青少年への影響を考慮した場合,やはり「Grand Theft Auto:San Andreas」の不正は感心できたものではないが,そこにつけ入ろうという輩も多い。今,アメリカで新たな標的にされているのが,"過激表現"というイメージとは何の接点もなさそうな「The Sims 2」である。MODでシム人のモザイクを解除できることに不満の様子だが,果たしてクレームをつけている人物は誰なのか?
■San Andreasスキャンダルの行方
隠しセックスシーンを巡っての「Grand Theft Auto:San Andreas」(以下,San Andreas)の騒動は,Rockstar Games社がFTC(Federal Trade Commition)からの調査を受けて,ESRBレーティングをAO(Adult Only)という成人専用ゲームへの対象に変更。Rockstar Gamesがクリーンなバージョンを開発するまでは,大手小売店の店頭やオンライン販売を見合わせるという結果に落ち着いた。
面白いのは,その後も同ソフトの公式サイトで行われていた直販に買い手が群がり,数日後には在庫の全てのPC版が売り切れてしまったことだ。いまや,Hot Coffee MODをインストールできる"旧バージョン"はプレミアが付き,オンラインオークションでは高額で取り引きされたりしている。すでに当初の発売から8か月(PC版は3か月)が経ち,すべてのプラットフォームでのセールス総計が600万本を記録したあとでもあり,これではRockstar Gamesの手助けになっただけではないか? とも揶揄されているほどだ。
スキャンダル効果で,San Andreasの在庫も一掃。まさに御礼満員の状態だ。しかし,Mレーティングが基本のRockstar Gamesにとっては,今後いくつもの試練を乗り越えていかなければならないはず |
もっとも,Rockstar GamesとTake Two Interactiveにとっては,これからが正念場だろう。いくつかのテレビ番組では,MODをインストールしなければ鑑賞できないはずの問題シーンを「子供でも簡単にアクセスできる」などと誇張した報道が見られ,オーストラリア当局では再検査の末"対象外"の通告がなされ,ソフトの販売が一切禁止されてしまっている。
さらにニューヨーク在住の85歳女性が,「知らずにティーンエイジャーの孫に買い与えてしまった」と裁判を起こしてしまった。不思議なことに,このティーンエイジャーの孫というのは14歳。もともとSan Andreasは17歳以上を対象にしたMレーティングであり,その要旨はパッケージにも記述されているため,傍から見ると理不尽な訴訟に思えてしまう。このような裁判が横行しては,ゲームを知らない世代の人の指針として発足したはずの,ESRBの面目も丸潰れだ。だからといって,日本人も良く知っているであろう訴訟王国のアメリカでは,何が起きても不思議ではないのだ。
■The Sims 2を狙う反ゲーム弁護士
そもそも,このSan Andreasの問題を盛んに焚きつけているのが,マイアミを拠点とする弁護人ジャック・トンプソン(Jack Thompson)氏である。トンプソン氏は,1977年にフロリダ州での業務許可を得て以来,宗教団体や反メディア組織と結託。1993年に過激な性的表現を多用した2 Live Crewというラップグループのアルバムや,Ice Tの「Cop Killer」という曲を法廷に持ち込んで,発禁処分にしたことで知られる。ラジオ放送のカリスマ,ハワード・スターン氏に対する訴訟や,クリントン前大統領のセックススキャンダルに関わっていたこともある。
「Born Again Christian」と自認するトンプソン氏は,Stopkillという簡単なホームページを開設しており,'90年代後半になると反ゲーム業界の姿勢を明確にして,「DOOM」ではヘルス値の低下を防ぐゴッドモードを「不健全だ」と噛み付いたこともある。2004年にイギリスで17歳の少年が14歳の少年を刺殺した事件にも関わり,逮捕された少年の母親とともにRockstar Gamesの「Manhunt」を糾弾したほか,San Andreasスキャンダルの直前には,2003年にアラバマ州で発生した警官射殺事件の元凶になったとして,Take Two InteractiveやSony Computer Entertainment America,そしてゲーム小売店のGameStopやWalmartに対して3億ドル(約310億円)の裁判を起こしている。今では,アメリカのゲーム業界で裁判沙汰になることを,トンプソン氏が南部を基盤にすることから"Going South"と呼ぶほどだ。
このトンプソン氏も,Hot Coffeeの一件以来メディアでの出番が多くなったようで,今やイケイケ状態になっている。その彼の最新の標的が,なんと殺戮行為とは縁の遠いElectronic Arts社のベストセラー「The Sims 2」なのである。
ゲーム批判運動を展開するジャック・トンプソン弁護士の,次なる標的は「The Sims 2」。氏はゲーム関係者には愛想が悪く,Googleで名前を調べただけでも「今はRockstarを叩き潰すのに忙しいんだよ」「ゲームのやり過ぎで俺の言うことが理解できないのか」などの暴言が数々アップされている |
トンプソン氏が,このThe Sims 2を「San Andreas以上にひどい事例だ」と糾弾しているのは,シム人が裸になったときに現れるモザイク処理を除去できるMODプログラムが出回っているからである。これはチートコードでも解除できるようになっており,トンプソン氏は声明で「乳首から性器,陰毛までを見ることができ,酷い場合は幼児性愛者に悪用される危険がある」というのである。
しかし,トンプソンが実際にゲームを試していないことは明らかだ。なぜならこのモザイクを解除しても,シム人のスキンテクスチャーはノッペリとしたマネキンのようなものでしかなく,性的に悪質であるとは認められないのだ。確かに,性的な部分の表現を含んだスキンMODも出回っているが,それをもってElectronic Artsを責めるのは無理がある。この指摘を受けたトンプソン氏は「それでもElectronic Arts社はMODコミュニティの暴走を手助けしている」と主張を変えており,まだまだ矛を収めるつもりはなさそうだ。
青少年への危険性という観点では,San AndreasとThe Sims 2に雲泥の差があるとはいえ,暴力や性的表現などセンシティブな問題には,ゲーム業界が一丸となって取り組んでいかなければならないのは事実である。しかし,トンプソン弁護士らの活動によって非ゲーム系のメディアでも盛んに取り上げられるようになればなるほど,ゲームソフトの本質とは関係のない部分での議論や規制も増えていくことだろう。
2008年の大統領選に出馬するとのウワサもある,前クリントン大統領夫ヒラリー・クリントン上院議員も,San Andreasスキャンダルには自ら調査の呼びかけの書簡をFTCに送ったほどで,「ゲーム業界はコントロールできない状態にある」などとして,今後も強く改正を求める構えを見せている。ゲームと表現の問題は,政治や名声の道具にされていくのだろうか。