
インタビュー
作曲家・伊藤賢治氏が,同氏のライヴでおなじみのヴァイオリニスト・依田 彩さんのアルバム「"A"BEATS YA!!」をプロデュース。その制作秘話&発売記念ライブへの意気込みを聞いた
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伊藤氏が主宰するレーベル「gentle echo」の公式ライブ「gentle echo meeting」の初回公演(2009年)以降,依田さんはライブのみならず,伊藤氏が作曲を手がけた「サガ」シリーズや「月英学園 -kou-」などのレコーディングで,ヴァイオリンを演奏しているのだが,ゲーム音楽を主に手がけてきた作曲家と,ゲーム音楽と関わりのないフィールドを中心に演奏活動を行ってきたヴァイオリニストが共同で,“ゲームとは関係ないほうの作品”を制作するのは,現状ではレアケースだろう。
今回は,伊藤氏と依田さんの対談を通して,こうした一連の取り組みが実現した背景や経緯などをお伝えしたい。
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「"A"BEATS YA!!」特設サイト
伊藤氏のライブに欠かせないヴァイオリニスト
そのアルバムを伊藤氏がプロデュース
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
伊藤さんのライブというと,ヴァイオリンを依田さんが弾かれている印象が強いのですが,そもそもどういったきっかけで知り合われたのでしょう?
伊藤賢治氏(以下,伊藤氏):
最初は……いつだろ。
依田 彩さん(以下,依田さん):
ヴァイオリン奏者を探しているって,共通の知人を介してイトケンさんからお声がけいただいたんです。
伊藤氏:
ああそうだ。私がフリーになって最初にやった,2009年の「gentle echo meeting」のときの話です。それが最初の出会いでしたね。
フリーになったことだし,元々ミュージシャンになりたいという夢もあったし……ということで,ライブをやろうとなったときに演奏してくれる人を探している途中で依田さんの存在を知り,この方に演奏していただきたいと思ったんです。運良く共通の知人もいて。
それ以来,ライブだけじゃなくレコーディングなどでもたびたびお世話になっているんですよ。
4Gamer:
ライブなどでも,伊藤さんが作曲した激しくエモーショナルなバトル曲などを見事に演奏されている姿を拝見してきました(関連記事)。
そして今回,依田さんがリリースされたアルバム「"A"BEATS YA !!」は,伊藤さんがサウンドプロデュースと編曲を,4曲中3曲の作曲は依田さんが担当されています。これはどちらから持ちかけたお話なんでしょう?
伊藤氏:
別の仕事で彩さんに演奏してもらったあとの電話で,「お疲れ様でした」という挨拶から始まって,世間話をしているうちに「近々こういうことをやりたい」というアイデアの話になったんです。
だったら今までのお礼もあるから,もし任せてくれるなら私がサウンドプロデュースをやります,と。それで「こういうのはタイミングだから,熱の冷めないうちにやろう」ということで,すぐに話が固まりました。
4Gamer:
話の流れでトントン拍子に,というやつですね。どんなことを考えてプロデュースしていったんでしょうか。
伊藤氏:
何よりもまず,彩さんの良さを100%出すことが前提です。そのうえで,彩さん自身の往年のファンを含め,興味を持った皆さんにどんなアクションを起こしてどうインパクトを与えるか。そうした意味で間口を広げるためには,カバーも入れたほうがいいと考えました。そこで今回は,「キューティーハニー」のカバーを入れています。
これに限らず,作戦みたいなものはいろいろ考えましたね。彩さんにも,「この曲どう? あの曲は?」みたいな提案をいろいろとしました。
依田さん:
そうやって「ああしよう,こうしよう」と作り上げていく過程が楽しかったです。第三者の意見に左右されることもなく,とにかく二人で意見を出し合いながら自由に作れましたから。
4Gamer:
意見の衝突みたいなものはなかったんですか?
伊藤氏:
目に見えるようなものはなかったですね。
依田さん:
普通の会話の中で,「これどう?」「あまり好きじゃない」みたいなやり取りはありましたけど,せいぜいそれぐらいです。
伊藤氏:
何かを提案するときは,お互いに必ず代替案も用意している感じでしたね。あんまり反応が良くなかったら,「じゃあ,こっちはどう?」と。こうやっていると,あまり意見の衝突はないんです。
4Gamer:
では,とくにこだわったポイントはありますか。
伊藤氏:
とくにアレンジ面では,自分らしさを前面に出すのではなく,一歩二歩引いて,彩さんの良さを引き出すようバランスを取るために試行錯誤はしました。
私は元々,アレンジをするときは原曲の魅力をつかんだうえで,それを最大限ふくらませるような,いわば原曲に忠実なアレンジを心掛けているんですね。でもなぜか「これ,絶対にイトケンがアレンジしたよね」って気付かれるんですけど(笑)。
4Gamer:
きっと,いわゆる“イトケン節”みたいな,伊藤さんの個性のようなものが滲み出るんでしょうね。
では,今回引き出そうとした依田さんの良さとは,具体的に何を指すのでしょう。
伊藤氏:
説明が難しいんですけど,ヴァイオリンの音色だったり,演奏そのものだったりの中に,彩さんにしか出せないものがあるんです。私がよく彩さんに演奏をお願いするのも,私の曲との相性が良いと思っているからで。
ただ演奏って,音源一つだと伝わらない部分はどうしても出てきてしまうので,どうヴァイオリンを響かせるか,響かせ方のアレンジをどうやろうかなどは考えましたね。
例えば先ほど名前を出した「キューティーハニー」のカバーにしても,彩さんが演奏することを念頭に,原曲の何を生かしてどこを崩すか,そのさじ加減はとても難しかったですね。結果,一本調子だと,往年のファンも新たに興味を持った方も集中して途中で飽きてしまうかもしれないと考えて,二部構成にしてみるなどのテクニック的な試行錯誤もしています。
4Gamer:
聴くときにはそのあたりにも意識を向けてみたいですね。
ちなみに,全4曲の「"A"BEATS YA !!」ではありますが,とくにオススメの曲などはありますか?
伊藤氏:
率直に言ってしまうと,全部です(笑)。いろいろな候補をそぎ落としていった結果の4曲なので,どれもオススメですよ。
依田さん:
それに,すべて個性のある曲になっているので,どれか1曲となるとなかなか難しいんですよね……。聴いてくださる方の好みもあるでしょうし。
伊藤氏:
それを踏まえてあえて個人的な好みで選ぶなら,私は最後の「しずくの未来(さき)」ですね。ロックとラテンで3曲攻めて,最後にヨーロッパの香りを出すような感じで。私自身もそういうサウンドが元々好きだったので,彩さんから届いたデモをコラージュしていったらうまくハマったんです。結果,「自分自身のプロジェクトでもこういう攻め方はアリだな」という発見がありました。
4Gamer:
伊藤さんもプロデュースをしながら刺激を受けていたんですね。
ちなみに,アルバムの制作期間はどのくらいだったんでしょう。
依田さん:
当初は3月中に仕上げようと言っていたんですけど,なかなかスタートできずに,7月くらいに始めて(笑)。お互いにほかの仕事の合間での制作だったので,中断したり再開したりを繰り返しながらでしたから,構想を練っている期間も含めたらそれなりの長さなんですけど。
伊藤氏:
なんだかんだあって時間はかかりましたけど,実際の作業日数をまとめると1か月くらいですかね。
依田さん:
そうですね。とくに終盤はまとめて作業ができて。やっぱり構想の部分を事前にたくさん話し合っていたので,作業そのものにはそんなに時間がかからなかった印象です。
伊藤氏:
それと,今回のアルバムの録音には,スタジオを使わなかったんですよ。彩さんの自宅にミュージシャンが来て,その場で収録していたんです。オーケストラみたいな大規模の収録は無理としても,少人数での録音であれば宅録でどうにかなるという便利な時代です。
依田さん:
以前から自宅で,バンドのリハーサルはやっていたんですけど,今回はヴァイオリンはもちろん,ギター,パーカッション,ベースの録音までやってみました。
12月7日の発売記念ライブでは,
依田さんと伊藤氏の共演も
4Gamer:
ちなみに依田さんは,伊藤さんとお仕事をされるようになるまで,“ゲーム音楽”や伊藤さんの書いた楽曲をご存じでしたか?
依田さん:
実は私,ゲームを始めるとハマりすぎてほかのことが何もできなくなるタイプだと自覚しているので,ゲームを遊ぶこと自体,なるべく避けてきたんです。情報も見ないようにしているくらいで。それこそ子供の頃は友達と一緒に「ドンキーコング」なんかを延々と遊んだり,「テトリス」を一人でひたすらやり続けたりしたこともあって。
そういう経験があるから,今どきのゲームを始めたら,絶対に抜け出せなくなって演奏活動に支障が出そうだと思っているくらいで(笑)。
伊藤氏:
ある意味,彩さんは私よりゲーマー気質かもしれないですね。けっこう意外かも。
4Gamer:
では,伊藤さんから初めて演奏のオファーがあったとき,楽曲に対してどんな印象を持ったのでしょう。
依田さん:
とくに先入観もなかったので,ゲームの音楽だからどうこうと言う部分はまったくなくて,一つ一つの楽曲に対して「いい曲だな」「切ない曲だな」「ああ,バトってるな」というような印象でしたね。
4Gamer:
ゲームに対する知識がそれほどなくても,ちゃんと伝わるものなんですね。
依田さん:
もともと未知の世界でしたからね。
ただ,ゲーム音楽ってもっと短い曲がいっぱいあるのかと思っていたんですけれど,1曲1曲がしっかり作られていたことには少し驚きました。
4Gamer:
確かに伊藤さんが過去に作曲されたものも,原曲は基本的に短いですよね。それをライブ用にアレンジしていて。
伊藤氏:
あちこちのインタビューで話しているんですが,私が自分の曲でライブをやるからには,ゲーム音楽っぽさを極力なくそうと考えたんです。誰もが音楽的に楽しめることを念頭に置いてアレンジしよう,と。
そうやってライブで演奏してくださる人を探していくうちに,彩さんとのご縁も含め,バンドのような形になっていきました。そこから私自身も,「ゲーム出身だから,この程度か」と思われないようにしようと,あらためてピアノの練習をしたりと頑張ってきたんです(笑)。
4Gamer:
そういえば10年くらい前,伊藤さんが「もう歳だから,バンドで演奏するのはこれで最後」みたいにおっしゃっていたことを記憶しています。でも,むしろその後のほうがバンドで演奏する機会が増えているようで。
依田さん:
えっ,そんなことおっしゃっていたんですか(笑)?
伊藤氏:
言ってましたねぇ。「gentle echo meeting」の1回めと2回めはアコースティックでやったんですが,やっぱりバトル曲はロックで聴きたいという要望が聞こえてきて。それなら3回めは思いっきりロックでやってそれを節目に終わりにしよう,その後は自分の好きなバラードなんかを淡々とやっていこう,なんて思っていて。
ところが3回めの反響がものすごく大きかったので……今に至ります(笑)。
依田さん:
ご本人はバラードがお好きなんですよね。世間的にはバトル曲の人で知られていますけど。
伊藤氏:
そうなんです。実は実像とイメージに大きなギャップがあるんで。でも喜んでくれる方達がいると思うと,これはこれで嬉しいしありがたいしで,続けたくなるんですよ(笑)。
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そんな具合にライブ慣れした伊藤さんが,12月7日には「"A"BEATS YA !!」の発売記念ライブにゲストとして出演されるんですよね。
伊藤氏:
はい。ただ今回は主にトークと,彩さんのヴァイオリンに私がピアノで伴奏をするぐらいの出演です。
依田さん:
私とイトケンさんが2人で出るコーナーがあるんです。例えば「しずくの未来」は元々どんな感じだったのかとか,イトケンさんの曲を2人で演奏したりとか。それで今まさに,「それ以外の演奏も一緒にやろうよ」という話をしているところです。
伊藤氏:
「ほかのバンドメンバーと一緒に演奏してみたら?」というお誘いもいただいているんですが,超一流のミュージシャンばかりなので,足を引っ張ってしまうんじゃないかと尻込みをしています。
依田さん:
皆,優しい人達ですよ(笑)。
伊藤氏:
何かね,「ちょっとバンジージャンプしてみてくださいよ」と言われてるような気分になるんですよ。そっちは気楽に言うけど,こっちは怖いよ! って(笑)。
でも確かに,チャンスではあるんですよね。ゲーム出身の作曲家で少しピアノが弾けるぐらいの私が,こんな凄腕のミュージシャンに混ざって演奏する機会なんて,めったにないでしょうから。
依田さん:
超売れっ子の一流ミュージシャンが,これだけ揃う機会はそうそうないですよ。
4Gamer:
ちなみに参加される方々は,何を基準に選んだのでしょうか。
依田さん:
アルバムの録音に携わってくださった方を主に,Rock,Latinを中心とした一流のミュージシャンに出演をお願い致いしました。
4Gamer:
ちなみに当日は何曲くらい演奏するのでしょう?
依田さん:
アルバムの曲を含め,20曲近くになると思います。ただ「しずくの未来」は,弦楽器を多重録音しているのでライブでは再現できませんから,さっき触れたイトケンさんとのコーナーで音源を流そうと考えています。
全体的にお祭り騒ぎっぽくとは考えていますが,ずっとそれだと疲れてしまうのでホロッと泣かせるところも作りつつ,奏者各々の個性と楽器の良さを伝えたいですね。とくにヴァイオリンは優雅なイメージだけが先行しているので,いつもやっているように「それは違うぞ,カッコいいことができるんだぞ」というところを見せたいです。
4Gamer:
今回のライブの配信や期間限定のアーカイブもあるそうで。
依田さん:
はい。こういうご時世ですし,会場には足を運びづらいという方は,ぜひ配信でご覧ください。
伊藤氏:
六本木クラップスには,私も観客として一度行ったことがあるんですが,すごく綺麗なところでしたよ。ライブレストランを名乗っているだけあってご飯も美味しいので,ご都合のつく方はぜひ足をお運びください。それが難しければ,ぜひ配信でご覧いただけますよう,よろしくお願いします。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
■「"A"BEATS YA !!」発売記念ライブ概要
●公演名
アルバム「"A" BEATS YA!!」発売記念Live! Rock & Latin
●公演日時
2021年12月7日(火)18:00開場 / 19:00開演
●料金・ミュージックチャージ
税込み5800円(当日500円UP)
※1ドリンク付き
※来店順の自由席
※別途飲食可(ご飲食代別)
※入店時は,検温及び消毒液の使用,マスクの着用が必須。
●配信チケット
税込み3800円
■配信URL
https://ja.twitcasting.tv/c:roppongi_claps/shopcart/112432
※配信チケット購入後のキャンセルは不可能
※アーカイブ配信は12月21日(火)までの2週間
●出演
依田 彩(vln),長谷川友二(g),細川晶生(flamenco guitar),畠山啓(pf),高橋ゲタ夫(b),橋本容昌(per),美座”Mizalito”良彦(ds/per)
ゲスト:伊藤賢治(pf)
●主催
AYAMUSIC
●来場予約・問い合わせ
六本木クラップス(運営会社:株式会社AFC)
tel:03-6421-1263(受付:月〜金/12:00〜18:00)
tel:03-6441-3171(公演当日15:00〜)
●公演情報
https://c-laps.jp/events/211207_yoda-aya/
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