日本ゲーミフィケーション協会は2020年7月9日,オンラインセッション
「ゲーミフィケーション講座(初級)online」を開催した。
本セッションは日本ゲーミフィケーション協会が定期開催しているもので,同協会が定義するゲーミフィケーションの要素を,レクチャーとグループワークで実践的に学ぶという内容だ。講師を務めるのは,かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している,同協会代表の
岸本好弘氏である。
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ゲーミフィケーションの必要性・概要
セッションの最初のテーマは,「ゲーミフィケーションの必要性・概要」。改めて説明しておくと,ゲーミフィケーションとは
「身の周りのこと(学び)に」「ゲーム要素を入れて」「人を楽しくやる気にさせること」である。
そして岸本氏はゲーミフィケーションデザインを,仕事や学業など「ツラいがやらなければいけないこと」に対して「頑張ってやる」「あきらめる」の二者択一だったこれまでの選択に,「楽しみながら継続する」という第3の選択肢を提供するものと定義する。
岸本好弘氏(画像右上)。今回の受講者は2人とも学校の教員で,授業にゲーミフィケーションを導入したいと考えているそうだ
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それではなぜ,ゲーミフィケーションを使って「楽しく継続」させる必要が生じるのか。理由は3つあり,1つは
「価値観の変化」で,つまり根性論に代表される二昔くらい前までの考え方が,今の若い世代に通用しなくなっているからだ。
2つめの理由は,
若い世代にとってゲームは物心ついたときから身近にある存在だからである。とくに児童・生徒の中には「勉強もゲームみたいに楽しくできたらいいのに」と考える子どももいるという。
3つめの理由は,
「アメ」を適切に提供できないから。高度成長期であれば「今ツラくても,頑張れば将来見返りがある」という形でアメとムチを実現できたが,今の日本の経済状況ではそれは無理だ。そこでアメを提供してやる気にさせるのではなく,仕事や学習自体を楽しくすることで本人自身にやる気を出させるわけである。
加えて今後は,これまで人間がやってきた仕事や作業を,AIが代替することが増えていくと予想される。そうした時代に必要とされるのは,主体的に行動して新たな価値を生み出せる人材だ。
しかしそうは言っても,主体的に行動するのはなかなか難しい。そこでゲーミフィケーションを活用することで,これからの時代を生きる子ども達の「自ら動きだそう」というモチベーションをサポートするわけである。
すなわち,何かをやるかやらないかで迷っている子どもが,「何か楽しそうと思って始めてみたらうまくいった」「楽しいから続けてみたら成長している自分に気づいたり,周囲から褒められたりして自信を持った」「その成功体験に基づいて自発的に学び始めた」というポジティブなループを作ることが,ゲーミフィケーション活用のゴールなのだ。
セッションでは,ゲーミフィケーションの歴史も紹介された
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ゲームがおもしろいわけ
セッションの2つめのテーマは,「ゲームがおもしろいわけ」。岸本氏は自身の経験などから,ゲームクリエイターはゲームをデザインするにあたり,プレイヤーが夢中になる仕掛けを必ず入れると説明する。そうした仕掛けは無数にあるが,その中からゲーミフィケーションに応用できるのが,「能動的な参加」「達成可能な目標設定」「称賛の演出」「即時フィードバック」「成長の可視化」「独自性の称賛」の6要素である。
6要素のうち,今回のセッションで取り上げるのは,
「能動的な参加」「達成可能な目標設定」「称賛の演出」の3つ。
まず「能動的な参加」は,プレイヤーが自分でゲームを進めている,あるいは自分の意思で参加していると思わせることだ。それは例えば,「難度が選べる」「いくつかの選択肢から好きなものを選べる」「目指すべきゴールがある」などで実現できる。
「達成可能な目標設定」は,ちょっと頑張れば倒せる敵の登場や,プレイヤーの成長に合わせて敵も強くなっていくといったように,少し努力すれば乗り越えられる壁を常に設定することである。これにより,プレイヤーは設定された壁に挑戦してみたくなり,失敗しても何度か挑戦したり,考え方を変えたりすることで壁を乗り越えられることを学習していく。
「称賛の演出」はステージをクリアしたり,ボスを倒したりといったときに映像やセリフ,音などで大げさに褒め称えることだ。これによりプレイヤーは自身の成長を感じ,次に挑戦したくなる。ここで大事なのは,褒めると同時に次へと進むことを促すことである。
受講者の好きなゲームには,どんな形で3要素が入っているかを分析するグループワークも行われた。これは岸本氏が示した回答例
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前回までの受講者が3要素について分析したゲームなども紹介された。ボードゲームやスポーツも含まれている
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身の回りのゲーミフィケーション
セッションの3つめのテーマは,「身の回りのゲーミフィケーション」。岸本氏は,実はゲーミフィケーションは身近なところに存在していることを説明し,具体例として
「ラジオ体操のスタンプカード」を挙げた。わざわざ朝早くから子ども達がラジオ体操に参加するのは,スタンプカードが「能動的な参加」を促すからだ。そして,8日間だけ参加すれば良いという「達成可能な目標設定」があり,「称賛の演出」としてスタッフや親に褒められたり,8日間すべて参加するとお菓子がもらえたりする。このように,3要素が含まれているというわけだ。
身近なゲーミフィケーションの事例として,くら寿司の
「ビッくらポン!」や
「お遍路」も紹介された。前者は,食べ終わった小皿を5皿投入すると,抽選ゲームが始まり,当たるとグッズがもらえるというものだが,皿を投入するタイミングを自分で決められる「能動的な参加」の部分がキモとのこと。つまり5皿たまったらすぐゲームを始めても良いし,ため込んで一気にやっても良い。あるいは5枚のうち4枚を連続で投入したのち,一呼吸置いて最後の1枚を投入すると良いグッズが出やすいといったように,自分なりのジンクスや必勝法を模索することもできるのだ。これを,5皿食べたら自動的にゲームが始まる仕様にすると,とたんにつまらなくなってしまう。
後者のお遍路も,お寺を巡拝する旅路をすべて自分で決めるところがポイントとなる。岸本氏は,お遍路装束を身に着けることが,RPGでキャラクターの装備をそろえる感覚に近いのではないかと話していた。
岸本氏は以上を,「自分や周囲の人がワクワクし夢中になっているものがあるとき,そこにはゲーミフィケーションがあるはず。それを見つけるのが大事」「見つけたらメモしておく。それが自分でゲーミフィケーションを作るときのネタになる」とまとめ,「良いゲーミフィケーションは長く続く。ラジオ体操もお遍路もそう」と語った。
受講者が身近なゲーミフィケーションを見つけ,分析するグループワークも行われた。今回は,FXやコンビニのアプリ,お菓子のオマケが挙げられた
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前回までの受講者が見つけた身近なゲーミフィケーション
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課題解決にチャレンジ
岸本氏は2012年から6年間にわたり東京工科大学メディア学部にて准教授を務めていたが,自身が行う講義にゲーミフィケーションの6要素を導入していた。結果として学生達が講義から感じる楽しさや,講義に対する集中度が上がるデータが得られたという。
具体的には,「能動的な参加」として講義の中で発言するごとにスタンプが溜まるカードを用意し,スタンプが一定数溜まったら,プレゼントを提供した。
また「達成可能な目標設定」としては,ゲームのようなポイント制評価システムを導入した。通常,大学では定期的にレポートを提出したり,小テストを受けたりするが,学生達がどう評価されているのかは成績表を見るまで分からない。これはゲームに例えると,スコアやレベルが分からない状態でプレイし続け,ゲームオーバーになって初めてプレイヤーが自分の状態を知るようなものだ。
そこで岸本氏は,ゲームの「この敵を倒すと10ポイント,少し強い敵を倒すと20ポイント」という仕組みに倣って,学生各自が課題レポートや自主的なレポートの提出,自主的提案,自主的発言などをするごとにポイントを与えていったのである。
さらに学生が難度を選べるよう,イージーモードとハードモードを用意した。これは単位がもらえれば良いのか,最高評価を目指すのかを学生達に選ばせる仕組みだ。
そして「称賛の演出」は,学生が質問に正解すると「素晴らしい!」と褒め称えるというシンプルなもの。正解できなかった場合でも「惜しい!」「もうちょっとこっち!」といった言葉で誘導し,それで正解に至れば改めて「素晴らしい!」と称賛した。
その一方で,ゲーミフィケーションは誰にでも効果があるわけではない。さらに人によって,効果のあるゲーミフィケーション要素が異なるケースもある。
例えば何かに初挑戦することになり,自信がないという人にはスモールステップの段階的な目標を与え,達成するごとに称賛すると効果があるかもしれない。また強制されることを嫌がる人には,複数の目的を与えて,自分で選択させると「自分で選んだのだから,ゴールしなければならない」という自主性が生まれるかもしれない。ここで重要なのは,「楽しくやり遂げる」だけでなく,「次も挑戦しよう」と思わせることだ。
グループワークでは,受講者2名がいずれも教員だったことと,昨今の社会情勢を踏まえて,
「ゲーミフィケーションを用いて,児童・生徒にマスクを付けさせるには」という課題に取り組んだ。
受講者からは「児童・生徒に生地を選ばせてオリジナルマスクを作らせ,ファッションショーのように互いに見せ合う」「マスクを付けて授業に出るとカードにスタンプを押してもらえる」「校長先生が教室にサプライズで登場し授業中の写真を撮って,きちんとマスクを付けていた児童・生徒の多かったクラスを集会時に褒める」「面白要素やおしゃれ要素など,さまざまなデザインのマスクを用意して,児童・生徒自身に選ばせる」といった解決案が提示された。
とくにマスクを作ったり,マスクのデザインを選べたりする案には「推しキャラがプリントしてあるなど,誰かに見せたいという欲求を満たせると,皆がマスクを付けるようになるのではないか」「インフルエンサー的な児童・生徒が個性的なマスクを付けていると,ほかの子も真似して付けるようになるのではないか」という見解が示されていた。
岸本氏が提示した解決案は
「マスクマンを探せ」というもの。これは授業中,誰かのマスクの内側に秘密のシールを貼っておき,授業の終わりに誰なのかを皆で当てるというもの。
この解決案における「能動的な参加」としては,週に1日だけ行うことで特別性を持たせることが挙げられた。また1授業中につき,クラスの中の誰か1人だけがマスクマンということで,「達成可能な目標設定」も担保される。そして「称賛の演出」としては,正解した児童・生徒に★マークなどを与えて,その1日の中で得られた数を競うことが示された。
この案には,盛り上がりが期待できる,マスクを付ける動機付けになるといった意見が受講者から寄せられる一方,「授業に集中できなくなる児童・生徒が出てしまうのではないか」という懸念も示されていた。
岸本氏によるとゲーミフィケーションを考えるにあたっては,このグループワークのように叩き台となるアイデアをほかの人達と共有し,さらなるアイデアを出し合うことが重要とのこと。
さらに,上記のとおりゲーミフィケーションは万人に効果があるわけではないので,試しにアイデアを実践してみて,うまくいかなかった部分を改善していくことも必要だという。
ゲーミフィケーションを学べる書籍やオンライン講座も紹介された
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最後に岸本氏は,改めて「ゲーミフィケーションは身近にある」とし,「今後,ゲーミフィケーションを見つけたら,メモしておいてください。何かを最初からゲーミフィケーション化するのは大変ですが,メモの中から探せば応用できそうなアイデアがあるはずです」「ゲーミフィケーションを使える人は,まだまだ少ない。そういう人が増えると,日本もより楽しく幸せになるのでは」とまとめていた。
本稿の冒頭に記したとおり,このゲーミフィケーション講座は定期的に開催されている。今回レポートした初級編に加え,そもそもゲーミフィケーションとは何なのかをレクチャーする入門編や,より深く学べる中級編もあるので,興味を持った人は同協会の公式サイトをチェックしてほしい。