今回は予定を変更して,このところ台頭の目立つカジュアルゲームについて,最新事情をお伝えする。カジュアルゲームと聞くと,低予算かつ低品質なゲームを想像してしまうかもしれないが,約3兆5000億円というアメリカのゲーム市場において,今や開発者側,プレイヤー側の両者にとって,無視できない存在へと成長している。
■韓国でMMORPG離れ?
当サイトのコンテンツ「ゲームトリックス 〜 韓国MMORPG人気レポート」は,韓国全域にあるPC BANG(ゲームに特化したインターネットカフェ)千数百店舗から,ゲームタイトルごとのプレイ時間を集計している。このデータの提供元である韓国ゲームトリックスの公式サイトにアクセスしてみると,賞金のかかったゲーム大会も頻繁に行われている「Counter-Strike」と「StarCraft」の占有率が,韓国のゲーム市場において今なお双璧となっているのが分かるだろう。
韓国のゲーム業界で最も話題になるのはやはりMMORPGジャンルだが,このゲームトリックスをじっくりと見ていると,ある面白い事実に気づく。それは,当サイトが掲載を始めた2004年3月以降,確実に総利用時間が減ってきているということだ。
下のチャートは筆者が作成したもので,「Lineage」および「Lineage II」のデータから5週間分ずつ数字を抜き出しグラフ化した。第一回の掲載となった3月12〜18日の集計を頂点に,今ではほぼ半分の状態にまで落ち込んでいる。
Lineageの両作品は,韓国MMORPG市場において,常にトップを独占してきた。この2作で総利用時間が半減したのだから,韓国におけるMMORPG界全体で,そういう傾向にあると考えていいだろう。
千数百店舗から集計したゲームトリックスのデータを使い,「Lineage」と「Lineage II」の総利用時間(分)の5週間単位での変動を調べた
現在,アクティブなMMORPGプレイヤーは全世界で500万人程度と試算されており,またこの数字が増加傾向にあるのは間違いない。中国やインドはもちろん,アメリカやヨーロッパにもまだまだ潜在的なプレイヤーが存在するはずで,インフラが整えられていくにしたがって増えていくだろうことは十分に予想できる。
しかし,ゲームトリックスを先ほどとは別の角度から眺めてみると,総利用時間が100万分を超えているMMORPGは,常に6〜7本ほどしかないことが分かる。途中で「World of Warcraft」などいくつかのタイトルが上がってきているものの,そのメンツは,この1年半の間でほぼ変わっていない。
MMORPG以外のゲームを含めると,人気オンラインゲームの占有率はCounter-Strikeの18%とStarCraftの12%で市場の3割を独占しており,10位のゲームはすでに2%以下に落ち込んでいるという状態だ。
そんな中,マリオカート風の対戦アクションゲーム「Kart Rider」が,ここ1年ほどで台頭してきている。2004年6月のβテスト開始以降,大きな人気を獲得しているのだ。
同じ頃からLineageシリーズの総利用時間が減少し始めており,今ではKart Riderが先述の2強と共にトップ3の位置に安定。現在のところは,Lineage,Lineage II,そしてWorld of Warcraftがこれに続いている。
時間的にも金銭的にも,多くを費やさなければならないMMORPGは,敬遠される傾向にあるのだろうか。
■カジュアルゲーム制作に転身する開発者達
韓国は,世界的に見て少し特殊な市場であるのは確かだ。とはいえ,アメリカでも「The Sims」シリーズなど"非MMOゲーム"がランキング上位を独占しているなど,やはりMMO離れの傾向があるのは否めない。また,ごく一部のソフトに人気が集中し,そのほかのタイトルは苦戦を強いられるというのも,全世界的な傾向だろう。
資金的に余裕のある企業なら,ゲームプレイで新機軸を打ち出したり,優れたグラフィックスエンジンを開発したりすることや,映画や有名人,スポーツ組織といった各種版権の獲得に体力を注ぎ込むことで,なんとか生き抜いていけるかもしれない。しかし中堅以下のデベロッパにとっては,厳しい状況といえるだろう。
その結果,数か月で開発を終えられるカジュアルゲームや,携帯電話用ゲームの開発に流れていく開発者が多くなるのも当然だ。皮肉なことに,このようなカジュアルゲームが,エンターテイメントソフトで最も成長する可能性を持つ分野として,浮上してきたのである。
Pocketwatch Gamesを設立したAndy Schatz(アンディ・シャッツ)氏は,このケースの具体例といえるだろう。
彼は元々,ヨーロッパ圏でのゲームソフト販売を担うTKO Softwareという会社のメンバーだったが,2004年末に退社してPocketwatchを設立した。その最初のタイトルである「Wildlife Tycoon:Venture Africa」は,情報が流れるにしたがって徐々に話題になり,IndieGames Conという独立系ソフトのコンテストに入賞したことで一気に人気に火がついて,某サイトでは「最も期待のシミュレーションゲーム」の上位にランクインされている。
実のところ,このWildlife Tycoonはゲーム制作の資金を集めるまでの"つなぎ"として作っていたものらしく,自社のWebサイトのみで販売しようと考えていたそうだ。しかし,このような情報に耳をそばだてているのがパブリッシャというもの。2005年10月に,MamboJamboというカジュアルゲームのパブリッシャが,Wildlife Tycoonの版権を獲得することで合意した。
MamboJamboはカジュアルゲームが専業なだけに,ウォルマートやターゲットなど,ゲーム小売店以外の販売ルートを持っている。大金を手にすることが濃厚となったシャッツ氏は,予定していたビジネススクールの入学を諦め,次の作品も視野に入れて開発チームの拡充を行うことにしたようだ。
■販売や流通の変化に順応するカジュアルゲーム
Pocketwatch Gamesとシャッツ氏の例は,実際にはさほど珍しいものではないのかもしれない。
最近は,America Onlineの「AOL Games」やYahoo!の「Yahoo! Games」のような巨大プロバイダーのゲームサイト,RealPlayerのゲーム配信機能である「RealArcade」,さらには全米ネットワークTBS(Turner Broadcasting Systems)の手がける「GameTap」など,既存の小売店は利用せず,巨大なカジュアルゲームのライブラリを武器に,直接ユーザーにダウンロードさせたりストリーミングで提供したりするゲーム配信サービスが増えている。
IndieGames ConでWildlife Tycoonと共に出展されていたGarageGamesの「MarbleBlast Ultra」も,Xbox 360世代のオンライン専用配信サービスX-Arcadeのラインナップの一つとして,Microsoftと契約を結んだばかりだ。
これらのサービスにゲームを提供する開発者の中には,たった一人ですべてを制作するようなツワモノもおり,数千万円もの年収を稼ぎ出している人も多い。その半面,開発費は1万ドル(約115万円)を超えることはほとんどなく,先述のWildlife Tycoonも,たった6万ドル(約690万円)という低予算だった。
このように少ない経費で,巨万の富を得られるカジュアルゲーム市場は,PCゲームの黄金時代だった'80年代後半〜'90年代前半を思い出させる。PCゲームでもコンシューマゲームでも,今では20億〜100億円もの制作費をかけるのが普通になっているが,開発者個人の収益では,仲介の少ない携帯電話用ゲームやカジュアルゲームに軍配が上がるようだ。
米ゲーム業界の重鎮Warren Spector(ウォーレン・スペクター)氏も,GDC 2005で「(既存の)パブリッシャは潰れるほうが良いのかもしれない。そうしなければ,我々デベロッパは生活できないし,次の波に太刀打ちできないだろう」とコメントしていたのが興味深い。
アメリカでは,未だ1.5〜5Mbps程度のADSLやケーブルテレビ回線が主役だが,それでも人口の60%ほどまでブロードバンドサービスが行き渡ってきており,それに合わせ,気軽にゲームを楽しむ層も増えている。
マーケティング会社DFC Intelligenceは,現在のカジュアルゲーマー層は1%ほどながら,2010年には5%ほどへと成長し,その後もかなり速いペースで増えていくはずだと予想している。"18〜35歳の男性"というゲームユーザー層のイメージはすでに崩れつつあり,現時点でも女性の割合が半数を超える勢いなのだそうだ。
もちろんカジュアルゲームも,いずれ各配給元のライブラリが飽和状態になることが予想できるし,わずかな人数で,開発からセールスまでに奔走しなければならないなど,問題をはらんでいないわけではない。
しかし,そもそもMMORPGや本格的なゲームが今以上に普及するために,まずプレイヤーの裾野を広げる必要がある。ゲームプレイや,その入手方法など,さまざまな意味でハードルの低いカジュアルゲームの普及が,部分的に既存のゲームのシェアを奪うことになったとしても,最終的にはむしろ本格的なゲームにマーケットチャンスを与える存在になるのではないかと,期待する次第である。