― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 最近プレイしたゲームで興味深かった要素はなんだろう。アクションの豊富さやユニットのバランスの良さ,それともキャラクターのデザインだろうか? 最新のグラフィックスや物理エンジンの効果だったなんて答える人もいるかもしれない。しかし,「ゲームキャラクターと交わした会話内容だった」なんて答える人は,今回紹介する「Façade」をプレイした人でもない限り,まずいないはずだ。


インタラクティブドラマの新しさ

■ゲーム中での会話テクノロジー


Façadeの登場人物,トリップとグレースは結婚10年でギクシャクしている。プレイヤーは二人の旧友として,なんとか二人の仲を円満にさせようとするのだが,それがなかなか難しかったりする

 オンラインゲームでほかのプレイヤーやGMとチャットしている場合を除き,たいがいの場合,ゲーム中でのNPCとの会話ほど退屈なものはない。プレイヤーキャラクターには,あらかじめ用意された会話例文を選択する余地はあっても,実際にゲームキャラクターとの会話の構築を楽しめるわけではない。
 ゲーム制作者が苦労しながら作っているのは分かっているのだが,それでもゲームキャラクターのセリフは,文字どおりゲームを進行させていくための"スクリプト"でしかないのが現状だ。
 ゲームの会話というのは,ミッションやストーリーの説明という前提があり,フラグの立てられた地点にいくと,プレイヤーの意思に関係なくゲームキャラクターが自動的に決められたセリフを話し始めたりする。選択式になっている場合もあるが,内容は限られており,会話の展開よりもストーリーの展開を楽しんでいるといった趣向のものが多い。同じキャラクターは同じセリフばかりで意外性に乏しく,ゲーム中の道しるべとして利用されていることもある。
 そもそも,あとでクエストログなどの形でフィードバックされることから,流し読みしてしまう人も少なくないだろう。酷い場合には,ゲームプレイをストップさせてしまう元凶として,嫌われたりもするのではないだろうか。

 このジレンマに取り組んできたのが,長い間インディーズ系のゲーム開発者として「Façade」プロジェクトを推進してきた,Michael Mateas(マイケル・マティース)氏と,Andrew Stern(アンドリュー・スターン)氏の両人である。
 Façadeは,もともとジョージア工科大学とのコラボレーションとして進められてきたものだ。すでに2002年には,アメリカで開催されていたSIGGRAPH(世界最大のコンピュータグラフィックス会議)というイベントで発表されていたし,2004年のGDC(Game Developers Conference)でも,Independent Games Festivalに出展されて大きな話題を呼んでいる。

 マティース氏とスターン氏は,その後オレゴン州のポートランド市を拠点にProceduralArts社を設立しており,このFaçadeは7月5日に無料ダウンロードで一般公開された。
 Façadeとは,フランス語系の単語で"ファサード"と読み,建築用語として建物の正面のデザインを意味する言葉から,さまざまなニュアンスに派生している。このソフトの場合も,登場するゲームキャラクターの"建前"という意味で用いられているのだろう。



■インタラクティブなドラマを作るFaçade


@ssholeなどの俗語を使えば,無言で門前払いされることも。ゲームでは会話のほかにキス,ハグ,コンフォート(撫でる)などのスキンシップも可能だが,カップルの一人を奪うなど「The Sims 2」系のプレイはできないようだった

 Façadeの基本的なストーリーラインは,主人公であるプレイヤーと,学生時代の旧友であるトリップとグレースのカップルを中心に進んでいく。この二人を引き合わせたのがプレイヤー自身という設定なのだが,彼らは結婚10年にして趣味の違いのような些細なことでも我慢できなくなっている。そんな折,彼らのアパートに招待されたプレイヤーが,学生時代の思い出などの会話のインタラクションを楽しみながら,二人の関係の修復を図るのだ。
 FaçadeはJAVA系の無料プログラム「Jess Source Code」を利用して制作されており,画面写真を見れば分かるように,視覚的にプレイヤーを魅了するゲームではない。舞台となるのはカップルのアパートの一室だけで,最新の第一人称視点型ゲームと表現するのは気がひけるほど,モデリングやテクスチャリングが簡素で味気ないのだ。
 しかしFaçadeのプログラムは実に1GBものファイル容量で,膨大な音声ファイルや濃密なデータテーブルが詰まっており,トリップとグレースにタイプ入力で言葉を投げかけると,逐一反応を示すのである。

 Façadeは,トリップからの伝言メッセージで始まる。彼はプレイヤーと久々に会えるのを喜んでいるようだが,声のトーンがどことなくナーヴァスな感じ。トリップとグレースのギクシャクとした関係は,玄関のドアをノックするまでに聞こえ漏れる二人の会話からも想像でき,ワイングラスはどこだの,プレイヤーが時間より早く来ただのと話している。プレイヤーがノックすると妙に朗らかに迎えてくれるのはトリップで,グレースはしばらくキッチンにこもったまま。どうやら,二人の不安定な関係を見られたくない様子だ。
 ゲームの会話はすべて英語文のキー入力で行われる。何度か試していると,親からの電話,グレースのデザインセンス,イタリア旅行,トリップのカクテルなど,コンピュータ側がランダムに発生させる会話イベントが複数用意されているようだ。その一つ一つでトリップとグレースはいがみ合うが,円満に解決させるのも,プレイヤー自身が追い出されるのも,すべてプレイヤーが入力する言葉の表現によって変わってくるのである。
 ゲームキャラクターのAIは非常に優秀で,口げんかをいさめたことや,挨拶代わりにパートナーにキスしたことなどをしっかり覚えている。プレイヤーの言動を総体的に理解しようとしているようだ。
 展開が早く,英語圏の人でもついていくのが大変なこともあるようで,タイプしている間に会話の内容が変わってしまい,見当違いな発言にゲームキャラクターが怪訝な表情を見せたりする。とはいえ,彼らが話の辻褄を合わせたり,YesやSureなどの1単語でも状況に応じてさまざまな反応を見せたりするのは驚きで,既存のゲームソフトのような"枝分かれ"や"ハイパーリンク"などによる"用意された会話"とは,まったく違った印象を受けることは間違いない。

 Façadeが厳密に「ゲーム」というカテゴリに収まっているのかは微妙なところで,実際に開発者達も一貫して「インタラクティブドラマ」と呼んでいる。AIエンジンを開発したマティース氏も,「一般的なゲーマーがどのように受け止めてくれるのかは現時点では判断しにくいけど,少なくとも"ゲーム"としては,非常に変わった雰囲気であることを感じてくれるでしょう」と話す。
 確かに,Façadeは非常に小さなチームによってAI機能のリサーチを目的に出発したものであり,ゲームとしてはまだまだ磨きが足りない。しかし,「トリップを退場させる」とか,「少しでも早く追い出される」などのルールを自分に課せば,十分にゲームとして通用するものに変身するから面白い。
 マティース氏らのProceduralArtsは,今後もAI関連のソフト開発に携わっていくとのことだが,例えば"The Elder Scrollsシリーズ"のような自由度の高いシングルプレイRPGで,Façadeが試みているような自由で自然な会話を楽しめるのを想像すれば,妙にワクワクとした気分になってくる。このプロジェクトは,少なからずゲームデザインの未来に貢献するのではないだろうか。



次回は,「あるゲーム開発の舞台裏」と題してお届けします。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。最近どうも家中がTシャツで溢れていると話す奥谷氏。ゲームライターという仕事柄,取材先やイベントでTシャツをもらうことが多いが,もはや奥谷氏のタンスには入りきらなくなってきたらしい。(ぞうきんとして)掃除や洗車にもTシャツを利用しているらしい奥谷氏が,先日タンスの整理を試みたところ,「Wing Commander IV」のロゴが入ったものや,不祥事でポップ界から引退を余儀なくされたミリバニリのコンサート記念まで,ビンテージ品がワサワサ出てきたとか。Tシャツ屋として生きていける?


連載記事一覧