今回のAccess Acceptedで取り上げるのは,「ゲームを題材にした映画」というよりも,「ゲームを使った映画」と言うべき"マシニマ"だ。まだ日本ではほとんど知名度のないPCゲームのサブジャンルだが,アメリカではMTVのミュージックビデオになったり,専門の映画祭まで開かれているほど。しかも,その利便性やコストパフォーマンスの良さで,近い将来CGアニメーション業界にも一石を投じそうな勢いなのである。
■ゲームアニメーションを利用した"マシニマ"とは?
ここ数年のPCゲームに絡むサブカルチャーとして,「マシニマ」が大きな話題になりつつある。これは,PCゲームを利用してリアルタイムでアニメーションを生成し,その録画イメージをつなぎ合わせることで映像を作り出す"遊び"である。
テレビで放映されたり,短編映画のフィルムフェスティバルなどで評価を受けたりするにつれ,マシニマの知名度も上がり,2002年3月にはハリウッドの「映画芸術科学アカデミー」にならってThe Academy of Machinima Arts and Sciencesという学会まで設立された。
マシニマとは,machineとcinemaを掛け合わせた造語だが,cinemaよりはanimationと呼ぶほうが正しいだろう。ゲーム内のマップやアートワークなどの素材を使用したり,自分で制作したものを挿入したりすることで,本来のゲームとは異なるストーリーや世界を作り出す。
一般的な3Dアニメと違いフレームごとに調節できないため,大雑把なアニメーションにはなってしまうが,制作者が一人で監督や演出,さらにはカメラ操作やアニメータの仕事をこなせるというのは魅力的だ。
ゲームエンジンのグラフィックス性能はどんどん向上してきているので,いずれはより本格的なマシニマも制作されるようになるだろう。
このマシニマは,Quakeのコミュニティ育成に多大な功績を残したRangersというクランに所属していたプレイヤー,Uwe Girlich(ウーヴェ・ギルリッチ)氏らが制作したもの。「Quake」のマルチプレイで,キャンピング(ゲームに積極的に参加せず,相手の通り道やベースの近くで待機する行為)しながら,なぜか哲学的なチャットをし始めるというコメディのような映像クリップである。
Quakeのマップやキャラクターを利用したもので,サウンドもないという未熟なものだったが,Quakeコミュニティの中では大きな話題となり,ダウンロード数が増えてサーバーがパンクしたこともしばしばあったという。
Quakeがリリースされたのは1996年5月31日。その数か月後にDiary of a CamperがWeb上にアップロードされたことにより,この新しいサブカルチャーが誕生した。
Quakeのリテール版には,ゲームエンジンのソースコードを変更して自由に自家製マップやMODを作れるように,"QuakeEd"と"Quake Source Code"も収録されていた。Diary of a Camperに触発されたプレイヤー達は,これらを使い,新しいスキンテクスチャを使ったり,アニメーションと音のシンク(同期)を図ったりなどさまざまな手を加えていった。
しばらくすると,さらにカメラの位置をコントロールできる「remaic」や「Keygrip」などのツールが出回るようになり,「Quake Done Quick」のようにスピードラン(ゲームプレイのスピードを競い合う遊び)のムービーに応用されている。やがて一年ほどの間に,「Avatar & Wendigo's Blahbalicious」や「Operation Baywatch」,そして「Apartment Huntin'」のように,徐々にクオリティの高い作品も創作されることとなった。
■マシニマのシーンを担うキーパーソン達
このように,Quakeコミュニティと共に派生したマシニマも,いくつかの専門制作チームが登場することで,今世紀に入って大きく躍進し始めることになる。
その一つは,Paul Marino(ポール・マリノ)氏がニューヨークを拠点にして運営している"The Ill Clan"だ。元々ゲーマーだったマリノ氏が上記のApartment Huntin'を制作したことから始まり,2000年にはマシニマとして初めてテレビで公開された「Hardly Workin'」を送り出し,その名を広めることになった。
Hardly Workin'は,ラリーとレニーという二人のキャラクターが絶妙な絡みを見せるポリティカル・コメディだ。政治関連の話題をネタにシリーズ化され,映画専用テレビ局主催の賞や短編映画祭で受賞しており,マシニマの名前を一気に広めることになった。
本作はノイズリダクションソフトの「CLEAN」を使って1280×1024ドットでレンダリングされており,「Quake II」のゲームエンジンがベースとは思えないほどの高画質であったのも印象深い。
また,Hardly Workin'がリリースされたのと同じ頃には,テキサス州でFountainhead Entertainmentという会社が設立されている。同社の社長は,なんと元id Softwareの広報担当者で,後にJohn Carmack(ジョン・カーマック)氏と結婚したKatherine Anna Kang(キャサリン・アナ・カン)氏である。
カン氏のチームは,やがて「Quake III Arena」エンジン用のマシニマ制作ツール「Machinimation」を開発して制作者のサポートを行うだけでなく,自らも映像制作を始めるようになった。
その作品の一つが,イギリスのバンドグループZero 7の,「In the Waiting Line Game」(2003年)のミュージックビデオで,MTVを通して全国放映されることで,若いクリエイターからも支持を得た。このミュージックビデオは,主人を失ったロボットが,宇宙船の中で一人きりの生活を続けるという内容であり,Quakeの世界観の匂いは少しも感じられない内容だった。
このほかにも,ION Stormに在籍したJake Hugues(ジェイク・ヒューズ)氏は,彼が手がけた「Anachronox」のゲームエンジン(Quake IIベース)と世界観を利用した,2時間30分におよぶ長編マシニマを制作。また同時に,その制作ツール「Planet」も公開している。
ヒューズ氏は,元々ハリウッドのCGアニメーションスタジオで視点移動を担当していただけあり,流れるようなカメラワークが魅力的だ。
また,2001年から「Halo」を使ってショートコメディを制作し始めたRooster Teeth Productionsの「Red vs. Blue」は,2003年からゲーム専用のケーブル局G4で放映され,第3シーズンまで続くほどの人気を誇っている。
さらに,1997年にQuakeベースの「Eschaton」を発表するなど,古くからスコットランドを拠点に活動していたStrange Companyのヒュー・ハンコック(Hugh Hancock)氏も,マシニマ界の大御所といえるかもしれない。ハンコック氏は,マシニマ制作者達が集うWebサイト「Machinima.com」のホストもしており,そこには世界中からマシニマ作品が出品されるようになった。
■CG映像を誰でも作れる時代がやってくる!
The Academy of Machinima Arts and Sciencesが主催する本年(2005年)度のMachinima Film Festivalは,ニューヨークで11月12日に開催される予定だ。ケーブル局のIFCや,NVIDIAがスポンサーとなっており,年々本格的になっている。
NVIDIAのCEO,Jen-Hsun Huang(ジェン=スン・ホワン)氏は,以前から何度も「やがてピクサーなどの作品に劣らないほどクオリティで,リアルタイム・レンダリングが可能になる時代が訪れる」と話している。2001年当時,同社のハイエンドモデルだったGeForce 3 Ultraを使って劇場レベルのCGアニメーションをリアルタイム生成する実験が行われているが,CG映画「ファイナルファンタジー」(2001年)のキャラクターのみをリアルタイムレンダリングするだけでも,数フレームのカクカクしたものに過ぎなかった。
しかしハードウェアやソフトウェアの性能は,4年余りで飛躍的な進歩を遂げている。前出のカン氏も,「マシニマは,表現力だけでなく技術的にも,まだ自分の存在を証明できずにいる子供のような立場であるに過ぎません。しかし,いずれアニメーションのビジネスに大きな改革をもたらすのではと私は信じています」と話す。
カン氏は,マシニマを"新しいアートの形態"と位置付けているようだ。ここ数年のPCゲームでは,開発ツールを公開するのが当たり前のようになってきているし,マシニマの「ゲームエンジンを使ってリアルタイム生成する映像」という定義は,多くのゲーム中で見られるシネマティクスにもそのまま当てはまる。
「Ghost Recon 2」のように,シネマティクスの開発に並々ならぬ力を注ぐメーカーも少なくない。事実,Machinima Film Festivalには「ゲームトレイラー部門」もあり,そのあたりは大いに評価されている。
問題は,カン氏も指摘するように,多くのマシニマが,使用するゲームの世界観や作風に依存していることだ。また劇場映画レベルのCGクオリティに近づいたとはいえ,ユーザビリティや制作者の時間的制約,さらに通信の帯域幅など技術的な点でもハードルが高く,今後どれだけ一般社会に浸透していくのかは分からない。短編コメディが多いのも,今はこの状態に甘んじているからだろう。
しかし,それでもマシニマは,さまざまな可能性を持っている。例えば「Half-Life 2」のSourceエンジンでは,リップシンクや筋肉の動きはもちろん,眼球を動かすことで3Dキャラクターが"目の演技"をできるようになっているのである。今後,このようなゲームテクノロジの進化を,マシニマは直接甘受できるわけだ。
そう思って検索してみると,すでにSourceエンジンを使ったマシニマは存在しているようだ。その中でも「I'm Still Seeing Breen」(著作権的に問題があるので,見てみたい人は自分で探してほしい)はなかなかの出来栄え。Breaking Benjaminの「So Cold」という曲に合わせてCity-17のカットが挿入され,G-Manの絶叫が交差するのだ。
制作したのは,上で紹介したThe Ill Clanのポール・マリノ氏だ。彼一人のプロジェクトらしいが,ゲームの知識がまったくない人には,このミュージックビデオの制作資金がゼロに等しいとはとうてい思えないだろう。このコストパフォーマンス一つとっても,マシニマが今後右肩上がりで成長していくのは想像に難くない。
最後になるが,このマシニマの可能性を信じるもう一人のゲーム業界実力者が,イギリスの鬼才Peter Molyneux(ピーター・モリニュー)氏である。11月初頭にリリースされる彼の新作「The Movies」は,ソースコードへのアクセスやゲームエディタに対する知識がなくても,かなりの規模の映像を制作できると言う。
"お茶の間クリエイター"が,突然世界に知られるCG映像作家になる……。そんな日がやってくるのも,意外と近いのかもしれない。