― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年6月14日掲載

 誰も知らないようなゲームに妙な愛着を覚えるPCゲーマーも多い。これは,コンシューマゲームのようにメーカーの認定を得る必要がない,制作者の観点から「表現の自由」が保証されているPCゲームだからこその楽しみ方の一つではあろう。実際,最近リリースされているタイトルの中にも,「こんなゲームが存在するのか!」と驚いてしまうようなテーマや企画を持つものが少なくない。今回は,ストラテジーゲームに限定し,いろんな意味で“こだわり”の感じられる3本の作品を紹介してみたい。

 

珍しいストラテジーゲーム三連発

 

 

 PCゲーム最大の特徴。それは,自費で開発することや限られた流通を覚悟する用意があるのなら,その内容や出来不出来にかかわらず,どんなゲームソフトでも誰はばかることなくリリースできることにある。
 PCゲーム界には,自分のゲームデザインやプログラミング能力を信じ,商業的な成功や名声を夢見てゲームを制作する人だけでなく,政治的意思や思想信条を表明するためのツールとして利用する人もいる。あるいは,暴力や性描写など,コンシューマ機では扱いにくいテーマをウリにして,ニッチなマーケットから利益を上げようとするやからだっているはずだ。そのため,今も昔もPCゲームには何か胡散臭いイメージも付きまとっているのは否定しない。だが,同時にこう解釈することもできるだろう。つまり,「PCゲームは,表現の自由が保証されているインタラクティブ・メディア」なのである,と。

 というわけで,今回はそんな自由な発想/目的で作られるPCゲームのうち,最近開発されているストラテジーから,かなり“普通とは違う”タイトル3本を紹介してみたい。どれもこれも,JAVAやFlashで簡単に制作されたカジュアルゲームではなく,PCでなければあり得ないような“濃い”ゲームである。この三つとも,最近リリースされたばかり,あるいは近日リリースされる予定になっているのだが,もちろん日本の流通経路では入手困難だ。遊んでみたい人はオンライン販売を利用するしかないだろう。

 

 

開発元: Left Behind Games

2001年以降のテロ戦争にダブらせたような,アンチキリストによる最終戦争を迎えたニューヨークが舞台の「Left Behind: Eternal Forces」。市内の数百ブロックが再現されており,実在する企業や商品の広告も含まれるという

 「Left Behind」は,全米で6300万冊を販売しているという宗教アドベンチャー小説シリーズを題材とするRTSだ。新約聖書にある黙示録の記述をベースにした世界観が描かれており,突然世界中から多くの人間が消え去るという謎の事件が発生したことを契機に,善と悪の究極の戦い「ハルマゲドン」が繰り広げられるというストーリーが展開する。プレイヤーは小説にも登場するキャラクターとなってTribution ForceやGlobal Community Peacekeeperと呼ばれる聖戦組織を率いて,悪の権化(この場合はAnti-Christ/反キリスト者)であるNicolae Capathiaと戦うことになるのだ。
 そもそもこのゲームは,昨今の過激な描写のゲームばかりが話題になる状況を憂い,もっとポジティブなメッセージのあるゲームソフトを開発しようという意図で制作が始まったものらしい。ベストセラーとタイアップしているためか制作資金はかなり潤沢なようで,舞台となるニューヨークのソーホーからチャイナタウンまで,かなり緻密に再現されているのが特徴といえる。

 プレイヤーは,本作における資源“金銭”を使って市中のビルを味方の施設に改造し,そこで“スピリット”と呼ばれるパラメータの高い仲間のスキルを利用して独自の軍隊を作ることになる。それぞれのキャラクターには,名前とこのスピリットレベルが用意されていて,スピリットの低いキャラクターは敵陣に加担することになる。このスピリットは,善悪両陣営ともに,どれだけミラクルを見せつけられるか,などのイベントで上下するようになっていて,要するに,より多くの信者を集めるのが目的なのである。
 全体的に非常に宗教色の濃い内容だが,そもそも多くの人間が突然消え去るという状況からして,キリスト教信者が天国に引き上げられる推挙(ラプチャー)を元にしており,その後,信仰のない者や異教徒達によって最終戦争が起こるという,どこかキリスト原理主義的な思想が背景になっている。
 ゲーム開発の企画が上がったのが2001年のこと。現在公式サイトで公開されているプレビュー映像も考慮に入れると,あの9月11日のテロ事件が開発の契機になったとも考えられる。近未来といいながら,ニューヨークの風景が限りなく現在に近いのも妙に不気味だ。

開発元: Afkar Media

いつも敵役ばかりなのに不満が募ったのか,アラブ人の視点から中東世界が描かれたRTS「Al-Quraysh」では,ローマ帝国軍の圧政から逃れるため,新興宗教であるイスラムが広がっていく様子が描かれている

 ヨーロッパのキリスト教的な史観とまったく別の方向にあるのが,イスラム教である。欧米を中心とするゲーム業界では,長い間ムスリム達に “敵役”や“悪役”でのみ登場機会を与えており,その伝統や歴史に対する配慮が欠けていた。どこまでもリベラルな,あの「Sid Meier's Civilization」にだって,昔はFanatics(狂信者)という特殊ユニットが存在していたほどだ。
 そこで,イスラム教に対する正当な理解を助けるゲームソフトを制作しようと立ち上がったのが,ダマスカスをベースにするAfkar Mediaである。本連載の古くからの読者であれば記憶にあるかもしれないが,イスラエル軍の戦車に対して投石で立ち向かうパレスチナの英雄を描いたFPS「Under Ash」を制作したのと同じ開発元だ。同社は,アラビア圏の青少年がイスラムであることに自信を持って楽しめることを目標にゲームを開発しているとのこと。そして,ここに紹介する「Al-Quraysh」(英題: Quraish)が彼らの最新RTSとなる。

 Al-Qurayshは,ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフによってイスラム教が興された7世紀からの100年間を描いている。四つのキャンペーンは,それぞれベドウィンの族長,アラブの戦士,ペルシャの僧,そしてローマに属するビザンチン士官の4人の視点から描かれており,どのようにしてイスラム教が広がっていったかを追体験できるようになっているのだ。
 合計で60人におよぶサブキャラクターが登場し,交易ルートや水資源などを抑圧的なローマ兵から守り抜き,勢力を拡大していくのが目的。ラクダや象に乗る兵隊ユニットもユニークである。
 Under Ashとその続編だった「Under Siege」は,アラブ圏で10万本程度販売されるヒット作になったが,単価が10ドル程度であっても大量のコピーが出回り,売り上げ的にはかなり苦戦していた模様だ。もっとも,どこの文化圏でもゲーマーは正直なもの。彼の地のネットカフェでも古めかしいグラフィックスのAfkar Media作品より,「World of Warcraft」や「Counter-Strike」などのゲームに人気が集まる傾向にあるということで,なんとも皮肉な話ではある。

開発元: Shoot First Games

「Drug Overlord」は,新しい麻薬や生産工場に投資し,ライバルと戦いながら勢力を拡大していくという,かなり危ない18禁ゲーム。昔から,「Postal」や「Hooligan」など暴力的なテーマを描くことで話題を集めようとしたゲームは少なくない

 そもそも,イスラム教徒達の欧米諸国への不信には,麻薬栽培の代わりに農作物の導入を受け入れたはいいが,資本主義社会の最下層に身分を置かれることによって,かえって貧困層が増大してしまったということも原因の一つにあるそうだ。そのような矛盾は,イギリスでも「Traffik」というテレビシリーズで話題として取り上げられたことがあるが,ニューヨークの同時多発テロ事件や,イラクやアフガニスタンにおける対テロ戦争が勃発するに至り,そうした農民達の惨状は影に隠れてしましがちだ。
 このような現状を踏まえると,なんとも首を傾げたくなるような作品が,この「Drug Overlord」である。これは,タイトルどおりプレイヤーが麻薬の元締めとなって効果的な麻薬の製造に励み,その収益を元手に支配地域の拡大を進めるという,やや(かなり?)問題がありそうな内容になっている。RTSとしては,明らかに前代未聞のテーマといえるだろう。
 未来の惑星間の戦いを背景とするSFにはなっているものの,マリファナ,モルヒネ,ヘロイン,エクスタシーなど実在するさまざまな商品を開発でき,敵のギャングに対抗するために工場を整えたり軍隊を揃えたりする必要もある。

 もちろん,Drug Overlordは18歳以上を対象にしたゲームで,内容の過激さから販売は公式サイトからのダウンロードに限るなど販路は狭い。しかし,どこかPostalシリーズにも似て,話題性優先で売り上げを得ようとするキナ臭さも感じるのは確かだ。筆者としては,ゲームとして面白かったり過激なテーマに対する真摯さを見せてくれたりしていれば,このゲームが販売されること自体はそれほど問題にすべきでないと思う。だが,表現の自由が保証されているのをいいことに,それを逆手に取った利益優先の商売行為はいかがなものか,と考える。
 このDrug Overlordが良心的なのは,ゲームソフトの購入後30日間は返金が保証されているということだ。ただし,会社の概容や連絡先などの基本情報はほとんどなく,ちょっと怪しげな印象を受ける。本原稿執筆時点では,肝心のダウンロード先もリンク切れのまま放置されているようだ。

 

 


次回は,イギリスで起こった信じられない事件について。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ボードゲーム「モノポリー」の遊び方を二人の子供に教えた奥谷氏。使ったのは「ザ・シンプソンズ」をテーマにしたボードだったが,年齢上適正でないという奥さんの判断で,「ザ・シンプソンズ」そのものは見せていないとか。そのため,子供達はいまいちゲームに乗ってこなかったらしく,奥谷氏,やや不満。そこで,この資本主義の極意とも言えるモノポリーの真髄を子供達に叩き込むべく,ほかのコレクターズエディションを探してみたところ,あの任天堂とのタイアップ版が今夏リリースされることを発見してしまった。というわけで,今では,子供以上に物欲しそうな顔つきの奥谷氏らしい。


連載記事一覧


【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/weekly/kaito/082/kaito_082.shtml