― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年3月29日掲載

 Game Developers Conferenceの会期中に,これまでSony Online EntertainmentのMMORPG開発部隊を牽引してきたラフ・コスター氏が退社するというニュースが広まった。アカウント数600万というBlizzard Entertainmentの「World of Warcraft」の成功を背景に,北米のMMORPG業界は再編されつつあるようだ。さらには,巨額の軍資金を持ってカナダの雄Biowareが参戦するなど,今後複雑な動きを見せそうな気配である。

 

北米MMORPG業界に再編の動きあり!

 

■ラフ・コスターがSOEの戦線離脱!

 

Sony Online Entertainmentで「Star Wars Galaxies」を開発していた頃のラフ・コスター氏(手前)とリック・ヴォーゲル氏。2002年のGDCより

 MMORPG界の賢人,Raph Koster(ラフ・コスター)氏が,在職中のSony Online Entertainment(SOE)を4月中に退社することとなったらしい。このことは,コスター氏も自身のブログで認めており,「……このブログを読んでいる人なら気づいていただろうけど,僕自身が今やりたいことが(SOEが進んでいくべき道からは)ちょっとずれていたんだ」と書き記している。
 コスター氏は,これは任期切れによる円満退社であるとしており,聞こえてくる限りでは,すでに移籍先が内定している様子はない。本人も「しばらくはゆっくり寝たい」とつかの間の隠遁生活を望んでいるらしい。

 コスター氏は元々,「Legend MUD」というMMOGの元祖ともいえるMUD(Multi-User Dungeon/テキスト形式のオンラインゲーム)を制作していた一人で,Richard Garriott(リチャード・ギャリオット)氏が「Ultima Online」を開発していた1995年に,デザイナーとして当時のOrigin Systemsに入社。「Ultima Online: The Second Age」ではリードデザイナーも務めている。
 しかし,その後,Origin SystemsがElectronic Artsに吸収されたことにより,「EverQuest」の開発元だったVerant Interactive(現Sony Online Entertainment)のテキサス州オースティン支部にチーフ・クリエイティブ・オフィサーとして移籍。「Star Wars Galaxies」や「EverQuest II」の開発では,リードデザイナーやディレクターとして陣頭指揮をとったことで知られている。
 コスター氏はまた,GDC(Game Developers Conference)では毎年スピーカーを務めるなど,積極的にゲーム業界に貢献している。「Theory of Fun」(邦題:「おもしろい」のゲームデザイン―楽しいゲームを作る理論)というMMORPGのデザインに関する著書もあり,このジャンルでも影響力の高い人物の一人である。

■World of Warcraftの一人勝ちで,北米MMORPG市場の形勢が変化

 

 最近のSOEの変化は激しい。コスター氏の長年のパートナーだったRick Vogel(リック・ヴォーゲル)氏はすでに辞職して,現在はBiowareがオースティンに設立したばかりのスタジオに移籍しているし,同じくSOEの事業開発副社長だったCindy Armstrong(シンディ・アームストロング)氏も,韓国系のWebzenに軒を借りた。
 さらには,Verant時代からSOEを率いてきたJohn Smedley(ジョン・スメッドリー)氏も近く辞職するのではないかとウワサされており,実際に,GDCにも彼のプレセンスはなかった。プレイステーション3のオンライン戦略に少なからず関わってくるはずのSOEにとって,これらの幹部退社の影響は,計り知れないものがあるのではないだろうか。

年内発売が予定されている拡張パック第一号「World of Warcraft: The Burning Crusade」の画像。今や,全世界で600万人のプレイヤーがおり,ほかのゲームからの移動も目立つ。いまだ日本でのリリース予定はないようだが……

 SOE激変の裏には,「World of Warcraft」でのBlizzard Entertainment大躍進があった,と見て間違いない。2001年,Blizzard EntertainmentがMMORPG参入を発表した時点では,これを懐疑的に見る業界関係者やファンが多かった。
 確かに,ゲームとして熟成していた「Diablo」や「StarCraft」などのヒット作を抱え,なおかつBattle.netを成功させたという実績は持っていたが,オンライン専用ゲームのノウハウがあったわけではない。多くの熟練MUDデザイナーが在籍していたSOEの「EverQuest」やElectronic Artsの「Ultima Online」のような,完成度の高いMMORPGフランチャイズを制作できるかどうかは,まったく未知数だったのだ。

 しかも,その当時すでにBlizzard Entertainmentを傘下に置いていたVivendi Universal Gamesは,フランスの巨大メディア企業でありながら,開発者達からの評判は必ずしも良くなかった。社長が株価操作で逮捕されるほど揺れていたフランス本社の赤字経営は,当然のごとくアメリカでのオペレーションにも響いてくる。2004年には,ゲーム開発の母体だったワシントン州のSierra Entertainmentで,実に350人にも及ぶ大量解雇をしているし,Valveとの間では,版権解釈の違いから訴訟に突入しているなど,何かとマイナスイメージが付きまとっていた。長年,Blizzard Entertainmentを実質的に引っ張ってきたBill Roper(ビル・ローパー)氏らが退職したのも,この頃である。

■Biowareの登場はMMORPGの活性化をもたらすか?

 

 しかし,運命とは皮肉なもので,同年末にWorld of Warcraftがリリースされるや,その形勢は完全に逆転する。2004年中のVivendi Universal Gamesのゲーム部門はなんと2億4100万ドル(約277億円)もの赤字を計上していたが,2005年には4890万ドル(約56億円)の黒字に転換している。ほかに目ぼしいヒット作がないことを考えると,現在600万アカウントというWorld of Warcraftの1作で,約330億円を稼ぎ出したことになる。

BiowareとPandemic Studiosのコラボで開発されているSF系アクションRPG「Mass Effect」。Xbox 360の独占タイトルとされているが,PCでリリースされる可能性は十分にある。同社のMMORPGが公開されるのはいつのことか?

 もちろん,まだまだSOEの復活も考えられるが,このWorld of Warcraftの一人勝ちに一石を投じよう,というのが,カナダのBiowareである。Biowareは,「Bulder's Gate」や「NeverWinter Nights」「Star Wars: Knights of the Old Republic」などRPG畑で大成功してきた会社で,業界のビジョナリーでもあるRay Muzyka(レイ・ミュージカ)氏とGreg Zeschuk(グレッグ・ゼスチャック)氏の二人に率いられている。
 そして,同社のクリエイティブ・ディレクター,James Ohlen(ジェームス・オーレン)氏が,新たにオースティンにBioware Austinを設立。前出のリック・ヴォーゲル氏に加え,Electronic ArtsでUltima OnlineやThe Simsシリーズをビジネス面で支えてきたGordon Walton(ゴードン・ウォルトン)氏ら多くの人材が集まっている。

 Biowareは昨年,「Full Spectrum Warrior」や「Star Wars Battlefront」などアクションゲームに強いPandemic Studiosとの合併で話題になったが,その背景には350億円というベンチャー・キャピタルからの投資がある。おそらく,その成果が製品としてリリースされるのは,World of Warcraft人気が一息つく3,4年後のはずで,参入時期としては悪くない。
 今後,アメリカにおけるMMORPG市場に,どのような変化がもたらされるのか。それには,今の段階ではBiowareが大きなカギを握っているように思えるのだ。


次回のテーマは「What's Next」。何の次が何なんでしょう。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の決勝戦はサンノゼのスポーツバーで見たという奥谷氏。GDC06の取材/原稿執筆に忙しく,さすがにお気楽にビールなど飲んでいられないご身分だったので,5点差で勢いのあったチームジャパン勝利の予感を胸に切り上げたという。しかし,ホテルに帰ってみると,なんと8回裏に1点差まで詰め寄られてしまう。まあ,ご存じのとおり,9回表の大爆発でチームジャパンは初代チャンピオンに輝いたのだが,こんなことならバーに残っているべきだったと語る奥谷氏。ホテルで一人で歓声を上げるのは寂しかったから,とのことだが,忙しいと言っていた割にゆとりがあるのね。


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