― 連載 ―

奥谷海人

アメリカ時間で11月2日に行われた大統領選挙の速報には,本国のみならず日本を含めた全世界の人が注目したことだろう。結果は現職のブッシュ大統領がアメリカ選挙民の支持を得て,ケリー上院議員は2年に及ぶ活動に終止符を打った。さて今回は,お堅いイメージのある政治活動も,ゲームを媒介するケースだって多々あるというお話しだ。

 前回以上の接戦になると予想されていたアメリカの大統領選は,フロリダやアイダホなどの激戦地を制したジョージ・W・ブッシュ大統領が勝利した。
 日本の投票制度と異なり,国民が直接投票するアメリカでは,選挙人と呼ばれる各州代表者を選ぶ有権者投票(electral vote)と,選挙民が支持する候補者に投票する一般投票(popular vote)の両方で支持を得たほうが正式な大統領となる。今回は,ブッシュ大統領が一般投票に加えて有権者投票で最低ラインを上回る274票を獲得し,文句なしの再選が決まったわけだ。これまでの2年に及ぶ選挙活動は,イラク問題から同性愛結婚,さらにはお互いの経歴や過去に絡んでの中傷合戦など,さまざまなカードを切り出しての激戦。そういえば,各州を飛びまわってキャンペーンする様子は,どこかゲーム的な要素を含んでいると言えるかもしれない。


 政治的な要素を加えたゲームの先駆けは,「ポリティカルゲームの父」とも言われるクリス・クロフォード(Chris Crawford)氏が,1979年にAtari 800用に開発した「Energy Czar」や「Scram」など,核エネルギー問題を題材にしたゲームソフトだろう。クロフォード氏は,さらに1984年に「Balance of Power」というソフトをApple用に開発しており,これは彼が物理学や燃料問題に関して大学機関で教鞭を執っていた経験が基礎になっていると考えられる。
 クロフォード氏自身は,遊びながら教育にもなるソフトを作成していたと述懐したこともあるが,ゲームとして世界制覇するうえで,必ず核発射のボタンを押す決断を迫られる瞬間が来るという,何か物悲しい印象の残る作品であった。


◆伝説的ゲームデザイナー,クリス・クロフォード氏の軌跡◆

1979年Atari社入社。同年に発売されたAtari 800用の「Tanktics」が処女作
1981年「Scram」「Energy Czar」などを立て続けにリリース
1981年「Eastern Front (1941)」のリリースに合わせ,ソースコードの販売実験
1982年「The Art of Computer Game Design」を執筆
1983年経済学者で現ハーバード大学総長ローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)氏の協力を得て「Excalibur」を制作
1984年「アタリ・ショック」により解雇。同年,「Balance of Power」をMacintosh用に開発
1986年Balance of Powerの開発で使用した政治や経済シミュレーションなどの解析を詳しく記した,同名の本を執筆。DOS版もリリース
1987年「Trust & Batrayal」をリリース
1989年「Balance of Power:The 1990 Edition」をリリース
1990年この年よりNASAのLeonid MACプロジェクトに参加
1991年「Patton Strikes Back」で現役引退
1997年シナリオを流動的に作り上げるプログラム「Erasmatazz」を開発
2002年「The Art of Computer Game Design」を執筆
2003年「Chirs Crawford on Game Design」を執筆

 広義に解釈すれば,「SuperPower 2」に見られる「Risk」のようなボードゲーム型の世界戦略ゲームはもちろん,第二次世界大戦などを扱ったFPSも,政治的な要素が含まれているといえるだろう。コンシューマ用ソフトの「Medal of Honor:Rising Sun」では,ゲーム序盤の真珠湾で日本空軍に奇襲され,撤収していくゼロ戦に向かってアメリカ魂を説くようなシーンがあるが,ゲームのキャラクターの立場を明確にするうえでも,戦争モノのソフトには避けられない要素なのかもしれない。
 まだ実際にゲームをプレイしていないので仮説に過ぎないものの,「Half-Life 2」のストーリーラインは,冷戦期の解放運動をオマージュしているようだ。このような手法は映画や舞台演劇では盛んに用いられるもので,誰でも知っているような地政学的な情報を盛り込むことで,受け手が納得できるシナリオや世界観を描き出す。核汚染を暗に意味した「ゴジラ」や,現代社会での情報の氾濫を下地にした「マトリックス」などは,その好例だろう。

パレスチナ自治区で開発された「Under Ash」。イスラエルの戦車の列にパチンコ一つで挑むのは,前作と同様のようだ。公式サイトでは,かなり情緒的に作られたムービーや続編「Under Siege」のβ版がダウンロードできる

 政治思想をあからさまにゲーム化したものもある。パレスチナを本拠とするAfkar Media社は,最近「Under Ash」というFPSゲームをリリースした。これは,パレスチナにおけるイスラエル軍と戦う若者を主人公にしたもので,パチンコ投石から始まって,徐々に解放組織の英雄となっていく。
 元々,1998年に発売された「Jane's Islraeli Air Force」のようなイスラエル軍を賛美しているとも受け取れる欧米のゲームに対し,パレスチナのゲーマー達にも誇れるようなソフトを開発する目的があったらしい。ゲーム開発の技術力が高いとはいえないものの,アラブ世界では大きな人気となったらしく,続編の「Under Siege」も開発中だ。


 ほかにも,レバノンでは2000年に南部一帯からイスラエル軍を撤退させた功績をゲーム化した「Special Force」という作品がリリースされており,「Counter-Strike」などと共に,地元のインターネットカフェでも広く遊ばれているという。こちらのほうは,なんとアルカイダとの関係も指摘される"ヘスボラ"という組織が制作したものであり,政治色の濃さでは群を抜いている。


 「SimCopter」(シムコプター)の発売時には,ビキニ姿のムキムキ男の画像を特定のコマンドで表示できるイースターエッグを,会社に無許可で潜ませたことが発覚し,責任を追及されたプログラマーが解雇されるという事件もあった。
 このプログラマーは,自らが同性愛の運動家であることを解雇後に認める発言をしていた。このような例を見てみると,ゲームは制作側の思想を宣伝するプロパガンダとしても利用できることが分かる。ゲームは万人を対象とするエンターテイメントであるため,作る側と遊ぶ側の双方が注意する必要もあるのだろう。


 もっとも,ゲームは楽しけれりゃそれでいい。政治だって,楽しくゲームにしてしまうことだって可能なはずだ。UBI Software社によってバリューソフトとして発売されている「The Political Machine」は,そんなゲームの一つ。ブッシュ,ケリーの両候補者が実名でゲームに登場し,プレイヤーはどちらかの陣営の参謀となって選挙当日までのキャンペーンを戦い抜いていくというものだ。
 おそらく選挙後には,遊ぶ価値が著しく落ちてしまうだろうけど,クロフォード氏の言葉を借りれば,遊びながら政治の駆け引きも学べる面白いソフトだ。


UBI Software社から北米向けに発売されている「The Political Machine」では,政治運動を企画してより多くの支持を得る。テレビ広告は非常に出費がかさむが,あまり早く打ちすぎると本番前に効果が薄れるなど,選挙の仕組みも学べる教育ソフトの側面も持つ



次回はちょっと趣向を変えて,マウスからモニターまで,さまざまなハードウェアの紹介をしよう



■■奥谷海人(ライター)■■
本誌専属の海外特派員。奥谷氏は,永住許可資格しかないためアメリカの選挙には参加できないが,まるでお祭りのような騒ぎには毎回妙に感心してしまうそうだ。選挙事務所に銃弾を撃ち込んだり,歩道で選挙運動している人を轢き殺そうとしたり,意見の合わない彼女をナイフで脅したりというニュースが日々流れるため,奥谷氏は最新のホラータイプのゲーム以上に,ある種の"恐ろしさ"を感じているという。



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