「すべてのGDC参加者を怒らせる」と,過激な内容であることをあらかじめ冒頭で断ったラフ・コスター氏。さまざまな情報源に基づいたコスター氏の講演には,説得力があった
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GDCにおける近年の名物スピーカーといえば,自分のソフトと関連付けた面白おかしいスライドを見せてくれるWill Wright(ウィル・ライト)氏や,ゲーム以外のジャンルで定説となっている理論をゲーム業界に適用しつつ,高度な話術をもって解説するRaph Koster(ラフ・コスター)氏などの名前が挙げられるだろう。 彼らの講演は,いったいどれくらいの時間を費やして,リサーチやスライド制作を行ったのかを聞いてみたくなるほど周到に用意されており,その面白さでは群を抜いているといっても過言ではない。
そのほか,Eric Zimmerman(エリック・ジマーマン)氏やWarren Spector(ウォーレン・スペクター)氏,Peter Molyneux (ピーター・モリニュー)氏,そしてJonathan Blow (ジョナサン・ブロウ)氏なども,講演を聞き逃すわけにいかないスピーカーだ。 ただし,残念ながら今回のGDCでは,ライト氏が会場に姿を現さなかったため,その分コスター氏による講演の価値が高まっているといっていい。
同氏が今回のGDCで行った唯一の講演「Where Game Meets the Web」(ゲームがウェブと出会うところ)は,ゲーム開発の肥大化が,ゲームがウェブカルチャーのように柔軟に進化することを妨げているという,なかなか興味深い内容だった。
■ゲーム業界の脆弱さ
コスター氏の講演は,まずSony Online Entertainmentに入社した頃の回想から始まった。「Ultima Online」のデザイナーを経て,「EverQuest II」や,「Star Wars Galaxies」のエクゼクティブ・プロデューサーという立場に駆け上がっていったコスター氏だが,映画界でいうところの「ブロックバスター・ロジック」には辟易したという。 これは,コンテンツ制作にかけた金に見合うだけの利益は十分に上げられるだろうという,やや安直なマーケティング理論(?)である。
EverQuest IIの制作費は約45億円ともいわれており,おそらくStar Wars Galaxiesも(ライセンス料だけでも)相当な額が費やされたことだろう。コスター氏は講演の中で,Sony側の予想はあまりに楽観的過ぎであったと指摘した。
映画では,映画館での興行収入のほか,DVD(レンタル会社への販売を含む)や各種グッズ,海外での配給権,テレビ放映権の販売による,副次的な収入が見込める。 しかしゲームには,ゲームそのもの以外から収入を得る仕組みがほとんどなく,あったとしてもその規模は小さい。いかに「ゲーム業界の資金規模が映画業界を超えた」と叫んでみたところで,制作費を回収する仕組みや規模は,映画にはまだまだ及ばないのだ。
次にコスター氏は,ゲーム業界の現状をより深く掘り下げて見せた。PCゲームの分野では,収益全体の50%ほどがオンラインゲームからともいわれているが,「World of Warcraft」の成功を引き合いに出しながら,「MMORPGは衰退期に向かいつつある」とした。 このあたりのコスター氏の意見については,以前4Gamerに掲載した「ラフ・コスター氏の語るMMORPGと恐竜の関係」に詳しいので,そちらも参照してほしい。
簡単にいえば,WoWが成功を収めた後,資金的な失敗を恐れて冒険を避ける風潮が,オンラインゲーム業界全体に広まり,MMOゲームのカジュアル化が進んでいったという考え方だ。
■Web 2.0から学べるものは?
そこで,コスター氏が最近注目しているのが,いわゆる「Web 2.0」の流れである。現在,アメリカだけで5000万人以上が,ブログや,家族などのデジタル写真のアップロードといった,ウェブコンテンツ制作の経験を持っているというデータがある。 この数字には,例えばAmazon.comのブックレビューなどは含まれておらず,そのようなコンテンツも含めると,1秒間に膨大な数のコンテンツが生み出され続けているわけだ。 コスター氏は,ゲームを含む多くの既存メディアを提供する会社が,このような“情報変革の波”に乗れていないと述べている。
Web 2.0については,もはや使い古されたキーワードというイメージを持っている人もいるだろうが,実際には,まさに現在進行形で刻々と進化を遂げている。 Web 2.0については,今回の講演でコスター氏が紹介していた,「Web 2.0 - The Machine is Us/ing Us」というムービーに詳しい。これは,カンザス州立大学教授が1か月ほど前に発表し,話題となったものだ。興味のある人は,動画サイト「YouTube」などで検索して見てみよう。
この後も,「Web 2.0とは何か」についての解説が続き,やがて,アメリカで有名なメディア学者Tim O’Reilly(ティム・オライリー)氏のウェブサイトに掲載された,Web 2.0に対する簡潔なまとめに行き着く。オライリー氏がいうところのWeb 2.0とは,以下の12か条である。
−タグであって,分類にあらず(Tag, not Taxonomy) −参加であって,交付にあらず(Participation, not Publishing) −進歩的な信用(Radical Trust) −3つのR(Rating, Ranking, Reputation) −地域分散化(Decentralization) −ロング・テール(The Long Tail) −データにあって,コードにあらず(Data, not Code) −永続的なデータである(Perpetual Data) −リミックスと混合(Remix and Mashup) −突然的な発生(Emergence) −サービスであって,プロダクトにあらず(Service, not Product) −知識の集合(Collective Intelligence)
コスター氏は,この12項目をほぼ1枚ずつのスライドで足早に説明していったが,このあたりに関心のある人は,実際にオライリー氏のウェブサイトで確認するといいだろう。 これらの項目が,現在主流となっているオンラインゲームビジネスとマッチするかどうか,ぜひ皆さんにも考えてみてほしい。
■ゲーム業界が目指すべき方向は?
ゲーム業界は,世の中の流れにまったくついていけておらず,それが業界の基盤の脆弱さにつながっているというのが,コスター氏の考え方だ。
コスター氏が指摘するように,アメリカの音楽業界はデジタル配信や個人配信の波に飲まれており,売り上げ1位を記録した,バンド「Train」のデビューアルバムでさえ,第1週で6万9000枚しか売れなかった。 そしてゲーム業界では,「Runescape」や「Club Penguin」といった,無料で楽しめるオンラインゲームが次々にリリースされ,影のミリオンセラーとなり,ゲーム業界の次のターゲットになるはずの女性達が,オンラインポーカーに熱中している。 これらの出来事は,既存の業界の仕組みにあぐらをかいていてはいけないとの警告なのかもしれない。
このような急激な変化に対応するには,ゲームというコンテンツそのもののあり方に変化が必要だと,コスター氏は指摘する。「良いものでも悪いものでも構わない。とにかく大量にゲームを生み出せば,良いものだけが生き残っていく」と彼は言う。 Web 2.0的なビジネスのように次々にコンテンツが量産されれば,消費者がふるいにかけて選別していくということだろうか。
「小さなデータほど,大多数の人間にとっては使いやすい」ともコスター氏は話す。ウェブ時代のゲームとは,膨大な制作費や長い開発期間を要する“トリプルA”タイトルではなく,開発側にとってのコストパフォーマンスの高いタイトルなのだという。
またコスター氏はコンシューマ機についても言及し,「このままシステムを“クローズドな”ものにし続けるか,完全にオープンなものにするかのいずれかしか,道は残されていない」と話している。
ウェブ上の無料コンテンツが日進月歩で進化し続けている今,ゲーム業界は“昔ながらのコンテンツビジネス”を標榜していてよいのだろうか。コスター氏は,目指すべき方向を考え直すべき時期にさしかかっていると述べ,講演を締めくくった。(ライター:奥谷海人)
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