― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年7月12日掲載

 ここ数年,規模の縮小が懸念されていたPCゲーム市場だが,仔細に見ると,オンライン関連での販売実績が大きく伸びていることが分かる。というわけで,最も今後の成長が期待されているのが,経費の削減にもつながるオンデマンド形式のデジタル流通なのだ。ValveのSteamなどにお世話になった人も多いはずだが,今回はそのへんを少し掘り下げてみよう。

 

デジタル世代の流通革命が始まった

 

縮小などしていなかったPCゲーム市場

 

 メディア関連の大手リサーチ会社として知られるNPD Groupの報告によると,アメリカゲーム業界のハードウェアやソフトウェア,そして周辺機器などのアクセサリを含めたセールスの総額が,ついに100億ドル(約1.1兆円)を突破した。2005年度には「Madden NFL 06」(プレイステーション2)の約290万本を筆頭に,約170万本の「Pokemon Emerald」(ゲームボーイアドバンス),約150万本の「Gran Turismo 4」(プレイステーション2)など100万本を超えたソフトは6本しかなかったが,Nintendo DSやPSPなどの新ハードだけで14億ドル(約1500億円)の販売実績を挙げるなど,携帯/モバイル機のハード販売やゲームコンテンツの健闘がセールスを後押しした格好となった。
 その一方,PCゲームは2002年以降の規模縮小が止まらず,市場占有率が10%を割り込み,9億5300万ドル(約1080億円)に減少している。小売店におけるパッケージセールスの総計は約380万本で,前年比で14%減だった。その4分の1近くを「World of Warcraft」(約94万本)が占め,「The Sims 2: University」(約57.4万本)や「The Sims 2」(約55.9万本)が続くという状態である。

 

2005年度の業績が好調だった最大手の小売店チェーンGameStopだが,最近では売り上げの30%を中古ソフト販売に頼っている。今後,どのようにデジタル流通に対応していくのだろうか?

 しかし,この調査はパッケージセールスだけに限定されており,ブロードバンド時代を迎えた時代に似つかわしくないのは明らかだった。そのため,NPD Groupは5月末に改訂版のレポートを公開したのだが,その結果,パッケージ販売以外のPCゲームのセールスが実に14億ドル(約1580億円)もあり,以前の報告に比べ50%近くも跳ね上がってしまったのだ。実際に月額アクセス料を払っているMMORPGプレイヤーのアカウント総数が140万程度と見積もられ,その総額が2億9200万ドル(約325億円),カジュアル系のウェブサイトでの収益が5200万ドル(約57億円),そしてデジタル流通が4200万ドル(約46億円)となっている。
 残念ながら,この見積もりの根拠はまったく提示されていないのだが,とにかく,これがPCゲーム市場のいわゆる「隠し財産」だったわけだ。

次世代流通革命の寵児
“デジタル・ディストリビューション”

 

パッケージ販売だけでなく,Steamによるダウンロード販売でも好調なセールスを記録する「Half-Life」シリーズ最新作の「Half-Life 2: Episode 1」。テレビ番組のように小分けしたエピソード形式を採用し,プレイヤーの金銭的負担も減らしている

 このようにPCゲーム市場の3分の1を占めるまでになったオンラインゲーム,カジュアル系ウェブサイトとそのコンテンツ,そしてデジタル流通の新3大勢力。中でもデジタル流通は,開発者やプレイヤーから大きく期待されている,赤丸付き急上昇の新型流通モデルと言えるだろう。デジタル流通(Digital Distribution)とは,ただオンラインでパッケージをオーダーすることではなく,ゲーム丸ごと,オンデマンドでダウンロード配信するサービスを意味している。ダウンローダなるプログラムをインストールし,そこで一括管理するケースがほとんどだ。
 本格的なデジタル流通サービスの幕開けとして位置づけられるのが,2004年にサービスが始まったValveの「Steam」だ。2004年11月にリリースされた「Half-Life 2」は,Steamでのダウンロードとパッケージを合わせ,最初の2か月で170万本がリリースされているが,そのうちの相当数がSteamによるダウンロード販売だったと思われる。

 

 また,ほぼ同時期に,アメリカのゲームメディアとして知られるIGN Entertainmentが「Direct2Drive」(FilePlanet Download Manager)というデジタル流通サービスを開始しており,Eidos InteractiveやUbisoft Entertainment,さらには2K Gamesとの独占契約などを通じて,大きなライブラリを構築するに至っている。同社は,2005年7月,GameSpyとの統合を機に株式公開を予定していたが,同年9月に世界的なメディアグループとして知られるニューズ・コーポレーションに6億5000万ドル(約730億円)で買収され,ニューズ・コーポレーション傘下のFox Interactive Mediaグループへ入った。
 もちろん,Valveも自社開発のソフトやMODばかりのダウンロードサービスに甘んじているわけではなく,「Rag Doll Kungfu」や「Darmwinia」といったネット上で話題になった独立系のゲームソフトを取り込んだり,「SiN Episodes: Emergence」やWarren Spector(ウォーレン・スペクター)氏の新作など,Sourceエンジンを利用した作品をサポートしたり,さらにカナダのStrategy Firstと販売事業で提携したりなど,かなり多角的な展開になっている。
 さらに,新たなサービスとして注目を集めるのがDigital Interactive Streamsの「Triton」というデジタル配信サービスである。まだ,大きく展開しておらず,インタフェースも未熟な印象を受けるダウンローダだが,ソフトを20%ほどダウンロードした時点でインストール作業などにかかれるというストリーミング技術に期待できる。ライブラリこそ少ないが,夏の話題作の一つ「Prey」が投入されれば,かなり知名度も上がってくるはずだ。

 

 もちろん,ほかの大手企業にしても,この状況を黙って見ているわけではない。Electronic Artsは2005年11月にリリースされた「Battlefield 2: Special Forces」でデジタル配信サービスを試験運用して以来,「EA Downloader」対応のソフトを「2006 FIFA World Cup Germany」や「Black & White 2: Battle of the Gods」などにも広げているし,また,Sega of Americaも,発売されたばかりの「Rome: Total War: Alexander」でオンラインダウンロードをテストしている状況だ。
 このほかにも,Xbox Liveを使ったPCとXbox 360とのコラボレーションを発表したばかりのMicrosoftが,ストリーミング技術を持つExtent Technologiesやゲーム内広告の先駆者として知られるMassive Incorporatedの買収/提携に乗り出すなど,デジタル流通に対して積極的な姿勢を見せている。さらには,Sony Computer Entertainmentが,IGN Entertainmentが開発した「GameSpy Arena」のオンライン技術をライセンスし,プレイステーション3やプレイステーション2,PCを使ったオンライン対戦に互換性を持たせようとしている。
 コンシューマ機での本格的なデジタル配信は始まっていないものの,各社ともデジタル配信サービスに関して相当乗り気になっている様子が見える。

デジタル流通で,次のiTunesも狙える?

 

 たった46億円という小さな市場に対し,これだけ多くのメーカーが積極的に参入表明している理由は,彼らがデジタル流通の未来に魅力を感じているからにほかならない。デジタル配信の利点の一つは,ROMメディアの存在をなくすことで,市場に流通するソフトウェアの25%から35%に達すると推測される海賊版を抑えることにある。以前,Valve社長のGabe Newell(ゲイブ・ニューウェル)氏が「中国では何百万もの人々がCounter-Strikeをプレイしているが,我々にはびた一文も入ってこない」と嘆いていたことを本連載で書いた。Steamのような配信技術を開発したことと,「Half-Life 2」が,パッケージ版を購入してもさらにオンライン認証を必要とする仕様になっているのは,何はさておき,IP保護が最大の目的であると考えられる。

 

Tritonは,新しいオンライン配信サービスの一つ。公式サイトやダウンローダはまだあまり洗練されていないが,ダウンロード中にソフトをインストールしたりプレイしたりできるなどの最新技術を持つ

 “ミドルマン”(仲介人)と揶揄される場合もある小売店だが,デジタル販売では,そうした小売店を介する流通に比べて経費を抑えることが可能になる。さらには,パッケージ/マニュアルの印刷経費の削減も期待できるため,パッケージ販売と同じ50ドルの単価で売ったとしても,開発者の手元に入ってくる金額には1本あたり10ドルから15ドル程度の違いが出るとのこと。
 こうなると,大変になるのが既存の流通だ。業界最大手のゲーム小売店チェーンであるGameStopは,Electronic Boutiqueとの統合により,2005年度の経常利益が前年の6100万ドル(約69億円)から1億ドル(約113億円)へと大幅にアップした。しかし,業界アナリスト達の意見は,「いずれGameStopも自分達でデジタル流通サービスを立ち上げるはず」で一致している。非デジタル流通の大きな部分を担う世界最大のスーパーマーケットWalmartも,すでに音楽ファイルのダウンロードサービスを始めており,今後,エンターテイメントソフトの流通改革に積極的に対応するものと見て間違いない。

 

 目を転じてみると,アメリカの音楽業界のダウンロード販売も急成長している事実が見える。すでに,CDセールスや放送使用料などからなる収益全体の6%にも達していると発表され,実に,そのうちの85%をAppleのiTunesサービスが独占していると言われている。要するに,「先行者有利」の図式がかなりはっきりしているわけで,デジタル流通のスタンダードになるべくゲーム業界各社が奔走するのもうなずける。ゲームのパッケージをずらりと自分の部屋に並べられるのに意義を感じる人もいるだろうが,音楽に関する限り,ユーザーはその所有権をすんなりと放棄しつつある。
 デジタル配信による流通改革は,もはや避けられそうにはない。筆者自身,SteamやDirect2Driveのようなダウンローダを利用する機会が増えており,自室にいながらソフトの購入ができることを,ゲーマーのごく普通の権利と感じている。数年後には,小売店でゲームを物色していた自分の姿を,懐かしく回想するのかもしれない。

 

 


次回は,世界各国のゲームイベントについて。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。最近では電子機器から衣類,昆虫から熱帯魚までオンラインで購入するようになったという奥谷氏。記事でも紹介したSteam,Direct2Drive,Tritonのダウンローダもとっくのとうにインストール済み。しかし,ソフトをダウンロード購入したにもかかわらず,全然プレイしていないゲームがいくつもあるのだとか。「ダウンロード購入は手軽すぎて,買った実感がわかないね」と笑っているが,これではテクノロジーを利用しているのかテクノロジーに利用されているのか……。読者もぜひ奥谷氏の姿を他山の石としてほしい。


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