外ドラマも好きだという加藤氏は,「スターウォーズ」や「スタートレック」を見て育ったスタッフによる「The Expanse」という,サイエンスフィクション方向のハードSFドラマを紹介した。このドラマには,宇宙船のデザインや,リアルな宇宙空間での動きや距離感の再現など,加藤氏がやりたいことのすべてが詰まっていて,SFファンにとってはすごく面白い作品なのだという。
 しかし,それが行きすぎてしまったのか人気はあまり出なかったようで,Netflixで独占配信されていたものは打ち切られ,現在はAmazonビデオで配信されているという状況だ。結果だけ見ると,やはりハードSFは難しいのかもしれない……という結論になってしまっている。

 とはいえ,ハードSFが受け入れられる土壌があることは心強いとコメントした植田氏だったが,「日本の場合は,単純に売れるか売れないかというマーケティングの問題ですね」と森田氏がバッサリ。河森氏も「本気でハードSF系の作品を作ろうとすると,まずボツですね」と実感のあるコメントを付け加える。

 その発言に「僕がアニメの仕事を辞めたのは,予算の関係で作られないことや,考えても実現しないことが多いから。絵画ならそれができる」と加藤氏が続くと,宮武氏も「1クール13話で解決するようなストーリーの展開が前提の現在では,作り込みや細かい描写などに凝ることは不可能に近い。これは制作体制やスポンサードが足を引っ張っているところが大きいですね」と続けた。
 さらに森田氏が「作画のコストはCGで軽減されるだろうと思っていて,事実,実現したところも多いが,セルとCGの相性を解消するために工程数が増えてコストが上がり,結局メカものをやるハードルが上がっている面もある」と現場の事情を明らかにした。

 もっとも,大資本を投じて制作されるハリウッド映画などの映像を見慣れたことで,映像表現のインフレを起こしているのもハードルが上がっている原因の1つではないかとコメントした河森氏は,「The Expanse」のように特殊な描写をしてもマニアは喜ぶが,マーケットとして成立しづらい。とくに,そこを警戒する日本だからこそ,SFがやりづらい環境になっているのではないかと分析する。
 極論すると巨大ロボットはもちろん,戦車や攻撃ヘリさえなくてもかまわない時代なので,エンターテイメントじゃないとそういったものを作れない。サイエンスフィクションを伝えるのか,センス・オブ・ワンダーを伝えるのか。そういったテーマをビジュアライズする際に,SFをどう散りばめるのかを把握するバランス感覚が,これからは重要なのではないかとまとめた。

 河森氏の「テーマのビジュアライズ」について植田氏は,シド・ミード氏はこの部分でも卓越していて,見た者に未来を喚起させる力があると述べる。こういった力を今回の展示会で,見た人に感じてほしいと話す植田氏に,河森氏は「機能だけでは出てこない,ファッションのセンスもある。しかも,普通のファッションデザイナーがやらないもので勝負する,自分の得意フィールドに引き込む技術が優れている」とシド・ミード氏のイラストについて説明する。

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 このイラストでは,登場人物は皆ヘルメットを被っていて未来的な雰囲気が表されているが,実はシド・ミード氏は人物も得意なのだという。ここで人物も描かれているという加藤氏秘蔵にして宝物だというのシド・ミード氏の直筆スケッチが公開された。

このスケッチは,1冊のスケッチブックにお互いにサラサラっと書いたのだとか
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球をどう削って「トロン」のタイヤを作ったのかを説明してもらった際のイラスト。左は,大きな直線を引くときに溝引きを使うかという質問をイラストで聞いたときに,使わないという返答をイラストで示してくれたものだという
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これはどういう絵の具を使っているのかを聞いたときの返答。右下のβとVHSは「僕(加藤氏)が書いたのかもしれない」とのこと
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 絵の具の話が出たが,実はシド・ミード氏は,描材にはそれほどこだわらない人で,レターパッドにサインペンなどで描いているという。

 その点はスタジオぬえも似たようなもので,「コピー紙に描いている(加藤氏)」「送られてきたFAX用紙の裏に描いてる(宮武氏)」「アフレコ台本の空白にデザインを描いてる(河森氏)」のだとか。
 というのも,デザインが降りてきたときにすぐ残しておかなければ,内容が変わってしまうからだと宮武氏が話す。以前,企画会議で手塚治虫氏に会ったときに「宮武君もそうでしょうけれども,寝てる間だろうがなんだろうが,アイデアはやってくるもので,その瞬間にメモしなくては失われてしまう。頭に浮かんだ1/100しかメモを取れず,実際に漫画に載せられるのはそこから1/10から1/100でしかない。千載一遇のチャンスなんだから,何が何でもメモを取らなくてはならない。キミも同じでしょ?」と問われたとのこと。「自分の場合は降りてくるんだけどなあ」と思いつつ,本質的には同じなので,宮武氏は同じですと答えたという。

 どちらも天才肌ゆえのエピソードに聞こえるが,シド・ミード氏は閃きよりも,ディスカッションと手を動かすことによって形にしていくタイプの作家だろうと森田氏は思い出すように語った。

 森田氏が語ったようにシド・ミード氏のエピソードや,イラストなどで得た印象などを植田氏が壇上の4人に聞くと,「夜空に紫や赤紫を使うイラストが多いのですが,あの色味がすごい」と話す河森氏。「超時空要塞マクロス」終了後,アメリカ取材でマンハッタン島でヘリコプターに乗ったが,あの夜空は見られなかったそうだ。
 いろいろ調べた結果,エンパイアステートビルからも街中からもあの夜空は見えず,飛行機に乗ったときに始めてあの夜空を見ることができると知り,飛行機の往復券を買ってあの夜空を目にしたのだという。目の当たりにした夜空は「ブレードランナー」のトップシーンの100倍すごい夜空で,映画はスタッフが再現できなかったんだと思い知り,これ以後,可能な限り直接体験に行くと心に決めた出来事だと語った。

こちらのイラストも,実際に香港などに行ったのかは分からないがと前置きして,街の違和感,インパクトの強いところを抽出し,デフォルメして描いている。そのデフォルメのしかたが見事だと河森氏は分析した
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 色彩については宮武氏も絶賛で,子供の頃の環境が大きく影響しているのではないかと話す。植田氏からシド・ミード氏はミネソタ州で生まれ,父は牧師であるとの情報が提供されると,豊かな緑と抜けるような空,美しい夕焼けのなかで育った影響かもしれないと宮武氏が分析。河森氏は父が牧師だったことに注目し,教会の中でのシーンや装飾,色づかいなどが,氏のイラスト表現につながっているかもしれないとまとめた。

未来を感じさせるカーデザインイラストの1つ。宮武氏は,これは本当のラフの段階だが,色を付けるだけで説得力がある。これはイラストに未来をイメージさせるコンセプトが最初から詰まっているからだと説明する
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 まだまだ語り足りないといった雰囲気の中,最後に植田氏は,4人に「未来に向けて自身が感じていること」について聞いた。

 最初に指名された河森氏は,30年ぐらい前なら,思いついたことをやれば先端を行けたけど,AIや遺伝子技術の発展で寿命が延びてくると食糧問題が露わになり,人口が維持できるかという問題に直面する。それらを踏まえたうえで,何をもって未来を語っていいのか難しいと話す。
 ただ,個人としては両極端が好きなので,超最先端の世界と,まったくテクノロジーが関与しない自然が残る世界が共存する世界観であってほしいという。なぜなら,当分は宇宙移民ができそうもないからと,「マクロス」を制作した人物らしく意見をまとめた。

 森田氏も「あまり明るい予想ではないかもしれないが,我々の世代の人類は,人間の後継者を初めて自分の手で産み出す世代になるかもしれない」と,SFらしいコメント。続けて「AIや機会生命体が生まれて,次の地球の盟主はコイツかとなるなら,それはそれでありかな,滅びてもいいんじゃないかなと思っているので,それが出現するまで生きていたいとは思います」と述べた。

 3年懸けたプロジェクトがポシャって,今後150年ぐらいは日本人の心を捉えるられると確信するデザインをお見せすることができなくて悔しいですと,やり場のない怒りを露わにした宮武氏。いろいろと鬱憤が溜まっているようだが,とあるアニメーション作品でデザインした建築物は,シド・ミード氏のデザインの向こうを張れたと思えるものを達成できたので,個人的にはまあいいかとちょっと投げやりぎみなコメントとなった。

 渋谷駅から会場に来るまでに感じたことから,「交差点のデザインを俺に任せろ」と話す加藤氏。未来の自転車レーンはこうだとか,自動車の死角を無くすデザインだとか,すでに可能にする技術はあるのに実現できていない。そんな実現していない“未来”を作る仕事がしたいという。アニメ製作者の中には,世界観の設定などを行う人材が多くいて,そういった人やイラストレーターに未来の都市設計を任せてもがいいんじゃないかと思うことも多いのだそうだ。

 各者のコメントを聞いた植田氏は,個人的には,コンプライアンスという言葉が,どれだけ日本を詰まらなくしているのだろうかと持論を述べつつ,シド・ミード氏のイラストからはそんなものが感じられないと話す。
 自由闊達で明るい未来が描かれており,これがシド・ミード氏が語る未来へのリハーサルであると確信しているとまとめ,原画展ではぜひそれを皆さんに感じてもらいたいとして,トークイベントを締めくくった。


 トークイベントはここで終了となったが,最後にサプライズとして「フューチャー・デザイン・コンテスト」の開催が発表された。審査委員長はもちろんシド・ミード氏で,審査員もメカデザイナーの大河原邦夫氏をはじめとした,そうそうたるメンバーが選出されている。テーマは人が運転しないであろう未来の乗り物「Vehicle」。

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「フューチャー・デザイン・コンテスト」公式サイト


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ベッドがそのままイスになったり,歩き回ったり,トライクになって移動して,さらにドローンのように空を飛べる乗り物。控え室でこのテーマを耳にした宮武氏が冗談でスケッチしたデザインだが,真面目に開発すればモノになるぐらいの時代にはなっているとした
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 このコンテストの開催に際して,シド・ミード氏からメッセージが寄せられており,会場で植田氏が読み上げた。その内容を紹介したい。

「子供の頃の不思議を,大人の経験則の中に残していくことや加えていくことは,かけがえのない大きな贈り物だと思います。コンテストは,創造力のコミュニティです。自分達の知性を称え,楽しんでください。未来とは,創造的な協働によって得られる結果なのです。コンテストに参加してくれるすべての人に敬意を表し,そして受賞者を祝福したい。私はいつも,エレガントで,美しい未来を描いてきました。ぜひ皆さんにも,すべての人が住みたいと思う未来のリハーサルをしていただきたいと思います」

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 コンテスト参加資格は,30歳以下とのこと。それ以外の詳細については,「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」の公式サイトに掲載されるとのこと。

 というわけで,本稿ではシド・ミード氏に関わる部分を中心にレポートしてきたが,これら以外にもSF的に面白い部分や,固有名詞的にちょっと危ない部分が盛りだくさんのトークイベンとなっていた。このイベントはニコニコ生放送でも配信されたので,気になる読者はぜひアーカイブを見てもらいたい。

シド・ミード展開催記念トークイベント Syd Mead未来会議 Vol.04「スタジオぬえの超・SF・ミード談義」(ニコニコ生放送)


「シド・ミード展」公式サイト

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