産学官が連携する「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」の中間報告会
本日(8月29日)東京大学本郷キャンパスにて,「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」の記者発表会が行われた。このプロジェクトは,オンラインゲームを学術的な見地から研究/分析するというもので,なかでも,教育という分野での利用研究が積極的に行われているのが大きな特徴だ。 プロジェクトは,ゲーム関係の学術研究では第一人者として知られる東京大学情報学環・学際情報学府 教授の馬場章(ばばあきら)氏が中心となって進めており,政府機関である独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(GREST)の支援を受けて行われている形。端的に説明すれば,これは政府が策定した国家事業のひとつとして扱われるもので,国から予算がおりる見返りに,明確な研究成果はもちろん,定期的な学会やメディアへ向けての報告義務が生じるというもの。研究は5か年単位で行われる,非常に気の長いプロジェクトである。 ちなみに本プロジェクトは,2005年2月に計画の発表自体は行われており,大まかな方針の説明などは4Gamerの「こちら」でも記事にしており,今回の発表会は,プロジェクトの第一回の中間報告ならびに本格的研究の開始をアナウンスするといった内容だ。
発表会は,まず馬場氏の挨拶とプロジェクトの概要説明から行われた。馬場氏は,ゲーム脳やネット中毒といった巷でよく耳にする言説を例に挙げながら,とくに詳しい調査もされないままゲーム/オンラインゲームの負の側面が喧伝されがちな現在の風潮を指摘。「オンインゲームというと,何かにつけてマイナス的側面が注目されがちですが,この研究では,ゲームの正の効用を明らかにすることで,ゲームというもののメリットとデメリットが客観的に捉えられるようにしたい」とコメント。その上で研究のゴールを
・ゲームリテラシーの形成 ・楽しい教育法の開発 ・役に立つ遊び方の開発 ・ビジネスチャンスの創出
と説明した。なかでも“役に立つ遊び方”というのは,いわゆる「教育そのものが目的となっているゲーム」などではなく,あくまでもエンターテインメント……遊びという行動の中で,結果として知識が増えている/教育に繋がっているという方向性を指すという話。筆者などは,まさに「大航海時代」を遊んで世界の地理を憶えたような人間の一人だが,そういった経験的/感覚的に言われているような効能を,本プロジェクトでは明確化していくのだという。 馬場氏は一通りの概要説明を終えたうえで,実際の実証実験の方法について話を進めた。これは端的に説明すると,
・高等学校の学生に歴史MMORPGをプレイさせて,その教育的効果を計る
というもの。より具体的には,香川県の詫間町にある詫間電波工業高等専門学校の協力を得て,同校の1〜2年生の生徒に「大航海時代 Online」や「信長の野望 Online」をプレイさせ,「学習意欲の向上が見られるか」「歴史知識の蓄積/深化が見られるか」を測定していくという内容。効果の測定には,答案/質問紙を使った調査となる。
この実証実験の様子は,授業風景を撮影したムービーと一緒にプレゼンされ,詫間電波工業高等専門学校の教師,内田百合子氏がその意義や理由を解説。内田氏は「生徒が興味を持ってくれない限り,効果的な教育というものは望めません。生徒に関心を持たせられるかどうかは,教育にとって至上命題の一つとなっています」と,教育現場からの率直な意見を披露。続けて「ゲームを利用することで,生徒の興味を喚起していける事実は重要。新しい教育法の開発に繋がるのでは」と説明した。 ちなみに今回の実証実験は「大航海時代 Online」を使った形式で行われており,その具体的な授業内容としては,生徒にゲーム中にNPCとして存在する歴史上の人物を探させ,みんなでスクリーンショットを撮るなどという内容。またオンラインゲームならではということで,4人一組というグループで課題に当たらせた場合と一人で取り組んだ場合の差異なども分析していたのは印象的だ。
一連の発表が行われたあと,メディア関係者を中心にした質疑応答が行われた。良くも悪くも最近何かと話題の多い“オンラインゲームネタ”であるせいか,ゲーム関係以外のメディア関係者が多く見受けられたのが印象的。ゲームの社会的イメージ,立ち位置を高めいく意味おいて,今後の研究成果が期待されるところだろう。
……とはいえ,今回の中間発表を聞く限りでは,さまざまな懸念が浮かび上がってくるのも正直なところ。例えば教育効果の測定と実証いうが,具体的にどう「客観的に実証」していくのだろうか? そもそも何をもって効果と言うのか? 今回の発表では,どうやら生徒への簡単なアンケートの結果をベースに「生徒の関心は高かった。効果があった」と結論付けているようだが,本当にこれで多くの人が納得するのだろうか。それこそ,これではアンチテーゼの対象である「ゲーム脳」などと大差ないレベルではないのか? そもそも,ゲーム自体の教育的効果も満足に実証されていない現状で,オンラインゲーム……とくにMMORPGを無理矢理引っ張ってくるところに大きな無理を感じざるを得ないし,取って付けたような課題のあり方(今回は,ゲームの中で歴史上の人物を探すなど)は,どう控えめに見てもまともなアプローチであるとは思えない。話題性の面からオンラインゲームを,という判断があるのかもしれないが,これならまだ普通に「大航海時代IV」あたりをプレイさせたほうが,人物,地名,特産品を憶えるという意味では有効だろう。
例えば,筆者自身がゲームの教育的効果に関してどう考えているかと問われれば,それが効率的かどうか(学習するはするとして,例えばそれが100時間プレイした成果として見た場合どうなのか)を抜きにすれば,まぁ間違いなくあるだろうと考えているし,詫間電波工業高等専門学校の内田百合子氏の言う「まず生徒に興味を持ってもらうことが大事」という意見には非常に賛同できるものがある。先ほど述べた筆者の「大航海時代で地理を憶えた」という例に限らず,それこそコーエーの歴史ゲームがキッカケになって歴史に興味を持ち始めたというプレイヤーは少なくないのではないだろうか。
しかしだからこそ,今回の発表に違和感を感じずにはいられない。ゲームの教育効果を「あり」とする裏付け部分が,あまりにも曖昧だと感じてしまうからだ。まだ研究の途中経過であり,これが結論ではないとはいえ,今回の発表内容には少し心配になる。 しかしながら,政府や教育機関がゲームに対して好意的な目を向けてきているのも事実。日頃ゲームに慣れ親しんでいる一プレイヤーとしては,ぜひ応援したいところである。 確かにゲーム脳などというのは根拠もない言説に過ぎないが,逆に巷で言われるゲームに対するポジティブな言説(例えば,コーエーのゲームには教育的効果がある言説)も,今はまだ経験則的に語られるだけのものにすぎない。であれば,今回の研究の意義というのは,そういったゲームに対するポジティブな言説を「誰もが納得できる形」で実証してみせるところにあるのではないだろうか。
具体的にどう「納得できる形」とするかは分らない。しかしながら,コーエーや詫間電波工業高等専門学校の全面協力に加えて政府のバックアップと,課題をクリアしていけるだけの環境は整っているプロジェクトではあるだろう。今後の活動に注目したい。(TAITAI)
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