紹介記事
書評・黒川文雄著「eスポーツのすべてがわかる本」。eスポーツシーンを横断的・網羅的に概説する一冊
日本のeスポーツのリアルな切片がここにある。「1億3000万人のためのeスポーツ入門」書評
2019年5月31日に刊行された「1億3000万人のためのeスポーツ入門」(但木一真編著・NTT出版)は,日本のeスポーツシーンを知るための入門書だ。ゲームコンサルタントやプロチームのオーナー,プロゲーマー,Webメディア運営者,TVプロデューサー,弁護士と,さまざまな執筆者が寄稿した本書の概要を踏まえつつ,その意義を考えてみたい。
「eスポーツのすべてがわかる本」をAmazonで購入する(Amazonアソシエイト)
横断的かつ網羅的な構成
黒川氏は黒川塾というトークイベントとして定期的に開催しており,その模様は4Gamerでも幾度となく記事を掲載してきた。また連載記事「ビデオゲームの語り部たち」では,ビデオゲームの歴史のなかで,黒川氏が話を聞いておくべき人々や記録しておくべき場所を紹介するという内容で人気を博している。もとよりセガやコナミといった企業の中でゲーム産業に携わってきたほか,ゲーム以外のエンターテイメント産業での経験も豊富な氏だけあって,いずれも視野の広さが垣間見える記事である。黒川塾でも,eスポーツがテーマとして積極的に採り上げられており,多角的な知見の交換にも余念がない。
その黒川氏の単独著書となる本書は,日本および世界におけるeスポーツの現状について,かなり横断的かつ網羅的な解説がなされている。定量的な話をすれば,本書でピックアップされている論点(「一般的なeスポーツの仕事とは?」「おすすめのeスポーツゲームは?」など)を目次から数えると65項目となっており,それぞれ短いものでも1ページ,長いものでは8ページ前後を割いて解説がなされている。
各項目では具体的な事例やデータの紹介,その論点に対する黒川氏の見解が示され,総じてよくまとまった記述である。もちろんそれぞれの論点についてさらに踏み込んだ議論をすることは可能だが,帯に「急成長する世界の“超”入門書」と銘打つ本書であれば,まずは重要な論点のカバー率の高さを評価すべきだろう。
本書のもう一つの特徴は,インタビュー記事の豊富さだ。
収録されているインタビューは全部で6本。プロゲーマーからは板橋ザンギエフ選手,ももち選手,チョコブランカ選手。またアナウンサーの平岩康祐氏,チームDeToNator代表の江尻 勝氏,eスポーツエヴァンジェリストの谷口純也氏と,やや選手やチーム寄りの人選ではあるが,なかなか幅広い立場からの見解を聞ける構成となっている(もう少し大会運営・コミュニティ運営側のインタビュイーがいるとなお良かった)。
このように「入門」書であることが非常に強く意識された本書だが,実際に読み進めていくと,黒川氏ならではと感じさせられる展開と向き合うことになる。以下,各章ごとにその概要を見ていこう。
徹底して「具体名を出す」テキスト
Chapter1「eスポーツとは何か?」では,表題どおりeスポーツの概論が語られる。本章では経済規模や競技人口といった定番の数値も提示されるが,まず興味深い構成なのがChapter1-2に「eスポーツとはどんな競技なのか?」という項目を置き,いまeスポーツとして人気のあるゲームを6つのジャンルに分けて具体的に解説している点だ。
なお,ジャンルの分類としてはMOBA,FPS,スポーツゲーム,コレクタブルカードゲーム,格闘ゲーム,スマホゲームアプリ(本書登場順)となっている。これだけを見ると「RTSは?」とか「パズルは?」といった意見も出ると思うが,ジャンル論争そういう不満は付きものなので,本稿ではこの点は論じない。むしろ本書の大きな特徴が出ているのは,この段階でそれぞれのジャンルにおける代表的なタイトル(「PUBG」「Hearthstone」「スマブラ」など)が示されていることだ。
概論の段階から具体的なゲーム名がどんどん出てくるというのは,ゲーマーにとっては「そりゃ当然でしょ」という展開だ。しかし(詳細は後述するが)ゲームに疎いビジネスパーソン相手の「eスポーツ講演」で,のっけからゲームタイトルが次々に出てくるというのはかなり珍しい。
もう一つ,本章で面白いのはeスポーツに関わる仕事を具体的に列挙するChapter1-3だ。プロゲーマー,コーチ―,ストリーマーといったすぐに思いつくものから,アナウンサーやライターといった周辺の仕事まで,ひとつの「産業」の裾野の広さを感じさせてくれる内容になっている。
また本章では,競技シーンの成立にあたってゲーマー・コミュニティが大きな役割を果たしてきたこと,あるいは「ビデオゲームを観戦する」という文化がとても古くまで遡れることも示されている。
Chapter2の「eスポーツのジャンルと世界のシーンを眺めてみよう」では,よりeスポーツシーンを構成する要素に踏み込んだ紹介がなされている。
例えば本章では,前章で触れられた「eスポーツの人気ジャンル」が,更に細分化して解説されている。RTSやパズルも1つのジャンルとして紹介されているし,バトルロイヤルのような近年になって人気が急上昇した分野も押さえている。また紹介されているゲームタイトルもより詳細になっており,例えばFPSでは「Warsow」が,カードゲームでは「Gwent」がリストに入っていたりと,日本ではややマイナーなところもキッチリ押さえている。
またこれに加えて世界で開催されている大きな大会と,アジアにおける大会もそれぞれ大会名を示す形でリストアップされ,本書の「具体的な事例を,固有名詞で語る」姿勢がはっきりと見てとれる。
Chapter3「eスポーツの主役「プロゲーマー」の世界とは」は,ある意味で本書の大きな見せ場だ。
本章ではもちろん「プロゲーマーの歴史」や「プロゲーマーの実際」といったところも議論されているが,それは全体の半分だ。残り半分においては「今からはじめるeスポーツ」「eスポーツに必要な機材とは」といった形で,「実際にeスポーツに参加する」「eスポーツを観戦する」にあたっての具体的な手段が示されている。
この「具体的な手段」というのは本当に具体性の塊で,Chapter3−5では一つの目安としてJeSU公認プロライセンス発行ゲーム11本を紹介(ゲームハードまで記載されている)。もちろん,あくまで「まずは自分がおもしろい,やってみたいと思うゲームをやってみる」(P.91)ことが重要としつつも,一般論に終始していないのはとても興味深い。
さらには観戦にあたっての記述でも,その具体性は変わっておらず,各種eスポーツ専門施設が紹介されている。
Chapter4「発展の状況と,活性化する周辺ビジネス」では,海外と日本における現状が解説されている。とくに日本の現状ではJeSUについての解説がほとんどを占めており,JeSUについてまとまった理解ができる項目となっている。
本章のもう一つの中心となるのは,スポーツビジネスとしてのeスポーツに関する議論だ。つまりスポンサリングであったり,メディアコンテンツとしての強さといった論点である。テレビ番組での取上げられ方などがまとめられていて,日本国内における動向にはとくに詳しい。日テレやテレ東といったテレビ局,吉本興業や浅井企画といった芸能プロダクションの関わり方なども含め,まとめて把握できる機会は少ないので良い資料と言えるだろう。
Chapter5「変化を続けるeスポーツの世界とこれからの展望」においては,eスポーツの持つ課題と可能性が提示されている――が,そのほとんどは課題に属するものだ。オリンピック正式種目化をめぐる問題,eスポーツという文化によって広がる可能性,日本における法的課題,「プロゲーマーのSNSが炎上する理由」といった,苦笑いなしには読めない問題,ホットトピックとなった「ゲーム依存症」問題まで,丁寧にカバーされている。
eスポーツと「ベガ立ち勢」
ライターとしての見地から言うと,このように「概論の中で具体的な名前をたくさん出す」ためには勇気が必要だ。もしかしたら本が出版された直後に,書き手が確信を持ってリスティングしたゲームがサービス停止になるかもしれないし,それでなくとも数年後には「そういうゲームもあったね」と言われるタイトルになっているかもしれない。eスポーツ専門施設にしても(失礼ながら)そういう可能性はゼロではないだろう。
また本書のように具体名を出すと,必ず「このタイトルが入っていないから駄目」「このタイトルは違う」といった批評を頂戴することになる(だが紙幅の都合を伴うために,すべての固有名詞でカバーするこはできない)。これもまた,具体名を出すことのリスクだ。
しかし本書ではゲームタイトルであれ,大会名であれ,施設名であれ,協賛企業名であれ,容赦なく具体名が記載されている。そしてこれは「eスポーツというなんだか儲かりそうな新ビジネス」というボンヤリしたものに対し,「つまりこれはゲームと,ゲームを遊んでいる人達の話です」ということを,はっきり示す優れた効果があるように思う。
当たり前の話だが,ズラリと並ぶゲーム名を見て「なんだゲームの話か」と思う人は,eスポーツビジネスに手を出すべきではないのだ。このあたりは「1億3000万人のためのeスポーツ入門」の主張に通じるものがある。
その上で,「1億3000万人のためのeスポーツ入門」と本書を比較すると,興味深い論点が見つかる。
「1億3000万人のためのeスポーツ入門」においては,但木氏はあとがきで「謎部えむが繰り返すように,eスポーツの本質はコミュニティ,つまりゲームが好きで一緒に集まってゲームをプレイする人達の集まりだ」(P.201)と語る。
一方で「eスポーツのすべてがわかる本」を読むと,終章において黒川氏は,「eスポーツはゲームを媒介として,(中略)人と人のコミュニケーションを重視した,新しい時代のエンタテイメントとビジネス」(P.216)と定義する。
この2つの主張は,本質的には同一だ。まあ但木氏の場合,「このあとがきを読み終えたら,本を捨てて(いや本棚に片付けて),ゲームをしよう」(P.204)とも呼びかけているので,より実プレイ重視とは言えるだろうが。
もしここに差を感じるとすれば,ここにとてもクラシックな問題が隠れているからだろう。要は「ベガ立ち勢(格闘ゲームを遊んでいる人を背後で見ている人)は,ゲームに参加しているのか」という問題だ。そしてもしかするとeスポーツという文化は,「優れたパフォーマンスを競う」というだけでなく,「ベガ立ち勢はゲームに参加しているのだと明言する」ことの上にも成り立っているのかもしれない――この2冊の本から,筆者はそんなことを感じた。
なお最後に一つだけ,「本当にガチの入門書を作るのであれば,必須だったのではないか」と感じた部分があったので,この場を借りて指摘しておきたい。
「オンライン対戦ゲーム」であるとか,またその小分類である「5人対5人のチーム戦」や「バトルロワイヤル」であるとか,あるいは「ローカルでの対戦ゲーム」であるとかいった概念をポンチ絵付きで解説するコーナーは,「入門書」には欠かせないように思える。
というのも筆者の個人的経験から言えば,社会で活躍するビジネスパーソンの多くは,「テレビゲームのことなら自分でも分かる」という謎の確信を抱いたまま,まったくトンチンカンな「ゲーム」を脳内に描いているからだ。
ゲーマーにとっては「そこから説明すんの?」という部分こそ,懇切丁寧に(繰り返しになるが,模式図付きで)説明せねばならない時期が来ているのではないだろうか。
「eスポーツのすべてがわかる本」をAmazonで購入する(Amazonアソシエイト)
- この記事のURL: