FPS,RTS,アクションRPGなど,新ジャンルが次々と生まれていた10年ほど前と異なり,ここ何年かは革命的なゲームジャンルがまったくといっていいほど誕生していない。しかし最近になって,聞きなれないジャンル名が欧米の業界内で広まりつつある。"ARG"もしくは"リアリティゲーム"と呼ばれるこのジャンルは,果たしてどのようなものだろうか。
■深夜にプレイヤーに電話をかけるゲーム
「誰かがドアを蹴り破ろうとしている! 助けて!」
ある夜,受話器を取ると,女性が泣き叫んでいた。筆者はこの女性の声に聞き覚えがなく,心当たりもなかった。しばらくして,先週送られてきた奇妙なFAXと関係あるのかもしれないと思い当たる。もう一度FAXを手に取り,キーワードと思われる文字をインターネットで検索してみると,先週には存在していなかった奇妙なサイトがヒットした。何かを告発しているサイトだったが,中央に妙な空白がある。ここに何か書いてありそうなのだが……とマウスを使ってそのあたりを範囲選択してみると,反転表示によって,その空白部分に電話番号と思われる数字が浮かび上がった……。
これは,2001年6月にElectronic Artsがリリースした「Majestic」というゲームソフトで,筆者が実際に体験したことの一部分である。ずいぶんと前のことなのでおぼろげにしか覚えていないが,この電話番号に一度かけると,電話の向こうの男性から一方的に「どうやって電話番号を知ったのだ!」と怒鳴られた記憶がある。ゲームの謎解きを行うたびに心臓はバクバクし,しばらくの間は夜の電話にドキリとしてしまうほどの恐怖感まで植えつけられた。
Majesticの副題は,「It Plays You」(ゲームがあなたをもて遊ぶ)。ゲーム内世界が実世界を浸食し,プレイヤーは陰謀に巻き込まれるサスペンス映画の主人公のような体験を味わえるという,"新時代を予感させる"ゲームだった。
Majesticは,厳密にはゲームソフトではないし,コンピュータゲームというカテゴリにも当てはまらない。パッケージを購入した直後にプレイヤーが行えるのは,なんとレジストレーションのみ。しかしそのあと,前述のインターネットでの検索や電話,FAXをはじめ,Eメールやインスタントメッセンジャーなど,さまざまなコミュニケーションツールをフル活用して,ゲームを進めていく。
本作のストーリーは,その手のファンの間では有名な「ケムトレイル」と呼ばれる,政府の陰謀説を中心に展開していく。架空の開発元Anim-XがFBIの不当捜査を受け,公式サイトも閉鎖されたという情報が伝わるなど,本当がどうか分からないような事件によって,ゲームはどんどんと進んでいった。もちろん,筆者と電話で話した殺されかかっていた女性や恐い男性は,Electronic Artsが用意した役者達だったわけである。
残念ながら,半年ほどでMajesticのサービスは終了してしまった。月額制のオンラインゲームの一種ではあったものの,あまりにも斬新すぎたためか,5万人程度ほどしかプレイヤーを集められなかったようだし,同年に発生したニューヨークのテロ事件の影響もあったといわれている。
■リアリティ・ゲームという新たなるジャンル
Majesticは短命に終わったが,最近になって,現実とゲーム世界を交錯させるタイプのゲームが,ジワジワと増えている。最近では,リアリティ・ゲーム(Reality Game)もしくはオルタナティブ・リアリティ・ゲーム(Alternative Reality Game:ARG)というジャンル名まで作られており,多くのゲーマーに認知されるようになるのも,そう遠い話ではないだろう。
現在最も話題になっているのが,「Perplex City」というゲームである。2005年5月に行われたE3(Electronic Entertainment Expo)でも,すでにこのゲームの宣伝が行われており,妙なパズルを配る男がフロアを徘徊していたり,ハッカーと称する人物二人が通路で大声を出しながら喧嘩を始めたり,アチコチに「Lost. The Cube」と書かれただけの,懸賞金つき広告ステッカー(?)が貼られていたりと,ほとんどの人には現実のものと区別できないような暗号が,会場中に溢れていた。
これに先だって,Perplex Cityの公式サイトでプレイ登録していた300人ほどにはミステリアスな郵便物も送られており,さらにはE3会期中にはテレビ局で,ゲームに登場するキャラクターと同名の人物が"有名ゲームデザイナー"としてインタビューされるという,大がかりな仕掛けもあった。
これらはどれも,ゲームの存在を知らない人なら不審に思うこともない,選ばれたプレイヤー達だけへのメッセージである。存在を知る人達は,オンラインコミュニティを形成して情報交換し,まるでアームチェアディテクティブ(ミス・マープルや,シャーロック・ホームズの兄マイクロフトに代表される,外出せずに話を聞くだけで事件を解決する探偵)のように,遊びを楽しめるというわけだ。
MajesticやPerplex Cityは少し極端な例だが,ここまでいかないまでも,現実世界に一歩踏み込んだゲームは確実に増えてきている。例えば「Brothers in Arms」は,実在した人物を実名で登場させるなどしており,ヨーロッパ戦線での銃撃戦を,現実に起こったことだと認識しやすくなっている。
同タイプでは,サダム・フセインを隠れ家で発見するまでのイラク戦争を描いた,「Kuma War」というFPSもある。現在は無料でダウンロードできる状態だ。またPCゲームではないが,ニンテンドーDSの「ニンテンドッグス」は,バーチャルのキャラクターがペットとしての役割を十分に果たしている。
また少し違った視点からARGへのアプローチを試みているのが,ドイツをベースにするReplay Studiosである。以前,当連載の「ドイツゲーム」でも少しだけ触れたが,彼らが開発中の「Survivor」は,タイタニック号の沈没から広島の原爆投下まで,実際にあった事件や災害を,ゲームで体験するという内容になっている。
現在のPCのグラフィックスや物理演算能力は,陰謀をテーマにしたり,役者を使ったりしなくても,十分プレイヤーにゲーム世界を現実だと認識/錯覚させられる領域にまで来た。「Myst」で有名なCyan Worldに最近まで所属していたアーティスト,Steve Ogden(スティーブ・オグデン)氏も,ゲームがどこまでリアルになるかについて,「アートはもうすぐそこまで来ている。あとはゲームプレイの問題だ」と話している。
そのゲームプレイを作り出すために,現在は,実世界で起こっているイベントをゲーム内に持ち込むことで,現実とファンタジーが交錯したときに生じる諸問題に対処している段階だろう。映画「トータル・リコール」や「マトリックス」のような世界も,我々の手の届くところまで来ているのかもしれない。