連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2006年12月20日掲載

 ここ10年にわたり,我々の時間と財布の中身を吸い上げてきたMMORPGだが,この先にはどのような未来が待ち受けているのだろうか? MySpace,mixi,YouTube,ウィキペディアなどのWeb 2.0の波が社会に広がっているが,MMORPGもその例外ではない。それどころか,現在のMMORPGから発展した“メタバース”に,それらすべてが取り込まれ,巨大な仮想空間が誕生する可能性さえあるのだ。今回は,未来のMMORPGの予兆とトレンドをまとめてみた。

 

MMORPGの未来「メタバース」

 

Web 2.0の波に飲み込まれつつあるMMORPG

 

 MMOワールドの今後を考えるとき,重要なキーワードの一つとなるのが,「メタバース」(Metaverse)である。筆者が初めてその言葉を耳にしたのは,2006年3月に行われたGDC(Game Developers Conference)でのことだったが,その時点ではメタバースなる言葉が一般的な用語なのか,その場でスピーカーが即席で作った造語なのかは分からなかった。調べてみると,2003年の段階で,すでにその言葉を口にする人がゲーム業界には結構いたようだ。ちなみに,4Gamerで初めてメタバースという言葉が登場したのは,2006年9月のAGC(Austin Game Conference)のレポートでのことである。
 その記事でも触れたように,メタバースというのは「宇宙に属する小宇宙」という意味にとらえられている。その概念は意外と古く,小説家であるNeal Stephenson(ニール・スティーヴンスン)氏が1992年に上梓した,「Snow Crash」(邦題 スノウ・クラッシュ)という小説にさかのぼることができる。第一印象としては,我々がイメージする“バーチャル・リアリティ”とさして違いがないように思えるが,そのコアにあるのはユーザー参加型のWeb2.0的コンセプトだ。可能な限り多くの人が自由かつオープンに仮想世界にアクセスできるだけでなく,プログラムに自在に手を加えたり,独自のスペースを作り出したりすることができるところに大きな違いがある。

 

メタバースを具現化するオープンソースな3Dブラウザとして数年前から期待されているのが,Croquet Projectだ。現在はβテストに突入しており,アカデミックなさまざまなアプローチが行われているようだ

 ブロードバンド技術やネットワークサービスの著しい発展とともに, MMORPG市場は,この10年ばかりで“ほぼゼロ”の状態から数千万人がプレイする巨大ジャンルに成長した。しかし現在の欧米では,「World of Warcraft」が市場の半分を独占するマンネリ状態に陥っており,コンテンツ面でも「イノベーション」(発明)と呼ぶ価値のある新鮮なタイトルを生み出すことができていない。そのため,かつてネットワークにおけるエンターテインメントの最先端を走っていたMMORPGも,今では世界でアカウント数1億を超えたMySpace.comや,日本で1000万以上のユーザーを持つといわれるmixiなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に,「未来型コンテンツ」のイメージを奪われてしまっている。

 

 

メタバース的な遊びをリードしてきたSecond Life

 

 最近,当サイトの記事やツウなゲーマーの間で話題になっている「Second Life」は,我々が現実に体験できるサービスの中で,最もメタバースに近いものの一つである。
 すでにサービス開始から3年が経過しているが,ここ数か月の間にもアカウント数は増大を続け,現在約200万人のユーザーを数える。プレイヤー達が制作したオブジェクトのデータ総量も15テラバイトを超えるなど,ゲームというよりSNSとして大成功している3Dクライアントソフトと言えよう。Second Life内でWebサイトを自由に閲覧できる「uBrowser」が開発されたこともあり,大学機関がゲーム内で授業を行ったり,サンダンス映画祭が中継を予定したりなど,このところ,ネットの話題を一身に集めている印象だ。

 

Second Lifeには,現実では会えないような芸能人や著名な教授も参加している。写真はシンガーソングライターのスザンヌ・ヴェガさんが特別コンサートを開いたときのもの。Second Lifeで稼ぎだした資金で実生活を生き抜いているツワモノもおり,彼らは現実世界を“ミートスペース”(生肉の世界)と呼んでいるらしい

 ただ,Second Lifeを完璧なメタバースとするのは困難だ。Second Lifeの世界に入るためにはクライアントソフトをダウンロードしなければならないが,それはメタバースの理想とする「完全に開かれた世界」とは相容れない。Second Life世界のルールを理解し,十分に楽しむためにはそれなりの経験や知識の積み重ねも必要になるなど,このシステムが万人に受け入れられるだけの“ハードルの低さ”を実現しているとは言えない。
 スティーヴンスンの小説Snow Crashでは,メタバースが世界的に受け入れられる前段階として,複数のActiveWorlds(アクティブ・ワールズ)という3D空間が形成されていく。この予測がそれなりに正しいなら,Second Lifeはもちろん,World of WarcraftのようなMMORPGでさえ,短命なアクティブ・ワールズの一つに過ぎないのかもしれない。

 ここまでの流れで,メタバースとネットゲームとの間に直接的な関連がないのにはお気づきだろう。 メタバースとは,我々の生きる宇宙の中に作られた,擬似的な小宇宙である。MMORPG的な経験はメタバースの一部でしかなく,情報の検索やショッピング,ソーシャル・ネットワークやオンラインセックスに至るまで,ユーザーのありとあらゆるニーズやファンタジーに答えられてこそ,初めてメタバースの世界が実現されたことになる。
 「欧米ではMMORPGがメインストリームに受け入れられていない」という現実も,ひょっとしたらこのあたりに理由があるのかもしれない。ゲーマーとしては残念な話だが,実際にメタバースが実現するのは15年から25年はかかると研究者は見ており,仮に実現した場合,閉ざされた世界であるMMORPGは,その中の「ニッチな市場」として存続していくという。

 

 

メタバースを実現させる新しい開発会社が発足?

 

 だが,10年にわたるMMORPG開発者達のノウハウ蓄積は尋常なものではない。メタバースの誕生を牽引するのは,ほかでもないゲーム開発者と,彼らのゲームの中でさまざまな遊びを編み出してきたゲーマー自身になるはずだ。
 今月,Areaeという新しい会社が誕生した。創設者は,あのRaph Koster(ラフ・コスター)氏。古くからMUD(Multi User Dungeons)の開発に携わり,「Ultima Online」のリードデザインや,「EverQuest 2」「Star Wars Galaxies」のプロデュースに関わるなど,一貫してMMO畑を進んできた人物で,日本でも『「おもしろい」のゲームデザイン―楽しいゲームを作る理論』の著者として知られている。
 Areaeが設立されたのは2006年7月のことだったようだが,メディアに発表されることもなく,今月15日になってからようやく同社の公式サイトが立ち上げられた。プレスリリースが配信されなかったのは,「メディアではなくファンとの絆を大切にする」という意思表示のようだ。

 

公式サイトによると,Areaeの発音は,「アレアー」でも「エリアE」でも何でも良いのだそうだ。唯一掲載されている挿絵からは,疾走する自動車やペットのいる現代的な都市を中心に,お城のある中世ファンタジーワールド,UFOの飛ぶ未来世界,そして男女が立ち話しているような地域がつながっているイメージが伝わってくる

 今春,Sony Online Entertainmentを退社したコスター氏がAreaeで何をしようとしているのか,については予想しかできない。さまざまな会合に登場してはMMORPGについて発言してきた彼だが,最近注目しているトピックが,何を隠そうメタバースなのである。Areaeの企業紹介では,「くたびれたバーチャルワールドを,何か新しいものとして再生することに情熱を燃やす会社。誰でも飛び込むことができ,面白いことや楽しいゲームを見つけられる場所(を提供します)」と書かれている。
 求人欄では,サーバー,JAVAの知識のあるプログラマーや,「革命を起こすことに興味のある」2D/3Dアーティストなどを募集していることから,プロジェクトに関するヒントは見えてくるだろう。既存のSNSやMMORPGとはいったい何が異なるのだろうか。とにもかくにも,オンラインゲームの新時代を予感させてくれるニュースである。

 

 


来週は,恒例,奥谷氏の選ぶAccess Accepted大賞です。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。クリスマスプレゼントは,毎年オンラインショッピングで済ませるという奥谷氏。しかし,彼の6歳になる息子がサンタクロースにお願いしていた任天堂の黒のニンテンドーDS Liteは売り切れ。仕方がなくMP3プレイヤー付きのリモコンカーを購入した奥谷氏だが,今頃になって「在庫のあった白にしておけばよかったかな? サンタからの手紙(奥谷氏が毎年書いている)にどうやって言い訳を書こうか」と心配し始めている。父親は何かと大変なようだ。


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http://www.4gamer.net/weekly/kaito/108/kaito_108.shtml