― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 「Food Force」は,なんと国連がスポンサーとなって開発された無料ゲームで,リリースから6週間で100万ダウンロードされているという,隠れた大ヒット作である。国連が資金提供したというのは,アメリカ陸軍による「America's Army」以上の驚きだが,子供が対象の内容ながら,多くの人が気軽に楽しんで学べる"シリアスゲーム"としても注目されているのだ。



■「Food Force」は人道的支援がテーマの無料ゲーム


Food Forceの公式サイト(「こちら」)では,220MBのソフトを無料でダウンロードでき,配布やCD-ROMへのコピーも許されている。ハイスコアのランキングも用意されていて,6月7日時点の国別では1位が中国,3位には日本が付けており,Springbok氏ら数人の日本人が上位に名を連ねている
 Access Acceptedでは,「第20回:マジックキングダムがやってくる」「第27回:軍事ソフトの恩恵とは?」で,企業のイメージ戦略や軍事訓練に使われているソフトを紹介してきた。これらの事例は,ゲームというエンターテイメントの多様化に貢献するだけでなく,ゲーム開発会社の新しい資金源としても注目されている。
 手前ミソではあるが,E3 2005で筆者が取材/記事執筆した「Mojo Master」というデートゲーム(記事は「こちら」)も,男性用化粧品メーカーの資本で制作されているものである。

 今回は,さらにグローバルになったケースを紹介しよう。その名を「Food Force」という,国際連合(国連)の世界食糧計画(WFP)が提供するゲームソフトで,公式サイトではWindows版とMacintosh版が無料配布されている,人道的支援が目的のシミュレーションゲームである。
 Food Forceのゲーム内容は,インド洋に浮かぶシェイランという仮想の島で多くの難民に食料を供給するというもの。4月中旬にリリースされて以降,6月1日までに100万回のダウンロードを記録した,陰の世界的ヒット作である。
 では,一体どのようなゲームなのだろうか?

 Food Forceは,Macromediaの「Director」を使って,イタリアをベースにするDeepEndとイギリスのPlayThreeのが共同で開発した。
 六つのミッションで構成されており,どれもがWFPの活動内容をゲーム化したものになっている。例えば,ヘリコプターを操りマップ内の難民の数を把握する"Air Surveillance",米,植物油,大豆,砂糖,塩という最低限の食物を,一人あたり1日30セントという制限内で調節するパズル"Energy Pacs",そして10年という期間内で教育や訓練などに資金を投下し,村の基盤を作っていく"Future Farming"などが用意され,どれも楽しくプレイできる。
 栄養食を配合したり,地元の反乱軍兵と交渉するミニゲームをこなしていくうちに,プレイヤーは,全世界で毎日800万もの人々が飢餓に苦しんでいるという事実を学ぶこととなるのだ。

 8〜13歳がターゲットになっているためか,Food Forceの操作は実に簡単で,どのミッションもマウスだけで進められる。
 その本来の目的は,グラフィックスやゲームプレイの面白さを追求することではなく,WFPの活動や人道支援の重要性を広く知らしめることにある。しかしその一方で,時間制限のあるミッションがあるかと思えば,パズル形式のミニゲームも存在していて,ゲーマー心をくすぐるには十分のデキ。スコアは公式サイトに登録できるので,自分のハンドル名をランキング上位に載せてみようとついつい躍起になってしまう。ゲームの説明やムービーシーンはスキップできるし,テキストによる込み入った説明もなく,教育とゲームという二つの課題のバランスはうまく取れているようだ。



■業界で一番ホットな"シリアスゲーム"


これは,Food Forceの最初のミッションで,搭乗しているヘリコプターからサーチライトを使って難民を探していく。対象にマウスを重ねていくだけだが,意外と熱中してプレイできる
 Food Forceは,"シリアスゲーム"と呼ばれるソフトの中では,これまでで一番成功した例といえるかもしれない。シリアスゲームと聞くと,まるで教育ソフトのような印象を受けるだろうが,今年のGDC(Game Developers Conference)でも2日間にわたって講義が行われるなど,今業界で最も注目されている分野の一つである。

 ちなみに"Serious Game"をWikipedia(英語)で検索すると,次のような説明文が表示される。

 シリアスゲームズ(SGs)とは,ビデオゲームやコンピュータゲームの一つのカテゴリである。シリアスゲームは,特定のゲームジャンルである必要はなく,またその主な目的は,エンターテイメントではない。ただし,ゲームである以上ある程度エンターテインすることが条件でもある。シリアスゲームは,一般的にゲームの見た目や感覚を持ったシミュレーションであり,実世界で起こっている過程を再現していることが多い。プレイヤーを楽しませる一方で,訓練や学習,そのほかマーケティングなどへの利用を目的としている。

 GDC内で活動が行われたのは2回目のことだが,元々はスミソニアン大学のウッドロー・ウィルソン国際研究センター(Woodrow Wilson International Center for Scholars)が2000年に提唱した「シリアスゲームズ・イニシアティブ」を起源としている。日本でも,ペンシルバニア州立大学博士課程の藤本徹氏や,東京大学助教授の馬場章氏らがシリアスゲームズジャパンを設立して,このイニシアティブを推進している。
 上の説明でも分かるように,シリアスゲームは広義に捉えることもでき,藤本氏はGDCにおいて,老人の運動としても利用されているナムコの「太鼓の達人」や,武将や時代背景についての興味を養える「信長の野望」などを日本の現状として紹介している。どこまでシリアスゲームの範囲だと解釈するべきかは微妙なところではあるが,"Civpedia"など諸文明に対する情報満載の「Civilization」はいうまでもなく,「Call of Duty」や「Rome:Total War」あたりにも,ある意味教育的な要素はあるだろう。

 ともかく,Food Forceのヒットからは,ゲームというエンターテイメントが非常に多角的に受け入れられつつあることがうかがえる。今や,歴史や伝記から災害マニュアルまでが漫画で描かれる時代。方法論が確立され,教育的成果も発表されるようになれば,楽しみながら学べるシリアスゲームが,今後もどんどん社会的に受け入れられていくだろう。




次回は,2005年後半のMMORPG市場について。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。神奈川県が「グランド・セフト・オート III」を"有害図書類"に指定したことについて,奥谷氏は「それは仕方がないかもしれないね」と,意外に(?)冷静な発言をしている。しかしよく話を聞いてみると,「あのゲームだって,売春婦をバットで撲殺すれば星が一つ分くらい減ってしまって社会的立場が悪くなるし,24時間日陰の身では生活しづらいことを教えてくれる。県職員達は,もっとシリアスゲームから学んでみるべきだ」なんて言葉も出てきた。案の定,本心は不服である模様。


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