業界動向
Access Accepted第686回:大きく変わりつつあるプラットフォームホルダーたちの在り方
先週は,現在繰り広げられているEpic GamesとAppleの法廷闘争の概要と,その提出資料からEpic Gamesストアの内情を紐解いた。裁判はまだまだ続いており,もはや片手間に公聴するくらいでは手が付けられないほどの情報量となっている。今回は,裁判の様子はひとまず置いておき,これがゲーム市場にどのような影響をもたらしつつあるのかを解説しておこう。本年度末には,かなり大きな変化が訪れる可能性が十分にありそうなのだ。
Epic Gamesと足並みを揃えるMicrosoft
前回の連載「第685回:Epic GamesとAppleの法廷闘争がついに開始。提出資料から読み解くオンライン配信サービスの内情」(関連記事)の記事後半では,裁判所への提出資料から明らかにされたEpic Gamesストアのビジネスモデルのポイントをまとめてみた。PC版のリリースから2年で90億ドル(約9870億円)あまりの収益があったという“ドル箱”の「フォートナイト」に加え,2021年後半には正式リリースされるゲーム開発ミドルウェア最新版「Unreal Engine 5」が控えているEpic Gamesにとっては,ストアでの無料ソフト配布や時限的独占タイトル招へいへの対価は痛いものではないだろうし,独占を受けることでメーカーば開発費に対するリスクを回避でき,プレイヤーはより多くのゲームを支出を気にせず楽しめているわけだ。
これを,「Epic Gamesのゲーム市場への還元」と取るのか「市場をさらに掌握するための策略」と取るのかはこの先の動向次第になるのだろうが,Epic Gamesのゲーム業界への影響力はもはや疑うことのできないものとなったことだけは確かである。
例えば,これまでの裁判で,Epic Gamesのティム・スウィーニー氏(Tim Sweeney)が,MicrosoftやSony Interactive Entertainmentがゲームビジネスを構築する上で,かなりの助言を与えていることが明らかにされた。
Epic Gamesが,「Epic ディレクトペイメント」の意図を固めてApple及びGoogleとの係争の意思を固めた2020年8月当時,スウィーニー氏はMicrosoftに対してXbox LiveをFree-to-Play型マルチプレイゲームに開放することを助言し,「今月は大きなことが起きる」と話していたという電子メールが公開されたのである。
Epic GamesとMicrosoftがその後の流れについて事前協議していた様子は認められないものの,Microsoftは2021年1月になって,Xbox Live Goldのメンバーシップの月額料金を値上げることを発表し,翌日にこれを撤回するという焦点の定まらない行動をとったのは面白い(関連記事)。そして,4月になると「フォートナイト」や「Apex Legends」などを含むFree-to-Play型のオンライン専用ゲームについてはXbox Live Goldのメンバーシップを必要としないという決定を,マイクロソフトがアナウンスしている(関連記事)。
さらに,裁判が始まる直前には,MicrosoftはMicrosoft StoreにおけるPCゲームの売上純利益に対するパブリッシャ/デベロッパの取り分を,従来の30%からEpic Gamesストアと同じ“12%”に変更しているが(関連記事),これは明らかにEpic Gamesと足並みを揃える意思を示したものだろう。
ここで思い出すべきは,「コンシューマ機の製造にはお金が掛かっている」ということだ。米ブルームバーグ誌は以前,「PlayStation 5の1台あたりの単価は450ドル」と見積もる記事(関連リンク)を掲載しており,Sony Interactive Entertainmentにとっては,より資本が潤沢なMicrosoftと価格競争を繰り広げることの不利を語っている。
製造コストについては,もちろんMicrosoftも同じことであり,同社でビジネス開発を担当する副社長のロリー・ライト氏(Lori Wright)は,現在行われているEpic GamesとAppleの裁判に参考人として出席し,「Microsoftはかつて,ゲームハードウェアで利益を出したことはない」と語ったという。
ライバルから追われる立場のPlayStationとSteamは?
多くのゲーマーは周知していることであろうが,プラットフォームホルダーが高性能のゲーム機を赤字で販売するのは,そのプラットフォーム上で販売するゲームのパブリッシャ/デベロッパから手数料を徴収するという仕組みがあるからで,前世代以降はプレミアムサービスの提供による安定した収益を得られるようにもなった。それぞれのアカウント数はMicrosoftはXbox Liveのメンバーシップが1億,「Xbox Game Pass」が1800万(2021年1月発表時点),一方のSony Interactive Entertainmentは「PlayStation Network」のメンバーシップが1億900万で,「PlayStation Plus」は4740万(2021年2月発表時点)となっている。
パソコンやモバイルデバイスとは違うゲームプラットフォームで,12%の手数料にすることで利益が出るのかは疑問であり,Microsoftが「メーカーに低い手数料でアピールすれば,良いゲームのライブラリーも増えてゲーマーにアピールできる」というEpic Gamesの方向性を踏襲しているのが見て取れる。その結果,Electronic Artsとの提携により「EA Play」をGame Passサービスに組み込み,ついには欧米で絶大な人気を誇る「FIFA 21」までをも獲得,その他にも「ファイナルファンタジー X/X-2」や「レッドデッドオンライン」など強力なラインナップを築くこともできたわけで,MicrosoftがEpic Gamesとの協調で狙っているのは,ビジネスモデルそのものの変革なのだろう。
思えば昨年12月に「The Elder Scrolls」,「Fallout」,「DOOM」といった人気IPを持つBethesda Softworksの親会社ZeniMax Mediaを75億ドル(約8230億円)で買収したのも,こうしたビジネスの移り変わりに対応するものであるのは間違いない。「マインクラフト」のMojangや「Psychonauts」のDouble Fine Productionsなどを含め,今では25のスタジオを抱える大所帯となっており,今後のエクスクルーシブタイトルの拡充にも余念がない。
アジアやヨーロッパ地域で根強い人気を誇るPlayStationプラットフォームは,上述したPlayStation Plusのアカウント数の多さと共に,「Demon's Souls」「ラチェット & クランク: パラレル・トラブル」,そして「リターナル」などに加え,「Horizon: Forbidden West」,「グランツーリスモ 7」や「ゴッド・オブ・ウォー」の新作といった具合に,良いペースでエクスクルーシブタイトルを揃えている。PlayStation 5の供給が2022年まで安定化しないだろうと言われているものの,メンバーシップをキープしておくだけの魅力自体は十分にある。一方で,激変するゲーム市場の次の一手も提示しておく時期かもしれない。
Sony Interactive EntertainmentがMicrosoftというアンダードッグから猛追を受けているのと同じ立場にいるのが,快進撃を続けるEpic Gamesストアの攻勢を受ける「Steam」のValveだ。2004年にサービスが始まった当初こそ,当時は見捨てられていた感もあるパソコンゲーム市場を土台にしたオープンな姿勢と,30%という手数料は魅力に思えたが,そのビジネスモデルやサービスの変革についてはあまり積極的なイメージを持てなかった。
しかし,海外ゲームメディアのVG24/7が5月12日付けのニュース(関連リンク)として報じるところによると,ニュージーランドのイベントに出席したValveのゲイブ・ニューウェル氏(Gabe Newell)は,「Steamはコンシューマ機向けのサービスになり得るか」を質問されて,短く「そのことについては,年末までにはより良いアイデアを持てているはずです」と答えたという。
同誌は,(「Portal 2」がPS3向けにリリースされたことがあるように)「Half-Life: Alyx」が「PlayStation VR 2」向けにアナウンスされるだけかもしれないと考察しているが,質問内容とその応答から判断する限り,ValveもEpic GamesとAppleの裁判に注視しており,その成り行きによってはコンシューマ市場でのSteamの展開も視野に入れていると取ることも可能だろう。
今後,急激に変化していきそうなゲーム市場だけに,6月から加熱していくはずのプラットフォームホルダーやパブリッシャたちの新発表は,目が離せそうにない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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