同じ1996年に,同じ「Quake」エンジンを使ったゲーム開発で起業したのが,Ratual EntertainmentとValveの2社である。この二つの会社は現在,デジタル流通システムを利用した“エピソディックゲーム”という新しい販売方法に取り組んでいるが,どちらも次回作のリリースが遅れており,どうやら開発が暗礁に乗り上げているという雰囲気。この二つの会社を眺めつつ,エピソディックゲームの現状を解説していこう。
10年目を迎えたRitual Entertainmentの異変
このところ,「SiN Episodes: Emergence」などのデベロッパとして知られるRitual Entertainmentの周辺が騒がしい。短い間に,副社長のTom Mustaine(トム・マステイン)氏,HAL9000のハンドル名で知られたレベルデザイナーのJohn Scatch(ジョン・スカッチ)氏,品質管理を担当し,ファンコミュニティを一人で切り盛りしてきたMike Russell(マイク・ラッセル)氏,そして同社を5年にわたって引っぱってきたSteve Nix(スティーブ・ニックス)氏らが,次々と退社してしまったのだ。いずれも,Ritualの顔としてファンの間では有名だった人々である。
テキサス州ダラスに本拠を置くRitual Entertainmentは,1996年に「Quake Mission Pack #1: Scourge of Armagon」でデビューした開発会社で,1998年の「SiN」で,id Softwareや3D Realmsなどダラスをベースにする有名スタジオの仲間入りをした。現在,40人ほどのメンバーがおり,「SiN」のエピソード2のほか,二つほどのプロジェクトが進行しているらしい。
「Half-Life 2: Episode 1」よりも一足早くリリースされた「SiN Episodes: Emergence」だったが,当初は2006年中にも発売されるとウワサされていた2作目は,開発開始の正式発表さえも行われていない。キーマンが次々に退社しており,今後が心配されるところだ
Steve Nix氏の後任には,同社のビジネス部門を統率していたKen Haward(ケン・ハワード)氏が就任しており,同時に配布されたプレスリリースでは
「2007年度は,我々にとって良い年になりそうです。今のプロジェクトが終了し,新作の開発がスタートします。私は,この会社でリーダーシップを発揮できる機会を与えてもらったことに興奮を覚えており,開発チームから大きなサポートを得ていることに感謝します。社内にはポジティブなエネルギーが溢れています」
と楽観的な見方をしている。id Softwareにおいてビジネス開発ディレクターに就任したNix氏も,同じリリースの中でRitualにエールを送っている。
しかし,Ritualは2002年あたりから資金繰りが悪化していたのも確かで,何度か開発チームの縮小を行っている。2004年にも,技術ディレクターだったSteven Peeler(スティーブン・ピーラー)氏,そしてレベルデザイナーのThearrel McKenny(セアレル・マッケニー)氏らが退社し,それぞれSoldak EntertainmentとFutrix Studiosという会社を起業している。
事実,Ritual Entertainmentは,2003年の「Star Trek: Elite Force II」以来,独自開発したタイトルにおいてヒット作が誕生しておらず,ここしばらくは,セカンドパーティとして拡張パックやマルチプレイモードのマップ制作などに携わっていることが多かった。このような助っ人参加は,ローコストで仕事を引き受ける旧東ヨーロッパ系の独立企業と競合するのが難しく,しかも,Sourceエンジンを使用したSiN Episodes: Emergenceも,その話題性とは裏腹に,あまり売り上げが芳しくなかったといわれている。
エピソディックゲーム躍進の鍵を握るValve
SiN Episodesシリーズの第一作は,Valveの「Half-Life 2: Episode」シリーズと同じく“エピソディックゲーム”として,2006年5月にリリースされた。エピソディックゲームとは,流通コストの低いデジタルディストリビューションを利用し,1作としてパッケージ販売されるようなコンテンツを複数に分けてリリースする販売形式のゲームだ。
エピソディック方式は,最初にゲームのテクノロジー部分を開発しておけば,小刻みに作品を提供できるというメリットがある。一つ一つのエピソードを,より多くのファンが手に取れるように価格を押さえ,さらに作品に対するフィードバックや不満を次回作に素早く反映できるといった融通の利いたゲーム開発もできるはずだった。
販売形式の革命として鳴り物入りでスタートし,今後ゲームはテレビドラマや連続小説のようになっていくとまで言われたものだ。
Microsoft本社にほど近い,ワシントン州べルビューにValveのオフィスがある。Valveの2005年度の売り上げは7000万ドル(約80億円)に達し,独立系開発チームながら豊富な資金力を誇る。Steamというデジタルディストリビューションの基本技術も保有しているが,パッケージ版の販売はElectronic Artsが担当することになった
ところが,発売からすでに7か月が経ったというのに,第2部であるSiN Episodes 2の正式発表さえいまだに行われていない状態だ。そこへこの大量退社が続いたわけで,社内の状態が悪化しているのではないかと思われても仕方ないところだろう。
まだ始まったばかりのエピソディックゲームというジャンルの中でも,フラッグシップとして絶大な支持を得ているValveの「Half-Life 2: Episode 2」も,発売時期が何度も延期されたうえ,ついには発売日が2007年夏へと大きくずれ込んでしまった。もっともこちらは,パッケージ販売を担当する予定のElectronic Artsの意向とも言われており,Xbox 360やプレイステーション3といったコンシューマ機でエピソディック方式が試される実験作になる可能性も大いにあり得る。とはいえ,本来なら半年ごとにアップデートされていく予定だったことを思えば,ファンにとっては非常に残念な話であり,間延びしすぎでどうでも良くなっている人もいるのではないだろうか。
映画や書籍などと異なり,ゲームの開発技術は急速に進歩する。一年前のグラフィックスが古ぼけて見えてしまうことは普通であり,そこもまたエピソディックゲームの泣き所なのは間違いない。本来なら,テクノロジーをある時点でロックし,多少技術が遅れていても,数か月ごとにきちんとエピソードをリリースするのが理想なのだが,ValveはSourceエンジンを小刻みに改良していく道を選んだ。そのことが,Sourceエンジンの恩恵を受けるはずだったRitualにとってマイナスに働いていると見られる。
今のところ,Tallgateのアドベンチャーゲーム「Sam & Max」が予定どおりエピソード2のリリースを発表しており,エピソディックゲームとしての体面を保っている。しかし,パズル重視の古典的なアドベンチャーゲームは市場規模も小さく,大きなインパクトを与えるようなタイトルではないことは間違いない。デジタル世代の新商法として期待されるエピソディックゲームではあるが,メインストリームに食い込むにはもう少し時間がかかりそうだ。
来週は,「MMORPGでの強権政治」。お楽しみに。