― 連載 ―

奥谷海人

ソフトウェア流通のデジタル化が進んでいる。これまで,ゲームショップに出かけて新作をあさっていたゲーマーも,もはやインターネットで情報収集し,オンラインショップで入手することが多くなっただろうが,"ゲームズ・オン・デマンド"によって,ROM媒体さえも駆逐されようとしている。空前の期待作をダウンロードさせる「Steam」からコンシューマ機を使った「Xbox Live! Arcade」まで,時代の波は激しく動いているのだ。


 映画「Mr.インクレディブル」がアメリカで大ヒットとなり,10日間で1億7000万ドルという史上最速の興行記録を打ち立てている。筆者もすでに鑑賞済みで,アメリカ在住という地の利を生かして,DLP(Digital Light Processing)技術を利用した映画館を利用した。
 このDLP技術というのは,Texas Instruments社によって'90年代半ばに開発された映写技術で,デジタル映像をフィルムに変換することなく劇場で公開するためのものだ。最近の90%以上のハリウッド映画では,一度フィルムで撮影したものをコンピュータ内に取り込み,そこで特殊効果を加えたり編集作業を行うという行程を踏んでいるため,完成した映像をさらにフィルムに焼き直してから劇場で公開するよりも,質の良い映像を楽しめる。元々デジタル映画として制作された「Mr.インクレディブル」のようなCG映画であれば,なおさらだろう。
 さらに,ブロードバンドのインフラが整えば,劇場に観に行かなくても家庭用端末機で映画鑑賞できる可能性も持っているし,組織的な複製問題にも対処しやすいために,中国におけるアメリカ資本の劇場の多くが採用し始めている。日本でも,都市部を中心に20館ほどで実験的に公開されているので,DLP技術を使った映画を鑑賞したことのある人も多いことだろう。


2002年3月にGame Developers Conferenceで発表されたSteamは,当初販売会社を中心に厄介者の扱いを受けていた。長いβ期間を通じて不都合も多かったが,始まったばかりのHalf-Life 2の提供ではうまくいっているのだろうか?
 こういう流れは,着実にアメリカのゲーム業界でも起こりつつある。今,「Half-Life 2」の発売で盛り上がっている「Steam」は,その好例といえるだろう。Steamについては,以前(第6回「こちら」)も話したように,海賊行為が横行するアジアでは既存のパッケージ販売では失敗する,という教訓を元に開発されたものだ。Steam版であれリテール・パッケージ版であれ,必ずSteamで認証登録する必要があるというのも,ネットカフェなどで不正に接続されるのを防ぐ目的もある。
 Steamを巡っては,開発元のValve Entertainment社と販売元のVivendi Universal Games社での訴訟問題が取り沙汰されている。これまで,ソフトの流通・販売を担ってきた販売会社には,開発元が直接プレイヤーにアプローチできるSteamのようなアプリケーションを脅威的に見ても仕方ないだろう。おまけにHalf-Life 2のように自前で日本語訳まで行われては,これまで日本市場にゲームを提供してきた代行販売会社にとっても,面白い話ではなさそうだ。


 もっとも,前出のDPLテクノロジのように,消費者に届くまでの行程がデジタル化されるのは,時代の流れと言って間違いない。違法コピーの問題だけでなく,ナップスターや日本におけるWinnyの事例を見れば,一度無料で広まったのを封印するのがどれだけ難しいかが分かるわけで,販売会社こそが率先して流通改革を行う必要がある。
 Valve社の広報担当ダグ・ロンバルディ(Doug Lombardi)氏は,「実はSteamの発表当初は,意外なことに,販売会社よりも小売チェーン店のほうが理解を持っていた」と話す。実際アメリカでは,29%のゲームソフト購入者がインターネットを通じて頻繁にゲームを購入していると言われ,Electronic BoutiqueGamestopのように,リテールよりもオンラインでのソフト販売を拡充しているのが現状だ。彼らも郵送料や手数料を省けるオンデマンド方式は,一つのオプションであると考えているのかもしれない。
 Steamを開発したValve社も,何も"サイバーワールドでの販売大手"として君臨するつもりではないらしい。Half-Life 2の販売が一息ついた時点で,Steamをライセンシングする方針であるようだ。広告などメディア戦略に自信のある開発元はもとより,小売チェーンや販売会社も,Steamエンジン(?)の技術でゲームズ・オン・デマンドが確立できるようになる。現時点で将来的にどう転ぶか分からないものの,Steamは大きな可能性を秘めているのは確かである。


◆◆ゲームズ・オン・デマンドサービス普及の推移◆◆

(C)Parks Associates 2004

 ゲームズ・オン・デマンドの流れは,Steamに始まったことではない。大別すれば,「ストリーム方式」と「ダウンロード方式」の二つが考えられ,前者では「Stream Theory」や「G-cluster」などカジュアルなソフトを中心に楽しめる大手無料ゲームサイトとの提携によって生き延びている企業が目立つ。
 しかし現状では,コアゲーマーも狙える本格的なゲームソフトを揃えるには,Steamのようにダウンロード方式が望ましいようだ。RealPlayerでお馴染みのReal Networks社による「RealOne Arcade」や,独立系の運営会社として古くから「Gamespy Arcade」や「Yahoo! Games」にサービスを提供しているTrymedia社なども,「Splinter Cell」や「Civilization III」などのソフトを揃えて奮闘している。最近では,Exent社という新興企業も参入しており,こちらもYahoo! Gamesや大手CATV会社Comcastなどの顧客を抱えている。
 これらのサービスを見渡せば,ソフトの提供にはAtari,Ubisoft Entertainment,Strategy First,セガなど外資系の一部企業が関わっているに過ぎない。まだ,オンデマンド方式のゲーム流通は,販売会社の理解を十分に得られていないのだ。Trymedia社のデータでは,Civilization IIIで平均1時間ほどのダウンロードタイムが必要とのこと。ブロードバンドとはいえ1.5MBほどの回線速度で停滞しているアメリカでは時期尚早とも思える一方,2万ダウンロードという数字は無視できないだろう。


 コンシューマ市場でも,今後どうなっていくかは注目したいところだ。すでにMicrosoftは,「Xbox Live! Arcade」なるサービスを11月3日より全米で開始しており,「ギャラガ」や「Bejeweled」などのクラシックソフトを9.99〜19.99ドルで販売している。スターターキットには「Ms.パックマン」が収録されているが,さらにほかのソフトをXbox Live!でブラウズし,これをハードディスクにダウンロードしてプレイするというものである。さらにライブラリが充実すれば,コンシューマ機の延命に一役買うことになるかもしれない。


現在のところ「Halo 2」フィーバーの影に隠れているが,「Xbox Live! Arcade」はコンシューマ機を使ったゲームズ・オン・デマンドの将来を占ううえでも重要なサービスである

 流通デジタル化の波を受けて発生したゲームズ・オン・デマンドは,まだ始まったばかり。2002年3月にゲーム業界に起こった"Steamの激震"は,ゲーマーにとっても,ゲームの開発者達にとっても,そしてゲームを流通/販売してきた企業にとっても悪くないソフトランディングへの方向へと進んでいるようだ。販売元が重い腰を上げれば,インターネットを媒介にしたデジタル・ディストリビューションは,すぐにでも当たり前の時代になるのかもしれない。



来週は,ゲーム市場に参入した亡霊の話。一体なんのことだか,お楽しみに


■■奥谷海人(ライター)■■
本誌専属の海外特派員。「Mr.インクレディブル」を愉快に楽しんだという奥谷氏だが,クレジットに秘められた"イースターエッグ"があるかもしれないと最後の最後まで劇場で座っていたらしい。結局,長いクレジットを最後まで見届けて出てきたものは,「この映画はIntelプロセッサでレンダリングされました」という商売臭い文字。気がつくと,訳も分からず待たされていた奥谷氏の子供によって投げられたポップコーンが降り注いでいたらしい……。



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