「ゲーム業界を陰で操る組織」というのは大げさかもしれないが,世界最大の小売チェーンであるウォルマートによる,アメリカのゲーム業界への影響は凄まじい。ゲーム販売総数の実に4分の1を担うという実績により,ゲームの表現規制からパッケージデザイン,さらにはゲームの企画やデザインにまで影響を与えているらしいのだ。日本ではあまり知られていないアメリカゲーム業界の実態を解説してみよう。
アメリカ消費経済に計り知れない影響力を持つ
スーパーストア
ウォルマート(WAL-MART)といえば,系列店を含めてアメリカだけで約3800店舗,世界でも5500以上の大型店舗を抱える世界最大の小売業者。日本でも西友に出資するなどして話題になったが, 3160億ドル(約38兆円)を超える2005年度の売上高は,石油会社エクソン・モービルに続く世界第2位の規模であり,雇用者数も世界最大の170万人というとんでもない巨大企業だ。
やはり世界最大の小売店だけあり,その品揃えと価格は尋常ではないウォルマートだが,アメリカ国内のドーナツ化現象や後進国での劣悪な雇用など,「ウォルマート効果」と言われる国際的な問題も引き起こしている
もっとも,会社としては比較的新しく,商売の失敗を何度か繰り返したSam Walton(サム・ウォルトン)氏が,1962年,アメリカ南部のアーカンソー州でウォルマート1号店をオープンしたのが始まりだ。MicrosoftのBill Gates(ビル・ゲイツ)氏が登場するまでは,アメリカの富豪のトップとして何度もスポットライトが当てられてきた。1992年,ビル・ゲイツ氏が世界一の大富豪になったのと同じ年にウォルトン氏は他界し,その後は親族によって共同運営されてきた。現在,ウォルマートはアメリカのみならず,メキシコやカナダ,さらにドイツやイギリス,中国,韓国にまで進出している。
高齢者を雇用したり,地域への基金を設立したりなど,ウォルマートは地元に根差した活動も行っており,人々の生活に当たり前のように組み込まれつつある。倉庫のように広い店舗には,衣料品から,食品,家具,電化製品に至る豊富な品揃えを武器に,ターゲットやKマート,ウールウォースといった古参のライバルを次々に圧倒。今では,アメリカ市民一人当たりの消費金額全体の8.9%,つまり100ドルにつき9ドル近くがウォルマートで消費されているというから驚きである。
しかしそうしたウォルマート躍進の陰では,アメリカ全体を覆うドーナツ化現象,最低限の賃金,サーモン養殖場の影響による環境破壊問題などの負の側面も指摘されており,「ウォルマート効果」という経済用語まで誕生した。
そんなウォルマートの巨人ぶりは,ゲーム業界にとっても無関係ではないのだ。
数年前まで,アメリカ製のPCゲームソフトの箱が,消費者の目に付きやすいように大きく出来ていたのをご記憶だろうか? それが突然,各メーカー,販売会社の合意によってDVDソフトサイズへと規格統一されることになったが,その背景には,ウォルマートの大きな圧力があったとされる。
「毎日,最安値」がモットーのウォルマートでは,箱が小さくなったことでソフトウェアの品揃えも30%前後増えたと言われる。これは,ゲームを買う消費者にとっても悪くない話である。この程度なら,陳列棚のスペース確保という面でソフト販売会社や開発会社としても妥協できる話だろうが,問題なのはウォルマートの影響力がパッケージだけには収まらないことだ。なんと,ゲームソフトのコンテンツまでが,ウォルマートの意向によって変化するというのである。
パッケージアートやゲームデザインまでを手がける
ウォルマート
ウォルマートのようなゲーム専門ではない小売店の重要性が,最初に注目されることになったのは,1997年のことである。その年末にリリースされた「Deer Hunter」は,一人称視点で森に入り,シカやクマなどの獲物をハンティングするというカジュアルな内容のゲームだった。とはいえ,自由に森の中を探索できなかったり,グラフィックスがチープだったりと,開発者二人,開発期間3か月,制作費9万ドル(約1000万円)というローコスト/ローパフォーマンスなりの地味さは,当時FPSの勃興を感じていたコアゲーマー達にとって耐えがたいものだった。
ところが,ウォルマートのようなスーパーストアに置かれることになったDeer Hunterは,定価19.99ドル(約2400円)という価格の手頃さも手伝ってか,思わぬ人気を呼ぶ。家族連れで店内をぶらつくお父さんが,電気製品売り場でヒョイと購入してしまえるお手軽感が効を奏したとも言われているが,第1作はその後2年間近くもPCゲームの売り上げトップ10にノミネートされ,続編や類似ソフトがワラワラと登場したのだ。結果として,Deer Hunterは,シリーズ7作目までの累計販売本数が1000万本という大ヒット作となった。
今はなきGT Interactiveからリリースされた「Deer Hunter」だが,当初は販売元がなかなか見つからなかったらしい。同作はまだ,“カジュアルゲーム”という言葉のなかった頃の,代表的カジュアルゲームである
ウォルマートのゲーム業界における影響が顕著になり始めたのも,この頃だ。同社の広報を担当するTom Williams(トム・ウォリアムス)氏は,2002年にロイター通信に対して「内容が低俗なゲームや裸体描写のあるゲームは決して扱わない」と発言しており,当時過激さを増していたゲームソフトを批判している。だが,それ以前にも「Heavy Metal F.A.K.K. 2」を開発したRitual Entertainmentがウォルマートにゲームソフトを納入できなかったケースがあり,Ritualはこれについて「裸体は石像だけなのに」とコメントしている。さらには,Interplayの奇作「Giants: Citizen Kabuto」はウォルマートの納入許可を得るため,開発終了間際,乳房も露わだったキャラクターの一人,Delphiにビキニを付ける修正に追われた。もちろん,昨年の夏,Coffee MODで話題になった「Grand Theft Auto: San Andreas」なども,その後直ちに回収されている。
しかし,ウォルマートはこれら内容の規制だけには留まらず,最近では実際にどのようなソフトを店舗に陳列したいのか,どのようなジャンルを扱いたいのかという要望までも各ゲームソフト販売会社に伝えているらしく,いくつかのメーカーに対しては,実際のゲームデザインまで指定したソフトを作らせているという話もある。大手のメーカーが売れそうもない映画や小説の版権に手を出したり,競うように廉価版や低価格帯のソフトを出し続けている陰には,ウォルマートの要求という要因も潜んでいるのだ。パッケージデザインさえ,プロデューサやマーケティング担当者ではなく,ウォルマートの幹部が決めている会社まであるというから驚きだ。
ウォルマート支配に,米ゲーム業界は対抗できるか?
現在のところ,ウォルマートにおけるソフトウェア販売額は,業界全体で100億ドル(約1200億円)と言われるゲーム産業の4分の1ほどと試算されている。やはり,これだけの売り上げがあれば,おのずと影響力が高まっていくのは仕方のないことかもしれない。
Deer Hunterのようなゲーム専門の小売店では取り上げられる可能性が低かったソフトを成功させたウォルマートには,「これまでになかった“メインストリーム”のゲーム市場」を自分達で掘り当てたという自負もあることだろう。事実,ウォルマートに発見されることでの成功を期待している中小のゲーム開発者だって少なくないはずだ。
筆者はウォルマートでゲームを購入したことはないが,ウォルマートはアメリカのゲーム産業全体の4分の1にあたる商品販売を担う。デジタル・ディストリビューションの流れは,ゲームデザインにも干渉し始めたウォルマートの態度を変えられるだろうか?
もっとも,こうしたゲーム業界に対しての「ウォルマート効果」が,どれだけ継続するのかは分からない。ウォルマートでのゲームソフト販売価格が安いといっても,大量入荷による1ドルから3ドル程度のことでしかなく,ゲーム専門の小売店やオンラインショップのように,ポスターやTシャツなど初期ロットの特典や,数か月経った時点での大幅な値引きなどには期待できない。
そもそも,洋服や靴などの雑貨品と異なり,ゲーム開発は(少なくとも現在のところは)中国やインドなどに委託できるものではないので,値引きに限度があるのは仕方ないことなのである。
ゲーム販売会社や開発会社も黙っているわけではなく,MicrosoftやElectronic Artsなどの大手から,AtariやEidosなどのヨーロッパ系の中堅,さらにはValveなどの独立系開発会社までがデジタル・ディストリビューション,すなわちネット販売を開拓しつつある。SteamやDirect2Driveをはじめとして,必ずしもMMORPGなどのオンライン専用ゲーム以外でも,パッケージレスでゲームを購入する方法が普通になり始めており,また,音楽配信サービスの一般化もゲーム流通に確実に波及している。
ゲーム開発に長けた彼らが,まったくの部外者であるスーパーストア幹部の指図を受ける状況というのは,「モノ作り」の観点から見ても健全ではないだろう。暴力やセックスなどの過激な表現に寄りかかるゲーム開発者のモラル低下という問題はあるにせよ,「ゲーマーでもあるゲーム開発者が,望んだままのゲームを作る」という環境が,デジタル・ディストリビューションの普及で取り戻されるのを,筆者は願うばかりである。
次回は,アメリカで開催されているE3についての所感を。