「EverQuest II」や「Star Wars Galaxies」など人気MMORPGのパブリッシングで知られるSony Online Entertainmentが,「The Matrix Online」の運営権を,Warner Bros. Interactive EntertainmentとMonolith Productionsから譲渡された。その背景を探っていくと,両社にとって"おいしい"選択だったことが分かってくる。
■The Matrix Onlineを手放したワーナーブラザーズ
映画シリーズの思わぬ減速に呼応するように,サービスイン後も泣かず飛ばずの低迷を続けている「The Matrix Online」。重荷になっていたWB Interactiveと,ライブラリの充実を図るSOEの思惑どおりに,再起することになるのだろうか? |
Monolith Productionsの地元紙であるシアトルタイムズ紙は,両社の提携によって同社の80人あまりの従業員が解雇されたと報じており,SOEに移籍した25人を除くと100人程度まで縮小されている。F.E.A.R.とXbox 360用に開発が進められていたコードネーム「Criminal Origins」の制作やサポートは今後も続けられる予定だが,オンラインゲームの開発事業からは早々に撤退したことになる。
ご存知のとおりThe Matrix Onlineは,ウォシャウスキー兄弟が手がけて日本でも話題になった映画「マトリックス」を題材にした作品だ。最終章である「マトリックス レボリューションズ」の後のメガシティを題材にしており,プレイヤーはザイオン,マシーンズ,エグザイルの各勢力に加担して,請け負ったミッションの数々をこなしていく。
本作は2005年3月22日にリリースされて以来,Sega of Americaとの共同パブリッシングなどの作戦もむなしく,最初の1か月間でのセールスが4万3000本程度と低迷していた。Sega of America以前には,Ubisoftとの販売協力で失敗しており,北米地域以外でのサービス拡大に苦労していた様子がうかがえる。中国圏で買い手が見つからなかったことには,管理社会を描いた内容が社会主義を思わせるからなんて憶測もあるようだが,日本や韓国にしても,正式にサービスインされるという話は現在でも聞こえてこない。
アメリカの総合エンターテイメント情報誌「Variety」では,開発費が2000万ドル(約21億円)を超えていたと報じられているので,昨年Monolith Productionsの親会社となったWB Interactiveにとっては,相当な負担となっていたに違いない。
SOEは昨年末にシアトル近郊のべレビュー市にサーバー管理の支部を増設しており,Monolith Productionsからの移籍組は,ここで勤務する予定だ。そのうえでThe Matrix Onlineのサービスは,テキサス州のオースティン支部で行われることになっている。
この動きに対して,The Matrix Onlineプレイヤーの中では肯定的に見る人が多いのは,「EverQuest II」や「Star Wars Galaxies」など経験豊富なLiveチームに委ねられることで,より良いサービスやゲーム進行が期待できるからだろう。
■SOEにとってのThe Matrix Online
Raph Koster氏は,元々は「Ultima Online」のデザインチームに在籍していた。今やSony Online Entertainmentで最高制作責任者という地位に上り詰め,ゲーム開発の一切を取り仕切るだけでなく,米国ゲーム業界のオピニオンリーダーの一人として活躍している。写真は,筆者は初めての体験だったビデオカンファレンスより |
SOEによると,The Matrix Onlineのアカウント保有者は,再度個人情報の登録を行う必要がある。このとき,SOEの「Station Access」に加入すれば,各ソフトのパッケージ代を除いて,月額21.99ドル(約2400円)で充実したライブラリにアクセスできるようになる。つまり,現在14.99ドルが月額料金として徴収されているThe Matrix Onlineのプレイヤーは,これより7ドル多く支払うことで,EverQuest IIやStar Wars Galaxiesといった作品群もプレイできるのである。
Station Accessが現在のところ北米限定のサービスであることや,The Matrix Online,SOEのオンラインゲームのどちらかでアクセス禁止になった過去を持つプレイヤーの引き継ぎは拒否されるなどの制約はあるものの,MMOゲームにおけるプレイヤー人口の増加数が減少傾向にある現在の状況では,このサービス形態はほかのオンラインゲーム運営元にとって脅威といえるだろう。今後ライブラリが増えるほどその脅威も増すため,いずれは他社も考慮しなければならない課金形態なのかもしれない。
ではなぜ,開発費が20億円を超え,アカウント数が数万という規模で伸び悩んでいるThe Matrix Onlineを,SOEは引き受けることにしたのだろうか。
EverQuest IIは,アカウント数が30万人弱と,同時期にリリースされた「World of Warcraft」(すでに200万アカウントを突破している)に水を空けられた形になっているものの,これは日本を含めたアジア地域での正式サービス前の数字であり,決着がついたと言うのは早計だろう。Star Wars Galaxiesも同程度の数字を保っており,これらに未だ40万以上のアカウントをキープしていると思われる「EverQuest」が加わる。もちろん,Station Accessで重複しているアカウント保持者も多いはずだが,SOEが発表しているStation Accessの加入者は80万人と,かなりの数字。つまり,毎月20億円を超えるお金がSOEに流れ込んでいることになる。
単純に考えて,The Matrix Onlineの開発費だけなら,1か月でカバーできるというわけだ。The Matrix OnlineとEverQuest IIの両方をプレイしている人の数は分からないが,4万3000アカウントの大多数がStation Accessへの新規加入者になるだろうから,上記の収入に,6000万〜7000万円程度が加算されると予想できる。
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SOEで最高制作責任者の要職にあるRaph Koster(ラフ・コスター)氏も,「つまるところ,MMORPGはサービス産業なんです。サービス産業の特徴として,時間が経つにつれて運営形態が効率化し,真ん中のマージン部分は減少していくわけです」と語っており,SOEのゲームでも,設備やLive運営,カスタマーサポートなどでの最適化を進めていることを示唆している。
そういえば,E3 2005のSOEのブースでは,Star Wars GalaxiesとEverQuest IIそれぞれの拡張パックが発表されていたくらいで,その2大タイトルに匹敵するような新作の話はなかった。「少なくても400時間」という膨大なプレイ時間を楽しませなければならないMMORPGの制作を新たに始めるよりも,素材の良いThe Matrix Onlineのような作品を揃えたほうが良いと考えるのも,理に適った話である。
そしてThe Matrix Onlineだけではなく,スーパーマンやバットマンなど優良な版権をWB Interactiveから得ることで,予定に変更がなければ,2007年末にはDC Comicsの作品世界を扱ったMMORPGの投入も見込める。その頃にはStar Wars GalaxiesとEverQuest IIも円熟期に達しているはずで,DC Comicsのオンラインゲームを,「次々世代のMMORPG」として展開できるだろう。
MMORPG界のリーダーの座をめぐってのSOEの激しい動きが,このジャンルのカンフル剤になることを願ってやまない。