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中国が見据えるメタバースの可能性とは。清華大学教授による「メタバースの発展と研究」セッションレポート
メタバースと言えば,昨今話題のバズワードであり,仮想現実の空間を指す言葉だが,まだ明確な定義はない。本稿では動画内で語られた,同氏が考えるメタバースの成り立ちや定義,超長期的にメタバースを見た際の可能性,ゲームとメタバースの親和性,ハイレベルなメタバースを作り出すために超えるべきハードルといった話題を紹介していく。
瀋陽氏がメタバースと関わり合いを持つようになったのは,2007年のこと。博士課程を修了したタイミングでメタ宇宙(メタバース)に関する論文,“バーチャルコミニュティとバーチャル時空トンネル”を発表したことがきっかけだという。論文はゲーム好きである瀋陽氏の「西遊記のゲームで敵を倒して得た金貨を,三国志(が題材の別ゲーム)の劉備や諸葛亮に渡せたら面白いのでは?」という発想から膨らんでいったそうだ。
メタバースやバーチャルリアリティ,パラレルワールドといった概念は,瀋陽氏いわく「古代中国の哲学思想に近しいものがある」とのこと。銭学森氏(1911年生まれの中国を代表する科学者。2009年没)が「私はバーチャルリアリティの世界に霊境を作りたい。バーチャルリアリティは人類史に残る大事件になる」と述べていたり,瀋陽氏より年長の学者,王飛躍氏がパラレルワールドの研究を2000年代はじめから取り組んでいたり,メタバースの研究が進む下地はあったという。
瀋陽氏の研究によると,メタバースという概念がエンタメ作品としてわかりやすく世に提示されたのは,小説「スノウ・クラッシュ」であるという。そこから「マトリックス」を皮切りに仮想現実を題材にした映画が,2000年代から現在に至るまで作り続けられ,メタバースが持つ可能性やイメージが補強されていったとのこと。
ここでメタバースの視点から秀逸な映画が紹介された。「インセプション」は夢の中の世界=メタバースを,複数並行して存在させられることを映像化し,「レディー・プレイヤー・ワン」ではVR世界のディテールが描かれ,「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」ではARを使ったメタバースが提示されたという。また,瀋陽氏が思い描くロボットが深くメタバースに関わる世界を理解しやすくなる作品として,海外ドラマ「ウエストワールド」の名もあがった。
瀋陽氏はさらに,自身が上記のような作品に出てくるレベルのメタバースを作るべき,と考えている理由を3点あげた。
1つ目は生産性の向上。メタバースでの表現,解像度が現実に近づくことで,生産性の大幅な向上が期待できるという。2つ目は現在のモバイルインターネットを主とした経済モデルは限界で,「腐り始めている」という瀋陽氏の見立てから。
そして3つ目が,モバイルインターネットの世界が硬直しているという点。次世代のインターネット,すなわちメタバースのような存在を活性化させないと「人類は携帯電話にロックされる」(人類の進歩が停滞する)と,独特の言い回しでメタバースの必要性をアピールした。
瀋陽氏が考えるメタバースの定義もかなり詳細に提示された。
(1)3次元的な多感覚のインターネットであること
(2)ユーザーは自身の分身となるアバターを作って過ごすべき
(3)メタバースの中にバーチャル不動産,バーチャルペットなどといった,経済システムを構築させること
上記のように要点を箇条書きにすると,現在さまざまな企業が進めているメタバース事業と似通ったコンセプトと感じるかもしれないが,瀋陽氏が語ったメタバース構想は,かなりスケールが大きかった。とくにSF小説も顔負けのアイデアが盛り込まれていたのが,(2)のアバターにまつわる話だ。
瀋陽氏のメタバースには「ハイセンスロボット(AI)」が不可欠らしく,例えば「20歳の梁思成(1920年代から60年代にかけて活躍した実在の建築家。1972年没)をメタバースに生み出し,ユーザーと会話させる」ような,人と人だけではなく,人とNPCの交流が行える場にしたいという。他にもアバターをメタバース内で働かせる,アバター(内のAI)をハイセンスロボットに移し,現実世界の自身の手助けをさせるといったアイデアを披露し,「人間,アバター,ロボットを組み合わせた共存共栄」をメタバースで目指していると明かした。
瀋陽氏は上記のハイセンスロボットの話だけではなく,(1)の“3次元的な多感覚のインターネット”を利用した,壮大なスケールの計画も発表している。それはVRないしARを活用した月面歩行だ。
中国が2020年代後半から2030年あたりに計画している,有人月面着陸と連動したもので,宇宙飛行士が月面を歩いた際のデータをリアルタイムでトレースする技術が完成していれば,地球で過ごす多くの人間も同時に「本物の月で歩いているような体験ができるはず」と語った。
一方で,そう遠くない将来に実現できそうなアイデアとして,ゲーム(エンジン)を用いたメタバースの可能性にも瀋陽氏は言及している。ここで例としてあがったのは,ゲームエンジンで古代から現代に至るまでの中国(の建造物や人物)を再現して教育の現場で使う,“教材”としての活用や,観光スポットに中国ゆかりの人物を表示できる技術を導入,一緒に記念写真を撮れるサービスを作って観光地の資源価値を高めるといったARの利用法など。こうしたピンポイントな使い方であれば,「40以上の産業でメタバース(やVR,ARの技術)は活用できる」と瀋陽氏は述べている。
動画の終盤では,メタバースが発展していくために留意すべき点も話題にあがった。
まずは健康面。メタバースに没頭するあまり,生身の体の健康を損ない,現実世界での生産力や経済力が落ちると,実生活が崩壊する。そのため瀋陽氏は「リアルとバーチャルを調和させる」ことを目的としたルール作り重要視しており,プレイヤーだけではなく,運営側も取り組むべき課題と考えているようだ。
もうひとつはエネルギーの問題。現実世界さながらの解像度をそなえたメタバースが作れるようになるということは,すさまじく高い演算能力を持つマシンが必要で,運用するためには大量のエネルギーの確保が要求される。瀋陽氏が望むメタバースを実現するには「なんらかのブレイクスルーが必要」であり,「さらなる技術の発展に期待」しているという。
そして最後に現在のメタバース事業は「テクノロジーを奨励し,リスクを回避し,コンセプトを受け入れ,探求を支援し,誇大広告を排除している」発展途上な段階と結び,今回の講演動画を締めくくった。
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