中間選挙の近いアメリカでは,反ゲーム関連の活動が活発になっている。議員の公聴会から裁判まで,毎日のようにゲームに関する話題が報道される中,ついにルイジアナ州が暴力ゲームの販売を規制する州法を制定した。しかもその黒幕と目されているのが,(個人としては)本連載において最も登場回数が多いのでは,と推定される,悪名高いあの人物なのだ。ゲーム業界はいかに反撃していくのだろうか?
ルイジアナで承認された反ゲーム法の裏で笑う,
あの男
11月に予定された中間選挙へ向けて盛り上がりを見せつつあるアメリカ。大統領の任期2年目に行われる中間選挙とは,上下両院や地方自治体の公職者を選ぶ一斉選挙のことで,現職大統領に対する国民の評価が問われることになる。今回の選挙戦では,現在両院を独占している共和党に対し,厭戦気分の高まる国民に民主党がどこまでアピールできるのかが鍵となりそうで,すでにカリフォルニアでも両陣営の中傷合戦にも見えるCMが流れている。
さて,今年の選挙戦で標的の一つになっているのがゲーム産業である。これは共和党,民主党に限らず言えることで,ことゲームの規制に関しては,二大政党が完全に団結しているようにさえ思える。教師連盟や保護者などから賛同を得やすいうえ,ロビー活動が未熟で反対勢力も少ないといった理由から,ゲーム業界はきわめて狙いやすいターゲットなのだ。本当にゲームに害があるのかどうかといった研究はほとんどなされていないにもかかわらず,議員達が自分の政治活動や社会的な貢献をアピールするためにゲームが利用されているとも言える。
あのジャック・トンプソン氏が草案を作成したという反ゲーム法HB1381に署名した,ルイジアナ州知事キャサリン・バビヌー・ブランコ氏。この法律を提案したのも,同じ民主党のRoy Burrell(ロイ・ブーレル)氏だった
最近注目されているのがルイジアナ州で,6月15日には州知事のKathleen Babineaux Blanco (キャサリン・バビヌー・ブランコ/民主党)氏が,法令HB1381に署名し,即日施行されることになった。同法は,暴力表現が見られるゲームソフトの販売やレンタルを規制するという内容で,ミネソタ州,オクラホマ州に続く「ゲーム規制法」の出現となった。違反者には最大1年の禁固刑や2000ドル(約23万円)の罰金など,かなり重い処罰が科せられる。
この新法で注目すべきは,草案を書いたのが反ゲーム弁護士として有名なあのJack Thompson(ジャック・トンプソン)氏であることだ。「未成年に有害と認められるもの」といった,ポルノ規制法と同じ文言が条文中に見られるなど,ゲームソフトとアダルト映画を同列に見なす,いささか過激な内容になっていることに,トンプソン氏は関係者あてのメールで「私個人による成果だ」と自画自賛状態らしい。
同氏は,この法案が通過する一週間ほど前には,ルイジアナ州の地方警察が扱っていた殺人事件に,「ゲームと何か関連があるのではないか」との情報を流して容疑者の自宅を強制捜査させるなど,姑息な世論の扇動も行っていたようだ。以前,本連載でアラバマ州から弁護活動を禁止されたことをお伝えしたが,ゲームに対する執念は相当なものだったようで,まさに敵役にふさわしい復活である。
そもそも,“暴力的表現”とは何なのか?
問題作の多いTake-Two Interactiveだが,「Hot Coffee」問題以後は風当たりも強いのか,新規プロジェクトだったFrog Cityの「Snow」を自主的にキャンセル。これは,麻薬の運搬から密売までを手がけるというPC用ストラテジーゲームだったという
もちろん,ゲーム業界だって事態を黙って見守っていたわけではない。翌16日にはエンターテインメント・ソフトウェア協会(ESA)がルイジアナ州の連邦地方裁判所に対して「言論の自由に抵触している疑いがある」との申し立てをし,HB1381の施行を一時的に差し止めさせている。同協会のプレスリリースによると,会長Doug Lowenstein(ダグ・ローウェンシュタイン)氏も「ほかの州と同じように,このような法律は必ず頓挫する」と強気の発言をしており,さらに「この法案への署名は,ルイジアナ州がゲーム業界にとって近寄りがたいという印象を与えるだけで,同州の経済にも悪影響を及ぼす」と述べている。
これは,2005年末にルイジアナ州が,ゲームメーカーなどデジタル産業に対する税緩和を認める法案を通過させていることを意識しての発言のようだ。また,同州では別のゲーム関連法案SB340が審議されており,こちらのほうは「性的描写のあるソフトを未成年が買うことができない」という記述があるだけで,“暴力”という曖昧な表現はなく,ESAなどゲーム業界団体からは問題視されていない。
そもそも,ゲーム関係者が気にしているのは,この“暴力”(violence)という抽象的な表現にほかならない。例えば,戦争ゲームでタンクが民家を破壊するのは暴力に該当するのか。ボクシングやサッカーのゲームでのコンタクトの描写は暴力としてみなされるべきか。さらに言えば,車の衝突や天災の再現なども,暴力的なのではないか……。
ゲームを作る側は,ギャングの抗争やゾンビ相手の銃撃戦に留まらず,この“暴力”という表現が広く解釈できてしまうことを懸念しているのである。また,ゲームが,プレイヤーの意思によってさまざまな事象を発生させられるというインタラクティブメディアであるため,制作者の思惑とは違うところで,ゲームが“暴力的”にプレイされてしまうことだってあるはずだ。
これからのゲーム企業経営者に求められるもの
このルイジアナ州の反ゲーム法可決に対して,ゲーム業界内からも個人レベルでなんとかしようという有志が出てきた。ソニー・コンピューター・エンターテイメントから発売された「ラチェット & クランク」シリーズで日本でも知名度の高い,Insomniac Studiosの社長,Ted Price(テッド・プライス)氏である。
「スパイロ」や「ラチェット&クランク」シリーズのInsomniac Studiosが手がける最新作は,謎のクリーチャー相手に撃ちまくるFPS「Resistance: Fall of Man」。PC用っぽいが,プレイステーション3専用になる模様
彼は,自らルイジアナ州の連邦地方裁判所に赴き,Academy of Interactive Arts and Science (AIAS)と共同で作成した21ページにわたるレポートを提出。さらに,「Full Spectrum Warrior」「Jade Empire」「God of War」「Medal of Honor: Frontline」「Tom Clansy's Rainbow Six 3」,そして「バイオハザード 4」などのゲームに関するビデオ映像を添えて,「ゲームは,小説や映画,音楽と同じような(芸術的)表現をするためのメディアとしてみなされるべきだ」と説いている。
ラチェット&クランクには,“過激”とは言えないものの,銃やバズーカで敵を撃つ表現が随所にあり,米ゲーム業界が自主監査で行っているESRBシステムでは“Tレーティング”(teen 13歳以上が対象となる)になっている。ルイジアナの法令HB1381では,十分に暴力ゲームとして認められる要素があり,ラチェット&クランクまでポルノと同列に扱われてしまう可能性もあるのだ。
メリーランド州では,5年近くかかって,似たような反ゲーム法が撤回されたばかり。そのことを考えれば,ESAなどゲーム業界団体はまだまだ先の長い戦いを強いられることになるだろう。最近では,大学など研究機関に歩み寄ってゲームを肯定的に捉える“シリアス・ゲーム”のような啓蒙活動も続いているが,全米各地,まだあちこち火種が残っているのが現状である。
映画や音楽業界が歩んできたように,アメリカではゲーム業界による議員らへのロビー活動も本格的に行わなければならない時期へ差し掛かっている。プライス氏のように,ゲーム会社の経営者達には,より強力な政治力も求められることになりそうだ。
次回は,シミュレーションゲームの過去と未来について。