何でもアリの"荒野の大西部"といえるMMORPGに,また一つ新たな火種が加わった。4月20日に発表されたSony Online Entertainment社の「Station Exchange」は,アメリカでは初めて,オンラインでのゲームアイテムのオークション売買を公式化したことで業界やファンの大きな注目を集めているのだ(関連記事は「こちら」)。今回は,Station Exchangeに対する賛否両論から,今後予想される事態までを紹介する。
SOEのStation Exchangeは,まずは「EverQuest II」で6月から正式スタートする。クレームへの対応から税収問題,ゲームバランスへの適応など,解決すべき問題は山積みである |
この発表を受けて,当然業界には大きな波紋が広がっている。そもそもMMORPGとは何か,という命題にも関わる問題になりそうな気配だ。
Station Exchangeとは,プレイヤー間でゲーム内アイテムやキャラクターそのものを直接取引させるシステムで,SOEが公式に運営することで,より安全なオンライントレーディングの場を提供する意図があるという。
同社のMMORPGでも,現行のほとんどの作品がそうであるように,その世界で優位に立つには多大なゲーム時間を費やす必要がある。そのため,他人が育てたキャラクターや好みのレアアイテム,ゴールドなどを現金で買い求め,ゲーム上で受け渡してもらうほうが手っ取り早いと考えるプレイヤーも少なくないわけだ。
SOEのプレスリリースによると,現在MMORPG全般の("非公式"のサイトで行われている)RMT(Real Money Trading/実世界の金銭による取引)の総額は,アメリカだけでも最大で850億円にのぼるとのことで,また同社のフラッグシップである「EverQuest」と「EverQuest II」だけで,その20%近くを占めるとの試算が出ているという。
現実問題として,プレイヤーだけに任せておくには巨大すぎるマーケットなのである。
韓国ではすでに,キャラクターを依頼主の好みに合わせて育て上げ,現金と交換で引き渡すというようなビジネスも出来上がっている。
ただこういうビジネスが成立したとして,買い手となるプレイヤーにとって気になるのは,オンラインデータの受け取りだろう。約束の金額を振り込んでも,本当にそのアイテムなどを渡してくれるのか保証はないし,実際EverQuest初期にそのような詐欺行為の被害に遭った人が,不法行為を黙認しているとしてサービスプロバイダであるSOEを訴えたこともあった。このため同社は,eBayなどアメリカの有名オンラインオークションサイトにおける,ゲーム内データの取引を一切禁止したという経緯がある。
Station Exchangeでは,売り手となるプレイヤーがアイテムもしくはキャラクターを売りに出すことに決めると,そのデータはゲームサーバーからStation Exchange専用サーバーへと移される。
買い手はこれらの出品物を自由に閲覧でき,クレジットカードやPayPal(※)で決済すると,ゲームサーバー内の買い手側のアカウントに転送される。このようにアイテムの受け渡しを自動化することによって,これまで懸念されてきた詐欺行為を防ごうというわけだ。
Station Exchangeによって自社の管理範囲内にプレイヤーを留めておけるし,売り手からはサービス利用料として小額がSOEへと流れる仕組みになるので,プレイヤーがオークションを活用すればするほど月額利用料以外の収入が見込めるという寸法だ。
※PayPal……アメリカ最大のオークションサイトeBayを始めとするEコマースで広く利用されているオンライン決済システム。口座番号やクレジットカード番号を事前にPayPalに登録しておくため,個人情報を相手に知らせることなく安全に売買できる。
●MMORPG市場の伸び率と今後の予想(全世界)
2003年 | 1995億円 |
2006年 | 5460億円 |
2009年 | 1兆290億円 |
(2005年 DFC Intelligence調べ)
現在のところバーチャル通貨の非公式販売サイトとして世界最大規模を誇るIGE。日本語サイトもあり,「ファイナルファンタジーXI」の通貨である"ギル"も売買可能。Station Exchangeが登場しても,このような裏マーケットは引き続き拡大していくと見る向きは少なくない |
新しいプレイヤー層の獲得にどれだけ有効なのかをここで論じるつもりはないが,メジャーなMMORPGでオークションシステムが正式導入されることに関して,否定的な立場を取る業界人は少なくない。
その急先鋒が「Dark Age of Camelot」のMythic Entertainment社で,同社の社長兼CEOであるマーク・ジェイコブズ(Mark Jacobs)氏が公式に声明文を出すまでに至っている。その内容は,「ゲームキャラクターやアイテム,ゴールドを売買したり,プレイヤー同士の売買から漁夫の利を得たりするのは間違っている。MMORPG業界の歴史の中で,最悪の決定だ」と,実に厳しい。
また彼は,「サーバーチェンジを行うときにアイテムが消滅するような事態が起こればプレイヤーの不満を買うだろうし,このままでは裏マーケットを封じるのではなく,さらに活性化することになりかねない」ともコメントしており,サービス開始から2日もしないうちに問題で溢れ返るのではないかと予想している。
ジェイコブズ氏の指摘には一理ある。Station Exchangeでの取引はSOEの責任の下に置かれるため,これまで以上に大きな訴訟へと発展することは十分にあり得る。またオークションによって利益を得ることをゲーム参加の目的にしたプレイヤーも増えてくるに違いない。
また,RMTを念頭に設計されたゲームでないと,例えばすでに問題になっている,レアアイテムを持つモンスターのリスポーンポイントでのキャンピングや,ほかのプレイヤーへの妨害行為に拍車を掛けることにもなりかねないという懸念もある(こういうシステムが一朝一夕で発表に至るまで完成するとは思えないし,Station Exchangeに真っ先に対応するEverQuest IIに関しては,おそらくはこの手の取引を念頭に置いて設計されていると見ていいだろう)。
オンラインオークションの公式サポートは,"MMORPGとは何か"という前提にも関わってくる。
EverQuestや「Star Wars Galaxies」は,そのテーマや世界観は異なっていても,"大人数同時参加型のRPG"という意味では同じだ。RPGの基本概念を「プレイヤーが主人公になりきって,与えられた世界で冒険し,成長していく」ことであるとすれば,オンラインオークションでレアアイテムを揃えることはおろか成長済みのキャラクターまで購入できるとなれば,もはやRPGの体をなさないのではないだろうか。
レベル上げに苦しみながらも仲間と旅を続けてミッションをこなす……といった行為が必要なくなるし,資金を持ち寄って小屋から城持ちへと拡大させていく楽しみもなくなる。
「エバークエストII 日本語版」の運営元であるスクウェア・エニックスが明言しているわけではないが,以前「こちら」の記事でお伝えしたように,同社のRMTに対する姿勢が変わりつつあることから,日本語版がStation Exchangeに対応する可能性は,十二分にあるといえるだろう |
しかも,Station Exchangeでは取引が合法的に行えるし,かつ(比較的)安全なのである。優秀なキャラクターも,レアで見た目の良いアイテムも,すべて新加入者でもゲーム開始その日に手中に収めることが可能になるのだ。
このようなオンラインオークションによる売買が一般化するということは,"持てる者"と"持たざる者"に格差を生み出すとも言え,従来のスローなペースでのプレイを続けたいと願う人達は,馬鹿を見るだけのような結果にもなりかねない。レアアイテムのリスポーンポイントに人気が集まる一方,その他多くのマップでは人影もまばらとなり,ゲームバランスやサーバー負担までデザインの根本から揺るがせることになるだろう。商行為を優先させる"持てる者"がおいしいトコ取りするばかりで,金銭的に余裕のない人,地道なゲームプレイを楽しみたい人,新参でわけが分からない人は興醒めしてしまう恐れもある。
否定的な意見を多く書いてしまったが,オンラインオークションは,MMORPGの将来に不可避な"流れ"であるのは間違いないと思われる。すでに,多くのゲームでオークションが容認されているし,運営側がゲーム内でオークションイベントを開催することもあるほどで,プレイヤーの間にも少しずつ浸透しているのは疑いようのない事実である。
つまるところ,「自分の趣味に投資する」という実社会のルールが仮想世界の仮想アイテムに適応されるだけの話であり,そのことを念頭に置いたゲーム開発も今後のMMORPGには必要になってくるはずだ。
それだけに,SOEのStation Exchangeは先駆的なのだ。オークションを導入するにあたっての問題点の洗い出しや,ビジネスモデルの方向性を占ううえでベンチマークとなるはずで,MMORPG業界が注目しているのも頷けるのである。