― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年3月8日掲載

 超大型市場として各産業から大きな注目を浴びている中国。もちろんオンラインゲームも当たれば数百万のアカウントを獲得できることとなり,商業的成功の機会をうかがっている各プラットフォームホルダーやコンテンツメーカーも少なくない。しかし,その急激な市場成長の陰では,舵取りが後手に回っている中国政府の慌てた様子も見えてくる。今回は,ニュースを読み解くことで見えてくる,この特異な市場について書いてみたい。

 

中国オンラインゲーム市場の現状

 

■MMORPGを破壊する中国系ゴールドファーマー

 

昨年の夏には,日本でも“リネージュウィルス”とも呼ばれるマルウェアが問題となった「Lineage」(リネージュ)。アジア圏ではまだまだ人気が高く,韓国サーバーでは集中的に狙われる事件も発生するに至った

 韓国のインターネットセキュリティ会社GEOTがレポートしたところによると,これまで報道されてきた,NCsoftの人気MMORPG「Lineage」を中心とする大規模なアカウントハックが,さらに深刻な問題になりつつある。当初,2005年5月から2006年2月までの期間においては4000件あまりとの発表だったが,その後,なんと最大で22万件を超す個人情報が流出したと報告されることになり,MMORPG史上空前の規模に発展している模様だ。
 GEOTは,この事件は中国にあるゴールドファーマー(金銭やアイテムの獲得だけを狙って集中的にプレイする人達)が組織的に行っているものだとしている。悪質な専用ハッキングプログラムを特定サイトに常駐させ,そこを訪れた人のPCに感染させてはログインネームやパスワードといったアカウント情報を引き出す手口のようだ。この情報はただちに中国へと送信され,それらの情報をもとにレアアイテムやゴールドなどがキャラクターごと盗まれてしまうという仕掛けなのである。
 本誌韓国特派員Kim Dong Wookのニュースで何度かお伝えしていることだが,韓国では一般の人からも住民登録番号を盗み出し,無断でゲームの新規登録に悪用される事件も相次ぐなど,手に負えない状況が続いている。

 

 中国でのゴールドファームは,実際MMORPG市場内外での大きな問題である。昨年末にNew York Times誌がレポートしたところによると,中国では推定10万人に及ぶ労働者がゴールドファームのためにフルタイムで働いているらしく,不法インターネットカフェや倉庫,オフィス街の一角に設けられた“スウェットショップ”と呼ばれる生産工場で,かなり悪質な条件で酷使されているとのことだ。
 彼らゴールドファーマー達は,一日に12時間ほどゲームに従事し,月々の給料は米ドルに換算して75〜250ドル(約1万〜3万円弱)に過ぎない。沿岸地域の富裕層の年間平均所得が1万4000ドル(約160万円)であることを考えると労働条件はあまりにも悪いが,それでも実質失業率の高い内陸部では多くの若者に支持されているらしい。「World of Warcraft」の場合,ファーマー達は1回のシフトで200から400ゴールドほどを稼ぎ出し,15日でレベル60にまでキャラクターを引き上げるという。出来高の多い労働者にはボーナス支給もあるとのことだが,こうしたことが彼らのハッキングソフト使用や情報略奪といった違法行為を助長しているのかもしれない。

■MMORPG急進の対応に追われる政府

 

 韓国や中国では,ゲームやサーバーによっては,接続中のプレイヤーの実に半数が,ただ黙々とプレイするゴールドファーマーであることも少なくないらしい。韓国のLineageサーバーが集中して狙われたのは,アカウント数の多さやハッキング対策の不備などが理由であるようだが,海外からのネット犯罪であるためか,特定のIPを遮断すること以外は取り立てた措置も取られていない。それに業を煮やした韓国のゲーマー達は,パトロール隊を結成して,中国人がプレイしているのを発見するとたちどころにPKしていくなどの自衛策に出ており,まさにオンラインを介した戦争状態へと発展しているというから恐ろしい。

 

中国では「魔獣世界」として知られるWorld of Warcraft。同国では150万人ほどがプレイしているとされる。過剰なゴールドファーマーの活動が,アメリカ本国におけるWoWゲームエコノミーのインフレをも引き起こした

 中国政府は,約1億人に達すると見込まれる国内のインターネットユーザーのうち,実に4分の1ほどの約2400万人がオンラインゲームに興じていると試算する。2004年度に中国人ゲーマーがゲームにつぎ込んだのは約5億ドル(約575億円)になるらしく,これは日本と拮抗する市場規模であり,世界的にみても15%近い割合を誇っている。
 そんな中で,チープレイバーの存在を利用した「ゴールドファーマー10万人」という数字とその組織的な活動は,MMORPGのゲームエコノミーに対して驚異的な影響力を持つ。例えば,アメリカで企業化されたIGE(インターネット・ゲーミング・エンタテインメント。ゲーム内通貨やアイテムを販売している)などと比較しても,その規模は巨大だ。また,ゴールドファーミングは納税に問題のある不法ビジネスであることも多く,ゲーム内で起こる問題への対策にも中国政府は頭を抱えているようだ。

 

 ゲームアイテムを盗まれたことを恨んだプレイヤーが相手の人物を探し出し,ついに殺人にまで至ったケースもあったため,オンラインゲームを統括する新聞出版総署(GAPP/General Administration of Press and Publication)では,「1日3時間を超えるオンラインゲームは禁止」という夜間外出禁止令のような法令を昨年8月に発布した。MMORPGのサービス会社と連携し,1回のアカウント接続で3時間が経過すると,自動的にキャラクターのレベルが徐々に下がっていくというプログラムを制作したのだ。
 ただ,World of Warcraftなどで行われていた試験の結果が思わしくなかったのか,当局はさらに踏み込んで,ついに今月(2006年3月)から,10代の若者がMMORPGをプレイすることを一切禁止した法令を施行するに及んでいる。「道徳性が低く精神的にも害がある」という理由だが,バーチャル世界に没入し,そこから現金を得るという行為が非社会的であり,海外プレイヤーとの無防備なチャットが有害だと考えられているからであろう。

■中国ではオンラインゲームを思想教育にも利用

 

 もっとも,中国政府は若者が熱中しているオンラインゲームを規制するばかりでなく,利用することも盛んに行い始めた。昨年の夏には中国共産主義青年団(共青団)という中国共産党の若手エリート組織が新興のインターネット会社である宝徳ネットワークと連携し,「抗日オンライン」というMMORPGの開発を発表したことも既報のとおりである。
 このゲームは,中国では「抗日戦争」とも呼ばれている第二次世界大戦の終戦60周年を記念して制作が開始されたものだ。しかし,予定の期日には間に合わなかったようで,12月15日に「抗戦オンライン」へ名称変更し,公式サイトもまだ作りかけの状態で現在でも放置されたままになっている。

 

政府組織の中国共産主義青年団をスポンサーに,7億円近い予算で開発されていると言われる「抗戦オンライン」は,中国青少年の愛国心を育てる狙いがあるそうだ

 抗戦オンラインは,1937年の廬溝橋事件前後から1945年の終戦までを順に追っていくという時系列形式のオンラインゲームで,モンスターの代わりに登場するのは出っ歯や眼鏡など,戦時中のアメリカの風刺漫画そのままの日本兵達だ。プレイヤーは,モンクやセージなどのキャラクターとなって中国各地へ展開し,解放に向けて戦うのだそうだ。
 抗戦オンラインの制作目的は,愛国精神を養う歴史/思想教育にあるといわれている。最近,共青団は新規プロジェクトへの協賛も発表しており,政治理念を浸透させるための国内産ソフトのさらなる開発を,国家規模で行っていく方針を固めたようだ。

 

 中国三大MMORPG運営会社の一角として知名度の高い盛大(SHANDA)ネットワークは,2005年の純収益が16.3%も下落したこと発表した。その半年前には同国において若手企業家ベスト10に選ばれたこともある陳天橋氏を,CEOに擁する盛大ネットワークの凋落は,中国における業界の浮き沈みの激しさを物語っている。
 Nintendo DS,Sony PSP,Xbox 360などが軒並み中国市場への参入を図るなか,アメリカや韓国,そして日本のMMORPGも“当たれば大儲け”を狙っての駆け引きを続けている。盛大は,中国の一般家庭でもオンラインゲームを手軽に楽しめる,というコンセプトで,小型PC端末機「EZ Pod」を発売しているが,価格設定が3万円弱と,同国では高価な商品であるためか,リテールで100万台近い在庫を抱えたままというケースも報告されている。そのため,ゲーム機の導入は時期早尚,という見方も強まっている。

 

 不法かつ組織的に行われているゴールドファーミングや,勉学そっちのけでゲーム世界に熱中する学生達の増加傾向など,抱えている問題も多いが,ゲーム供給を“価値観の違う”海外からの輸入だけに頼らず,思想教育などを取り入れた国家プロジェクトとして行おうという中国政府の政策は成功するのか? 中国のオンラインゲーム市場は,今後どのような展開を見せていくのだろうか。

 

 


次回は,次世代を担う新たなゲームエンジンについてです。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。奥谷氏の住むサンフランシスコでは,最近,珍しく雨が続いているという。その雨の影響で奥谷氏は,先週だけでも,停電を3度も味わったそうだ。しかも,そのうち一回は散髪中の出来事だったとか。暗い店内では作業ができず,とりあえず形だけ整えるために店の外で切ってもらったという。さぞ恥ずかしかっただろうが,「半額にしてもらうに見合った罰ゲームと思えばいい」とポジティブに捉えているようだ。ネタがないと言いながら,毎週,面白いことをなにかしらやってくれる奥谷氏である。


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