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シリアスゲームと通常のゲームの企画開発の違いとは。セミナー「ゲーミファイ・ネットワーク 第8回勉強会」聴講レポート
このセミナーでは,ゲーム・フォー・イットの代表取締役社長 後藤 誠氏が,社会で起きるさまざまな問題を解決するためのゲーム(シリアスゲーム)の可能性やビジネス化に向けての試みなどについて語るセッション「ゲームを活用した挑戦!〜ゲームの力の活用法〜」が行われた。
セッションの冒頭では,後藤氏がシリアスゲームに関わるようになった経緯が紹介された。この話については2月8日に掲載した記事で取り上げているので,詳細はそちらを参照してほしいのだが,簡単に説明すると,後藤氏は中高生時代に認知症の祖母を介護した経験があり,また,同時期にゲームに感銘を受けゲーム開発者を志した経緯から「遊びだけではなく誰かの役に立つゲームを作りたい」という思いを強く抱くようになった。
やがて後藤氏は,海外ではゲームの仕組みが医療や教育,介護などさまざまな分野に応用され,しかもビジネスとして成立していることを知る。これこそがまさに自身が長年抱いていた思いを実現する取り組みだと考えた後藤氏は,2017年にシリアスゲームを手がけるゲーム・フォー・イットを設立したという。
では,シリアスゲームはどのように開発されるのだろうか。後藤氏は,まず中心になる部分としてゲーム本来が持つ「エンターテイメント」を挙げ,「正直,面白さを作るだけでも大変」と説明する。そこに,何らかの課題を解決しようとする「シリアス」と,事業として成立させるための「ビジネス」が加わり,それら3つの領域が重なる部分を見つけ出すことがシリアスゲームの開発であると語った。
例えば「面白いけれども,効果が得られない」「効果はあるけれども,すぐに飽きて続かない」では,シリアスゲームたり得ないわけだ。しかし現実には,シリアスゲームを名乗っていても「面白くない」「繰り返し遊んでもらえない」「本当に効果があるのか疑問」という作品は少なからず存在する。
後藤氏は,日本中の地名や特産物などを覚えられる「桃太郎電鉄」や,中国の歴史が身につく「三國志」を例に挙げ,「目指すところは,夢中になって遊んでいるだけで効果を得られるゲーム」だと述べた。
ここで後藤氏は,ある商店街から実際に依頼されたシリアスゲームの案件を紹介した。それは,「街歩きをするゲームを作ってほしい」というもので,目的は「商店街に人が多く集まるようにしたい」「商店街全体の売上を上げたい」「商店街の魅力を伝えたい」の3つだった。
当初は,商店街で買い物をするとスタンプがもらえるスタンプラリーや,そこにストーリー性を加えたものなど,いくつかのアイデアを考えた後藤氏だったが,依頼者と議論を重ねるうちに目的の評価指標,いわゆるKPI(Key Performance Indicator,重要業績評価指標)が曖昧であることに気づいたという。
例えば一口に「街歩きをするゲーム」と言っても,街歩きをする「時間」と「人数」のどちらを増やせばいいのかが分からない。同じく「商店街に人を集める」と言っても,お祭り的に一時的なものでいいのか,恒常的に人が集まるようにするのかが不明だ。
また「商店街全体の売上を上げる」という目的は,地域住民に対する売上が上がれば達成できる。それなら,商店街の魅力を外部に伝える必要はないのではないか……。
後藤氏はこの事例でシリアスゲームを作るにあたり,まず「誰のために」「何を」「どうすればいいのか」を絞り込む必要があったとした。
それを上記の3つの領域に当てはめ,エンターテイメントの領域であれば「誰が遊ぶか」「何度も繰り返し遊べるか」「どんなときに遊ぶことを想定しているか」などをチェックしていった。
またシリアスの領域では,「効果があるか」「目標が達成できているか」をチェックした。とくに効果や目標の達成度合いは,そもそもKPIが定まっていないと測定できないので,目的を見直す必要があったという。
この事例では,「売上を上げる」「人を集める」「魅力を伝える」というまったく異なるKPIが存在しているため,1つのシリアスゲームですべてを実現するのはきわめて困難であると後藤氏は指摘した。
そして,ビジネスの領域では,シリアスゲームを継続するために必ず費用以上に儲からなければならない。そのため「どうやって売るか」「誰(どんなユーザー層)が買うか」「何人が買うか(市場規模)」「どうしても買うと言う人がどのくらいいるか」などをチェックしていった。
ちなみにこの事例は,簡易なテストバージョンまで作ったが,結局頓挫したという。というのも,依頼者が,商店街にいくつかある,すでに存在し活動している団体を横断するようなWebサイトがあればいい,という結論に至ったからだ。
後藤氏は,この事例から「シリアスゲームを企画開発するにあたっては,具体的に何をすべきなのか,またそれがエンターテイメントとシリアス,ビジネスの領域で合致するかを見出さないと,思っているようなものにはならない」と聴講者に呼びかけた。
さらに後藤氏は「夢中になれるシリアスゲーム」の有名な例として,プレイを通じて不動産取引や資産形成,市場などを学べる「モノポリー」を挙げ,そのポイントとしてプレイヤーが「面白い」と感じるエンターテイメント性に,企画開発者の「やらせたい」「覚えさせたい」というシリアスな部分が合致していることを挙げた。
一般的なゲーム開発では,まずエンターテイメント性があり,それを中心に周囲を作り上げていくが,後藤氏によればシリアスゲームの場合,「やらせたい」「覚えさせたい」という意図が先にあり,そこにエンターテイメント性を合致させていく必要が生じるので,企画開発上で最初にぶつかる壁になりやすいとのこと。そのためシリアスゲームは,エンターテイメント性を少し弱め,その代わりシリアス性を強めた,言わばゲーム“風”の作品にするだけでも十分なのではないかという後藤氏の持論も披露された。
セッションの終盤では,ゲーム・フォー・イットの取り組みが紹介された。後藤氏はシリアスゲームの開発にあたり,日本人の死亡原因における上位の6つが人々の「行動変容」によって予防できること,その一方で三大生活習慣病(糖尿病,高血圧,脂質異常症)の未治療率が高いことに着目したという。
多くの人々は健康診断などを通じて自身が生活習慣病を患っていることを知りつつも,放置している。なぜかと言えば,生活習慣病は症状がかなり進行するまで自覚症状がなく,症状が出たときには手遅れになっているケースが多いからだ。
一方で,ゲームはプレイヤーにさまざまな疑似体験をさせることが得意だ。そこで後藤氏は,人々がシリアスゲームを通じて生活習慣病の症状を疑似体験できれば,自分が病気であることを自覚し,治療を受けたり,日々の活動を健康的に改めたりするのではないかと考えたという。
ビジネスを考えるのなら,対象となるプレイヤーは多いほうがいい。そこで後藤氏は,厚生労働省の調査によれば「日本人の約1000万人が予備軍」とされる高血圧をテーマにしたシリアスゲーム「悪魔の囁き」の企画開発を開始した。
「悪魔の囁き」は,高血圧予備軍をターゲット層とし,プレイヤーに高血圧に関する疑似体験をさせて,現実における同様のシチュエーションに陥ったときの行動変容を促すストラテジータイプのシリアスゲームだ。本作では,高血圧に関する疑似体験として血圧を上げる「欲望」と血圧上昇を抑制する「行動」の戦いがさまざまなシチュエーションで描かれ,プレイヤーは遊んでいるうちに高血圧に関する知識が身についていく。また,プレイヤーのリアルな歩数データによってプレイが有利になるといった要素も用意した。
後藤氏は本作における試みを,「エンターテイメント×疑似体験×役立つ知識」と表現した。
しかし開発が進む中,「悪魔の囁き」に対して「『こうしないと高血圧になる』と脅されるような内容のゲームをわざわざお金を出して買う人はいるのか」という指摘がされたという。そのため,「本当にビジネスになるのか」と悩んだ後藤氏は,社内のスタッフと議論したり,かつての上司や同僚に本作に何が足りないのか相談した結果,「エンターテイメント×疑似体験×役立つ知識」を変えずに方向性だけを大きく転換した。それが東京ゲームショウ 2019にてデモ版を公開したシリアスゲーム「歩いて戦え!テクにょんズ」だ。
「歩いて戦え!テクにょんズ」は,プレイヤーの歩数を利用するタワーディフェンスタイプのゲームだ。食べ物のエネルギーから作られた生命体「テクにょんズ」は,プレイヤーの歩数に応じて強化され,人間の欲望を肥大化させて地球侵略を目論む組織「シャドウズ」を撃退していく。
後藤氏は,すでにゲームとして成立しているタワーディフェンス(エンターテイメント)とプレイヤー自身の行動変容(より多く歩くこと)によって欲望と戦うこと,そしてキャラクターの登場による高血圧の知識(シリアス)という組み合わせを思いついたとき,ターゲット層である高血圧予備軍(ビジネス)を加えた3つの領域がうまく重なる部分を見つけたと感じたそうだ。
なお,本作を有利に進めるための歩数の目安は後藤氏自身が医師から高血圧対策として勧められている歩数や時間を基準としているという。
セッションの最後には,後藤氏が改めて「エンターテイメント×疑似体験×役立つ知識」に挑戦し続けていくと宣言するとともに,「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で示された17の国際目標を紹介した。
後藤氏は「この目標すべてがゲームになり得る」とし,「ぜひいろんな企業が,これらの目標をゲーム化してほしい。かつて『ゲーム大国』とされた日本が10年後,『シリアスゲーム』の大国と言われるようになるのが私の目標です」と意気込みを語ってセッションを終えた。
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