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久夛良木健氏がPlayStationの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどを語ったセッションをレポート。“未来とは,自らが引き寄せるもの”
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印刷2022/10/27 15:01

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久夛良木健氏がPlayStationの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどを語ったセッションをレポート。“未来とは,自らが引き寄せるもの”

 NewsPicksが2022年10月24日と25日に開催したビジネスフェスティバル「CHANGE to HOPE 2022」で,PlayStationの開発を主導した久夛良木 健氏が「TRUST YOUR GUT! 直感を信じよう PlayStation の父が教えるイノベーションの起こし方」と題した講演を行った。7つのテーマを通し,初代PSの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどが語られた模様をレポートしよう。

画像集 No.001のサムネイル画像 / 久夛良木健氏がPlayStationの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどを語ったセッションをレポート。“未来とは,自らが引き寄せるもの”

登壇者
スピーカー
久夛良木健氏(サイバーアイ・エンタテインメント 代表取締役社長 兼 CEO/近畿大学情報学部長)

モデレーター
本田雅一氏(テクノロジ・ジャーナリスト ネット/デジタルトレンド分析家)


左から本田雅一氏,久夛良木健氏
画像集 No.002のサムネイル画像 / 久夛良木健氏がPlayStationの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどを語ったセッションをレポート。“未来とは,自らが引き寄せるもの”
 久夛良木氏はソニー・コンピュータエンタテインメント(社名は当時。以下,SCE)で,初代PlayStationからPlayStation 3までの開発を主導した。講演タイトルにあるとおり,“PlayStationの父”である。
 モデレーターの本田氏は久夛良木氏について,それまで子どものオモチャだったゲーム機を,大人が楽しめる本物のエンターテイメントへと昇華させるスタート地点を作ったと評価。また,氏が2004年の時点でコンピュータとネットワークによる仮想現実など,現在を予見していたことなどから,「The father of PlayStation」とされることが多い久夛良木氏を「The father of computer entertainment」と紹介したいと語った。

 そんな久夛良木氏は,本講演で以下に挙げる7つのテーマについて語ったので,その内容を紹介しよう。

1:<0→1>を実現するInnovation
2:未来はやって来るものではなく 自らが引き寄せるもの
3:オープンコラボレーション戦略
4:チームビルディングが雌雄を決する
5:アーキテクチャ設計が重要に
6:プラットフォームを確立
7:10〜20年先の未来まで見据えた 長期のロードマップ戦略



1:<0→1>を実現するInnovation


 0→1を実現するイノベーションは,日本企業が不得意としているものであると久夛良木氏は指摘する。日本で行われてきた教育の影響などもあり,○×問題のように答えがあるものについては強いものの,未来のように答えがないものについては想像できないといった特性があるという。
 氏は近畿大学情報学部長として学生と触れあっているが,当初は講義について質問があるかを尋ねても反応がなかったと明かした。これは海外の学生とは対照的で「自分がどうしていいか分からない」という学生も多いのだという。そこで「自分たちが何をしたいか」を考えてもらうため,大学1年生向けに,この学年としては異例のゼミを行っているそうだ。


2:未来はやって来るものではなく 自らが引き寄せるもの


 戦後の日本を“自動車王国”や“電子立国”に成長させた国策も,日本発ではなく他国から渡ってきたものである,と久夛良木氏は語る。これらの国策は大きな効果を発揮し,高品質の半導体や自動車で世界を席巻できた。ただ,これは0を1にするイノベーションではなく,1を1.1,1.2,1.3……とするインプルーブメント(改良)であり,他国がコピーできるものである。インプルーブメントを繰り返す中で日本の競争力が失われていき,経済も低迷し「失われた30年」という言葉が囁かれている。

 その一方,アメリカではコンピュータやバイオメディカルといった分野での挑戦,0を1にするイノベーションが続いている。インプルーブメントも大事だが,人類を進化させていくのはイノベーションであると久夛良木氏は考えている。
 「イノベーションがいつ起こるかは予想できない」とする人も多いが,久夛良木氏は,イノベーションは突然変異的に発生するものではなく,ベースになっている技術へのチャレンジが積み上がることで“発火”するものであり,仕掛ける側は“狙っている”と説明した。氏が例に挙げたのは新型コロナウィルスのワクチン。ある日突然世に出てきたように見えるが,新型コロナウィルス(COVID-19)発生以前から続けられてきた数々の研究が「世界最大のコラボ」を実行した結果である。そうした意味において「未来とは予想するのではなく,作るものである」と氏は考えているのだそうだ。

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 積み上げていった技術チャレンジが“発火”する例は,初代PlayStationの開発時にも見られたという。

 久夛良木氏がPlayStationのもととなる,コンピュータエンターテインメントのアイデアを構想したのは1980年代半ばのこと。ソニーの情報処理研究所で業務用のデジタルビデオエフェクタ「システムG」に触れ,アメリカでインターネットの洗礼を受けた研究員たちと過ごしていた頃のことだという。当時はPCの性能も低く,プレイヤーの操作に合わせてリアルタイムに3DCGを動かすことなど夢のまた夢だった。しかし,時が過ぎてコンピュータが発展すれば,1990年代中頃には自分の構想を形にできるのではないかと“狙いを付けた”のだそうだ。その後氏はTV番組「電波少年」シリーズにおいて,出演者の顔をCGで作られたバーチャル舞台に配し,リアクションに応じて変形させているのに衝撃を受けた。「これをベースに最新テクノロジーを組み合わせることができれば,人類が手にしたことのないエンターテイメントが作られるようになるのではないか」と感じたという。

 「自分たちの技術をベースにして新たなエンターテイメントを市場に出せれば,クリエイターたちは嬉しがって作品を作ってくれるのではないか」と考えた氏は,ソニーを辞してSCEを立ち上げた。ともにSCEへ参加した丸山茂雄氏は久夛良木氏の話を聞いて「カラオケシステムをやるんだろう」と考えていたそうだから,いかに先進的な構想であったかがうかがえる。


 60人ほどの小回りが利く組織として立ち上げられたSCEは,PlayStationの開発を進め,ある時ソフトメーカーの関係者にデモを見せることにした。当時の高品質3DCGといえば,「高価なワークステーションで予め作っておいたムービー」がお決まりだったが,このデモではリアルタイムで3DCGの恐竜を操作できた。今となっては当たり前だが,当時としては衝撃的なデモだったのだ。

 しかしながら関係者は静まりかえっており,久夛良木氏も「これは受けていないのか……」と落胆したものの,翌日からはひっきりなしに問い合わせの電話がかかってきた。デモでの沈黙は,声も出せない驚きだったというわけだ。久夛良木氏にはこの時に「我々が未来を引き寄せた」感覚があったそうだ。氏が語ったイノベーション論に沿って解釈するなら,システムGの開発,そしてインターネットに触れた研究員たちといった積み上げがあったからこそ,初代PlayStation,そしてゲーム機にインターネット接続用オプションを装着できたPlayStation 2という形で“発火”できたというわけだ。


3:オープンコラボレーション戦略


 高品質の3DCGをリアルタイムに動かせるゲームを実現したのは,外部の有能な人材とのオープンコラボレーション戦略だと久夛良木氏は語る。ハードとソフトの両面において,久夛良木氏がビジョンを同じくする人に夢を語り,開かれたコラボレーションを行ったことから,短期間での製品化が可能となったのだという。
 当時のソニー社内は「ソニーがなぜ玩具をやるんだ」という人も多く,「PlayStationに対し,100人いれば99.9人が大反対だった」という。ただ,これはソニーの硬直を意味するものではない。社内には好奇心旺盛な人材が揃っており,外部の部品メーカーが作った新基軸の品を取り入れて製品化するような,他の電器メーカーにはない柔軟さがあったのだという。

 とはいえ,初代PlayStationを開発していた当時はオープンコラボレーションという概念自体がなく,インターネットも現在ほどの利便性を持たなかった状態。そうした中,久夛良木氏は国際的な学会に行くたびにビジョンを同じくする人をリストアップしていき,PlayStationをオープンコラボレーションで開発しようと声を掛けていった。「ソニーに転籍してほしい」といった要望はしなかったことから,コラボレーションの輪は広がっていき,短期間でPlayStationを開発できたのだという。

 久夛良木氏は「PlayStationは我々だけの力でできたものではない」とオープンコラボレーション戦略の効果を強調した。そうした思いは,PlayStationのCMに挿入される「プレイステーション」というアナウンスにも現れているのだという。「PlayStationはみんなのものだから」という考えのもと,他のソニー製品のような「It's a Sony」のフレーズは使わせなかったのだそうだ。このアナウンスは日本語のイントネーションだが,これはカルチャーであるということで,世界中どの地域でも同じものが使われているという。

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4:チームビルディングが雌雄を決する


 大きな組織が何かを始める際には,まず準備室などの組織から作りがちだ。しかし,これでは組織ありきということで人が増え,調整の手間が膨大になり,決断も挑戦もできずに日々が過ぎてモチベーションも低下する……と久夛良木氏は指摘する。

 初代PlayStationの開発時は「なるべく筋肉質な」組織を作り,余分な人を入れない姿勢を貫徹したという。組織が肥大化するとランニングコストがかかるのはもちろん,ちょっとした変更でもさまざまな手続きが必要になり,フットワークが重くなってしまうためだ。最初期のAppleのように,スティーブ・ウォズニアック氏やスティーブ・ジョブズ氏のような何でもできる人が2〜3人でやってしまうことが理想であるという。また,組織の中で承認を受けずにチームを作り,課外活動的に進めていくことも効果的であるそうだ。


5:アーキテクチャ設計が重要に


 初代PlayStationは部品点数を減らすことでコストを下げ,大量生産を可能にしたが,開発では建物と同じく,最初のアーキテクチャ設計を大事にしたという。
 増築に増築を重ねるような設計をした他社の製品が,コストダウンできずに苦労する様子を見たこともあるという。色々なことをやろうとするより,綺麗なアーキテクチャを早く決め,物事を進めるのが大事ということだ。


6:プラットフォームを確立


 初代PlayStationは,それまでのゲーム機で主流だったROMカートリッジではなく,CD-ROMを採用した。その理由は大容量だとされることが多いが,久夛良木氏はそれを否定している。

 その証明のために氏が挙げたのはPlayStationのローンチソフトである「リッジレーサー」だ。同作はCD-ROMの容量である600メガバイトのうち2メガバイトしか使っていない。一度起動させてしまえばプログラムのすべてを本体のメモリ上に読み込んでしまえるので,起動後に音楽CDを入れ,好みの曲で遊ぶことも可能だったのを覚えている人も多いだろう。

 PlayStationがCD-ROMを採用した理由は,「メディアの特性」だという。原価の安さ,毎週増産可能……といったことだ。例え品切れであっても「来週には入荷する」となれば,子どもたちもあきらめずに待ってくれるだろう……と久夛良木氏は当時の配慮を語った。たとえCD-ROMを作りすぎたとしても,溶かせばジャケットにできるので在庫リスクも薄い,ということも後押しになったそうだ。
 それまでとは違ったメディアだけに,世界各地で流通網をゼロから作っていかなければならなかったが,その過程では流通関係者と「切った張ったの交渉」をすることもあったという。


7:10〜20年先の未来まで見据えた 長期のロードマップ戦略


 目先のことだけを考えていると,あっという間に波に飲み込まれてしまう,と久夛良木氏は警告し,これを防ぐには多くの引き出しを作っておくことが必要だと語った。
 普段から好奇心を持ってさまざまな情報に触れておけば,ある時,次にこれが来るとスパークする瞬間があるという。
 氏は「次のイノベーションをどうやって作るか」というテーマを,日々のルーチンとして楽しく考え,夢と好奇心を起点として引き出しを沢山作っておき,時が来たらオープンコラボレーションのチームを作り,一気に未来を作っていってほしいと聴衆に呼びかけた。

 「ライバルは未来」であると語る久夛良木氏。PlayStationを作ったチームとは今もコンタクトを取っており,彼らと30年間温めていたアイデアが,今ならできそうであるという手応えを感じているという。「それには形があるのか」という本田氏の問いに対し,久夛良木氏は「もう少し待ってほしい」と答えた。

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 時間の関係上,後半は駆け足気味になってしまっていたものの,“PlayStationの父”の立場から語られる誕生秘話や,今のビジネスマンへのアドバイスなど,聞き応えのある講演だった。久夛良木氏が30年間温めていたというアイデアについても,期待が高まるところだ。
 アーカイブ視聴チケットも販売予定とのことなので,気になる人は詳細をCHANGE to HOPE 2022の公式サイトで確認してほしい。

画像集 No.015のサムネイル画像 / 久夛良木健氏がPlayStationの開発秘話やビジネスマンへのアドバイスなどを語ったセッションをレポート。“未来とは,自らが引き寄せるもの”

CHANGE to HOPE 2022公式サイト

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