ちょっとしたゲーマーに,「アメリカのゲームイベントといえば?」と聞けば,多くは毎年5月にロサンゼルスで開催されている,世界最大のゲーム業界トレードショウ「E3」(Electronic Entertainment Expo)を挙げるはずだ。最近では,大手メディアやファッション雑誌でも取り上げられるほど,若者のカルチャーアイコンとして成長したE3が,次世代コンシューマゲーム機競争やオンライン流通が激化する中で,大きな変化を遂げようとしている。
業界団体ESAがE3の進化を発表
1995年以来,12回にわたって行われてきた“ゲーム業界最大のイベント”「E3」(Electronic Entertainment Expo)が,2007年度から大きな変化を遂げる模様だ。主催者である業界団体ESA(Electronic Software Association)が7月31日に発表したところによると,「よりターゲットを絞り込んだ,個人ベースでの会合による密着型のイベント」になる予定という。これまで,18歳以上の業界関係者6万人が参加していたイベントが,一挙に「招待者のみの5000人が参加可能」という規模に縮小するものと見られている。
E3改革が行われる。6万人の参加者のほとんどは,ロサンゼルス市外から訪れていたため,ホテルやタクシーなどの利用率も高かった。規模の縮小により,同市は約60億円(5000万ドル)の利益機会を損失するとの見積もりもある
E3は,1994年当時は毎年6月と12月に行われていた「CES」(Consumer Electronics Show)から独立する形で発足したESA(当初はDigital Software Association)が開催してきたイベント。最初のE3が開催された1995年は,アメリカでセガサターンが発売されたばかりで,プレイステーションやバーチャルボーイが市場に投入される直前ということもあり,ゲーム業界にとっては新時代の幕開けを象徴するイベントでもあった。
ESAは,アメリカでゲーム関連のソフトやハード,そのほかのサービスを提供する各種企業による連合団体。アメリカゲーム市場は8000億円規模だが,この90%はESA加盟企業によるものだという(日本企業も含む)。同団体の会長であるDouglas Lowenstein(ダグラス・ローウェンシュタイン)氏は,「インタラクティブ・エンターテインメントの世界は,この12年で大きく変化しています。ここしばらく,世界のメディアや開発者,流通元,そして業界のキーオーディエンスと個人的な会話を持てるような,もっと親密で質の高いプログラムが,我々には必要だと考えていました」と,プレスリリースの中で語っている。
つまり,我々が親しんできた,“華やかで迫力のあるゲームの祭典”は終焉を迎えたのだ。
とはいえ,ローウェンシュタイン氏の懸念はもっともである。筆者のようなメディア関係者がE3の場でインタビューをするような場合,一つの作品につきだいたい30分から1時間の取材時間が用意される。つまり,1日9時間歩き回ったとしても,3日間で60作見ることができれば,上出来ということになる。E3には例年,2000作品(PC向けは300作品ほど)が出展されているので,出展作品の多くは通りがかりにデモを見たり,テストプレイを軽くする程度が精一杯だ。
これでは,出展者側の思惑とは裏腹に,過小評価されてしまう可能性もある。となると,出展者やメディアばかりでなく,ニュースを待ち望んでいるゲームファンにとっても良いことではないだろう。
“ゲームの祭典”の陰にあった問題点
ESAがE3の開催時に各社からの出展料などから得るのは,毎年約23億円(2000万ドル)ほどとされており,ESAはこれを元手に市場の管理やマーケティング活動を行ってきた。しかし,ブースを構える出展者にとっては,ショーフロアのスペースを借りるだけでも数千万円の出費となり,そこに送り込む機材や人員を含めると,数億円単位での費用を捻出しなければならない。
にもかかわらず,E3のトレードショウとしての色合いは既に薄くなっており,ショーフロアにおいてリテールからのオーダーを取り付けるような商取引は,最近ほとんど行われていないという。つまり,メディアを介した市場への宣伝こそが近年のE3における大きな意味であり,参加企業はそのためだけに回収を期待できない過剰投資を続けなければならないのだ。しかも,クリスマス商戦には早過ぎる専用デモを開発するといった負担まで,強いられていたことになる。
ESA設立以来会長職を担うローウェンシュタイン氏は,ゲーム規制に対する政府への働きかけや,各国での不法コピー問題への取り組みなど,精力的に動いている
E3には,“偽メディア”や“自称バイヤー”が氾濫していたのも事実である。イベント開催の数か月前から自前のニュースサイトを立ち上げ,ジャーナリストと称してE3に潜り込む大学生はまだマシなほうだ。ゲームについてまったく知識を持ち合わせていないような高齢者や,明らかに18歳という年齢制限未満の青少年達が,ショーフロアでもらえる無料の景品を目当てに歩き回っているのは,E3に参加したことのある人ならば何度となく見たことがあるはずだ。
さらに,映画のプロデューサーから大学関係者,ゲームを正規販売していない地域の海外メディアまで,クリスマス商戦に何のプラスも及ばさない分野からの入場者も,ここ数年で大幅に上昇していた。
問題なのは,商品を紹介しているデモ担当者にとって,参加者が一体何者なのかを判別しがたいという点だ。30分をかけて自分が手がけているゲームを説明しているのに,「これはコンピュターグラフィックスなの?」といったすっとんきょうな質問をされたり,特定のゲームのファンが展示ブースを独占してしまったりしてはたまったものではない。
その結果,Take-Two InteractiveやBethesda Softworksのように,せっかく賃料を支払って借りたショーフロアに,外部から中が覗けない監獄のような箱型ブースを作り,完全アポイントメント制にしてしまう企業も出てくるという事態になっていたのである。
E3の今後とインパクト
Electronic ArtsやMicrosoft,ソニー・コンピュータエンタテインメントといった大型企業ほど,今回ESAが発表した改革に対して前向きなのも,やはりこのような億単位の経済的な負担に対して,「(E3に出展することで)どれだけマーケティング効果があるのかが分からない」と懐疑的になっているからだろう。23億円という収益損はESAにとっては痛手だが,米GameSpot誌が報道するところによると,「複数のメジャーなパブリッシャは,ESAの減収を穴埋めするために,最大で約6億円(500万ドル)ずつを補填することで合意している」らしい。
2007年度のE3について,ESAは同組織のメンバーらと協議しながら,今後数か月をかけてイベントの骨格を作っていくとしている。大きなパブリッシャは,すでにE3に前後して,単独のゲームイベントを開催するのが恒例になっているし,時期をずらしてメディアを自社に招待するというようなことも行っている。これらの企業が,ESA主催のイベントに投資しただけの効果を期待できるようにするため,どのように折り合いをつけていくのか,そして影響力の弱い独立系の企業が注目を集められる機会を保証できるかなども,協議の焦点になっていくものと思われる。
E3では,前日に会場外のホテルなどの静かな環境で,自社ソフトを説明するような企業も多い。じっくりと話が聞けるということで,プレス関係者にも好評であるようだ。写真は,2005年度のActivisionプレイベント発表会のもの
もっとも,最近は多くのパブリッシャが会場のショーフロア以外の静かな場所に個室ブースを設けており,メディア関係者はそこでデモを見せてもらったり,開発者のインタビューを行ったりするのが,当たり前のものになっていた。新生E3はおそらく,このような個室ブースに重点を置いたものになるのだろう。
筆者自身も,この改革についてはかなり期待している。“足でネタを探す”という,無名のゲームを探し当てる楽しみがなくなるのは残念だが,デモ担当者の声が聞き取れないほどの喧騒の中を,右往左往しながら取材しなくて良くなるのには大歓迎だ。
ただ,ESAは北米での活動を目的に設立されたものであり,E3も北米市場をターゲットにしていることから,今後4Gamerのような海外メディアがE3でどのような立場になるのかが不明確であるのは,心配なところだ。E3では北米市場だけに集中し,日本での展開を予定するパブリッシャは,東京ゲームショウのような地域密着型のイベントに力を入れることになるのかもしれない。
また,“ファンボーイ”と呼ばれるような,即席ウェブサイトを作っただけのE3参加者も,決して宣伝効果はゼロではなかったはず。彼らは実際,ゲームを非常に深く愛しているため,彼らのようなコアゲーマーを通じての口コミは,既存のメディアにはないリアリティがあるものだ。
アメリカには,東京ゲームショウやGames Conventionといった一般参加型のゲームイベントが存在しないに等しく,今後はこのようなファンサービスも必要になってくるだろう。新生E3は,北米市場の改革となるか,それとも新たな迷走を呼ぶことになるのだろうか……?
次回は,「欧米業界でのアップダウン」について。お楽しみに。