[GDC07#09]ウォーレン・スペクター氏,ゲームにおけるストーリーテリングを語る
GDC3日めとなる3月7日(現地時間),Warren Spector(ウォーレン・スペクター)氏が,「The Future of Storytelling in Next-Generation Game Development」(次世代ゲーム開発におけるストーリーテリングの将来)と題した講演を行った。
ゲーム業界の大御所の一人であるスペクター氏は,1989年にOrigine Systems(現 Electronic Arts)に入社後,「Ultima Underworld: The Stygian Abyss」(1992年)「Ultima Underworld II: Labyrinth of Worlds」(1993年)といったタイトルのデザイナーとして活躍した。Looking Glass Studiosに移籍してからは「System Shock」(1994年),「Thief: The Dark Project」(1998年)の制作に携わった。 また,id Softwareを退社したJohn Romero(ジョン・ロメロ)氏が設立したIon Stormにスカウトされてからは,名作「Deus Ex」(2000年,邦題 デウスエクス 日本語版)をプロデュースするなど,そうそうたる経歴の持ち主だ。 だが,「Deus Ex: Invisible War」(2003年)と「Thief: Deadly Shadows」(2004年)という二つの続編タイトルが,期待されて登場したものの商業的に成功せず(ゲームとしての評価は悪くなかった),また,当時の親会社だったEidos InteractiveがIon StormのAustin支部を閉鎖することなどもあって,Ion Stormを退社した。 スペクター氏は,現在自らが2005年に立ち上げたデベロッパ,Junction Point Studiosを率い,MMOゲームを開発中と伝えられている。ただ,現在のところ同社から発売されたタイトルはない。
スペクター氏がGDCで“ゲームの物語”について語るのは,GDC 2004以来3年ぶりのことになる(関連記事)。デジタルゲーム業界に参加する以前,Steve Jackson Gamesに在籍していた頃から,常に“ゲームの物語”を重視してきたスペクター氏にとって,この3年のうちに起きた変化の数々はどう映ったのだろうか。
スペクター氏は,まず2004年に自らが語った講演を要約して振り返るところから話を始めた。彼が当時の講演で訴えたのは,“より多くのスクリプト”“よりリアルなキャラクター”“会話シミュレーション”“短くそして深いゲーム”だった。ただ,スクリプトの多用に関しては,スライド上で一言「Argh!」(ああーっ!)と添えられており,それが誤りだったことを自ら認めている。AIの進歩は想像以上で,2007年現在において,スクリプトの多用はかえってプレイヤーの没入感を削いでしまうとのことだ。その後,スペクター氏はほかの3項目について話を進めた。
“よりリアルなキャラクター”については,この3年のうち,とくに「グラフィックス」「キャラクター相互の関係」については大きな進歩があったという。「もし,最近のキャラクターグラフィックスにあまり変化がないという人は,ウルティマをプレイしたことがないんです」とスペクター氏は語っている。 氏がキャラクターにこだわるのは,キャラクターを介してしかストーリーをプレイヤーに伝えられないからだ。グラフィックスの進歩の例として挙げられたのは,「ファイナルファンタジーXI」「Half-Life 2」(邦題 ハーフライフ 2 日本語版)「Mass Effect」そして,「Indigo Prophecy」(邦題 ファーレンハイト 日本語版)の4タイトル。Mass Effectは未発売なので氏はまだプレイしていないが,残る3本のグラフィックスには目覚ましい進歩が感じられたという。
Source Engineの高度なキャラクター表現力は分かりやすいが,Indigo Prophecyについて,「まだプレイしていないなら,ぜひ遊んでみるべきだ」とスペクター氏は語っており,かなり高く評価していた。氏は,Indigo Prophecyはまた“会話シミュレーション”にも進歩を見せたと述べた。短い時間のうちに,必要な言葉を選んで話を進めるというやり方をゲームに採用しているのは,会話に圧迫感とインタラクティビティを与えるうまいやり方だと語っている。そのほか,ハイレベルなキャラクター間の相互作用が見られる,Ubisoftが開発中の「Assassin's Creed」における,人混みをかき分けて進むシーン,Electronic Artsの「Medal of Honor: Airborne」が採用した表情キャプチャ技術にも見るべきものがあると,いくつか例を挙げた。
なお,グラフィックス機能に優れるといわれる次世代家庭用ゲーム機については,「ストリーテリングのソリューションにはならない」とスペクター氏はばっさり切り捨てた。なんで家庭用ゲーム機の話が出てくるのかと思ったら,これについて氏は,「主催者が次世代家庭用ゲーム機について話をしてくれというので,こういう話題になっただけです」と述べ,会場の笑いを誘っていた。
スペクター氏の総合評価は意外に厳しく,キャラクターグラフィックス技術は現段階で“B+”。会話システムなどを含めたキャラクター相互の関係は,理想とする状況とはほど遠く“C+”とのことだ。
スペクター氏いわく,「会話システムなどに大きな変化がないまま,よりリアルなグラフィックスを使うことは,かえってプレイヤーの意識がストーリーから剥離されてしまう」とのこと。ついさっきまで,高度なグラフィックスが必要だと主張していたのに,どういうことなのか分かりにくいが,実物さながらのリアルなキャラクターが「ミンナニハナイショダヨ」なんてかたことでしゃべられたら一気に興ざめするようなもので,リアルなグラフィックスには,それ相応に洗練された会話が必要というような意味なのかもしれない。 実のところ,スペクター氏の講演はずっとこの調子で,持ち上げたかと思うと次の瞬間には否定してしまい,いささか掴みどころがないものだった。まあ,このへんも大御所の大御所たる所以なのかもしれないが。
なお,スペクター氏の考えるキャラクターグラフィックスの理想とは,必ずしもHalf-Life 2のアリックスのように,リアルさにあるのではなく,「記号化」も一つの可能性だと考えているようだ。 彼が一例として挙げたのは,ミッキーマウスと,Midway Gamesが開発中のアクションゲーム「Stranglehold」に登場する,チョウ・ユンファをモデルにした“テキーラ刑事”。二つを並べてみると,感情表現の分かりやすさという点では,無数のポリゴンを使ったテキーラ刑事よりミッキーマウスのほうがはるかに上であり,この点をさらに追求していけば,キャラクターのアイコン化さえできるのではないかと考えている。
そうした記号化とストーリーの高度さを兼ね備えたタイトルとしてスペクター氏が理想的だと考えるのが,やはりというかなんというか,Will Wright(ウィル・ライト)氏の「Spore」だ。氏は「プレイヤーがエディタで作成したキャラクターが,豊かな感情や動きを表現するというゲーム性は驚くべきものであり,しかもそこにまったく会話が必要ない点も驚異である」と語った。 そう,会話システム(と,それによるキャラクターの相互関係のレベルアップ)の目指す目的として“会話をしない”という方向性もあり得るというわけである。ゲームの舞台となるのは“世界”であり,従来の“映画のセットのようなもの”とは一線を画している。
「我々は現在,岐路(Junction Point)に立っています」とスペクター氏は主張する。従来の方向をさらに推し進める方向性もあり,その先が行き止まっているわけではない。しかし,ほかの道もあるいはあるのかもしれないし,彼自身はそちらを模索したいと思っていると,最後に付け加えて講演を締めくくった。
現在,Source Engineを使ったMMOゲームを開発中とされるスペクター氏だが,彼自身の新作についての情報はなく,また,全体に講演の時間が足りなかったようで,肝心のストーリーテリングの本質に迫ってもらえなかったのはやや残念だった。3年間のうちに話したいこともどんどん増えたようで,用意したスライドの半分も見せられなかったとのこと。「次にこういう話をするのは,おそらく2010年になるでしょう」という言葉で会場の笑いを軽く取って,長いキャリアと豊富な経験を持つベテランクリエイターは演壇をあとにしたのだ。(松本隆一)
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