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4Gamer.net presents「ゲームとプロレス」,どんなイベントだったのかをレポートしてみる
2007/04/09 23:25
 2006年12月,突如4Gamerに掲載された,DDT所属プロレスラーである男色ディーノ選手へのインタビュー記事。どう考えても担当編集者の趣味をそのまま記事にしたとしか思えない企画だったが,インタビュー自体は非常にまじめな内容で,プロレスラーが真剣にゲームについて(しかもオネエ言葉で)語るという,ある意味よく分からない斬新な記事となった。

 ともあれ,この記事がとてつもない熱を持っていたのは確かなようで,そのラティーノ・ヒートもビックリなノリは各方面に波及。そして勢い余って4Gamer主催で,それをイベントにしてリアルタイムで見せてしまおうということになったのである。かくして,4月6日の金曜日の7:30PMより,新宿ロフトプラスワンにて「4Gamer.net presents『ゲームとプロレス』」が開催されることに。
 具体的な内容は事前にほとんど提示されず,「迷わず行けよ,行けばわかるさ」的なテイストが全開だった本イベントは,一体どのようなものだったのか。豪華ゲストも登場した,そのイベントの模様をざっくりとお伝えしよう。

 まずは司会のセラチェン春山さんDJ急行さんの二人と,このイベントの企画立案者である,4Gamer編集部のTeTが登場。「プロレス」と「ゲーム」,ついでに「プロレスゲーム」あたりのことを,のんべんだらりと語る男の子向けのイベントであることを説明した(といっても「ゲームとプロレス」というベタなタイトル自体がイベントのすべてを物語っているのだが)。続いて,DDT主宰かつ同団体所属プロレスラーであるマッスル坂井選手,そして同じくDDT所属のプロレスラー,男色ディーノ選手が登場した。

 男色ディーノ選手といえば,布袋寅泰さんの「スリル」を入場テーマ曲にしていて,音楽に乗って男性客を襲いまくってディープキス&女性客にはグーパンチをするというような入場シーンでおなじみだが,今回のイベントではペコペコとおじぎをし,周囲に気を遣いながら登場。筆者の隣にいた観客などは,逃げ出す用意をしていたにもかかわらず肩すかしを食らったため,「え〜っ!」と露骨に残念そうな声を上げていた。っていうか,襲われたかったのだろうか。ヘンなイベントだ。

 ちなみに本イベントでは,出演者の名前をファイプロネーム(ファイアープロレスリングシリーズに登場した,実在“しない”レスラーの名前)で呼び合おうということに急遽決定し,マッスル坂井選手は「マッシブ板井」,男色ディーノ選手は「二丁目ビーノ」と自己紹介していた。なんかヘンなイベントだ。
(左)DDT主宰かつ同団体所属プロレスラーのマッスル坂井選手
(右)DDT所属のプロレスラーの男色ディーノ選手


 さて話が少々脱線してしまったが,イベントは二部構成になっていて,第一部はプロレスゲームの歴史についてひもとくという内容。プロレスゲームが登場したとされる1983年から2000年まで,時系列にプロレスゲームを紹介しつつ,幻の名作「アッポー」の馬場(っぽい)キャラの線の細さに驚いたり,「前田日明のアストラルバウト」シリーズの裏話で盛り上がったりしていた。
 ちなみに,年号だけじゃ分かりづらいと言うことで,なぜか同時期の「週刊少年ジャンプ」のヒット漫画を対比として紹介していた。それで分かるのかというツッコミを入れたい気持ちでいっぱいだったが,実際に聞いていると妙に納得。週刊少年ジャンプの話が出ると,その都度,観客からも納得の声が上がっていた。やっぱりヘンなイベントだ。

 第一部の詳細は,会場に足を運んだイベント参加者のみのお楽しみということで割愛するが,業界裏話あり,アングラネタありで大いに盛り上がっていた。キーワードを挙げるとしたら,「ブロッケンJrの取り合いでケンカになったよね」(ファミコン版「キン肉マン マッスルタッグマッチ」)とか,「『キューティー鈴木のリングサイドエンジェル』(メガドライブ版)のパッケージって,ビデオの安売り王に売ってそうだよね」とかいったところか。そんなこんなで第一部は終了。ここで一旦休憩が入る。

(写真の一番左)ハドソンで「最強 高田延彦」の宣伝に携わっていたフジシンさん(仮名)
 続いての第二部は,業界で伝説のゲストが登場してプロレスゲームについて語る,というものだった。まず登場したのは,スーパーファミコンで発売された「最強 高田延彦」の宣伝に携わっていたフジシンさん(仮名)。“最強”という言葉をタイトルにつけてしまったがために生まれた悲劇や,某大手メーカーからの苦情など,とてもここでは書けない話などが山崎一夫のマシンガンキックよろしく,テンポよくズダダダダダと連射されていった。
 ……さすが「最強 高田延彦」,あのソフトはいろんな意味で最強だった。

※ゲームの発売前に,UWFインターナショナルの高田延彦選手(当時)が,新日本プロレスの武藤敬司選手(当時)と対戦し,敗れてしまったために起きた悲劇。「最強」って付いてるのに……

グラスホッパー・マニファクチュアの代表取締役 須田剛一氏(写真右から2番め)と,須田氏と同時期にヒューマンに在籍していたB氏(写真左から2番め)
 そしてフジシンさんと入れ替わりで,二人め……というか二組めのゲストが登場。ヒューマン出身で,現在はコンシューマゲームのデベロッパ,グラスホッパー・マニファクチュアの代表取締役である須田剛一氏と,須田氏と同時期にヒューマンに在籍していたB氏(匿名)がステージへ上がった。
 ここでのテーマは,須田氏の名前を知っている人ならいわずもがな,コアで熱いファンの多いファイアープロレスリング(以下,ファイプロ)シリーズについてのトークが展開された。しかも途中からは,なぜか観客として来場していたファイプロ制作に関係するC氏(匿名)も急遽ステージに。闘魂三銃士ならぬファイプロ三銃士ばりの面子のすごさに,ステージ上は新日本プロレス全盛期のような豪華さとなった。

 「スーパーファイアープロレスリングスペシャル」のストーリーモードで主人公はなぜ最後に自殺するのか,どうしてあんなに冴羽 明が強いのか,「ファイプロ」の次回作は出るのか出ないのかなど,こちらの話題も故リック・ルードの胸毛ぐらい濃いものに。ちなみにこのとき,大のゲームファンで熱烈なファイプロファンでもある男色ディーノ選手は,トークそっちのけで黙々とファイプロを遊んでいた(しかもめちゃくちゃうまい)。いつものリング上で見せるサービス精神はどこへやら。人気レスラーも「ファイプロ」の前ではゲーマーに戻ってしまうらしい(とはいうものの,要所要所でトークに参加するなど,しっかりと話を聞いているあたりがすごい)。

豪華ゲスト達のトークで会場は興奮のるつぼに。ちなみに,右側の写真はディーノ選手がファイプロをプレイしている最中のもの。クリックすると拡大できるので,お好きな人はどうぞ


 そんなこんなで,熱くて濃くて爆笑なトークがくり広げられた今回のイベント。「4Gamerでプロレスのイベントをやる」ということについて,編集部内外から心配されていたりしたのだが,フタを開けてみれば,ほぼ満席となるほどの大盛況となった。ただ,イベントのトリを飾るはずだった「人生プロレス」については,時間の都合で語る時間はほとんど取れずじまい。観客の皆さんは笑って許してくれたが,TeTはイベント後かなりへこんでいた。
 あの盛況っぷりとトーク内容の面白さを考えると,一度で終わらせるのは非常にもったいないというのが,筆者の正直な感想。出演者の大半と観客,そして会場の新宿ロフトプラスワンのスタッフすらも「ぜひ第2回を!」と声を上げたが,はてさてそれは実現するのやら。
 PRIDEのドリームカード“桜庭対田村”……は実現しちゃいそうなので,プロレス界に残った最後のドリームカード“三沢対武藤”のシングルマッチと,同イベントの第2回――。どちらが早く実現するか,密かに注目していきたいところだ。(ライター:midi)


人生プロレス〜プロレス者達の挽歌〜
■開発元:N/A
■発売元:プロフォースシステム
■発売日:1996/07/13
■価格:8800円(税別)

【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/news/history/2007.04/20070409232534detail.html