「World of Warcraft」のリリース間もない頃から存在する有名BOTプログラム「WoWglider」に対して,Blizzard Entertainment/Vivendi Gamesが,ついに訴訟を起こした。とはいえこの裁判,もともとBOT開発者が先にメーカーを告訴していたという奇妙な生い立ちを持つものである。世界中で800万アカウントを数える超人気ソフトをめぐる訴訟であり,またBOTプログラムはRMT(リアル・マネー・トレード)を支えるテクノロジーとも見なされているだけに,裁判の成り行きからは目が離せない。
World of Warcraft専用BOTを対抗訴訟したBlizzard
2月20日, Vivendi Games傘下のBlizzard Entertainmentが,「World of Warcraft」のBOTプログラムとして知られる「WoWglider」の開発者Michael Donnelly(マイケル・ドネリー)氏を告訴した。これは,2006年11月にドネリー氏がVivendi Gamesを訴えたことに対する,いわゆる対抗訴訟(countersuit)だ。
先手を取ってメーカーを訴えたドネリー氏に対抗訴訟を起こしたBlizzardとVivendiだが,裁判がこじれることは間違いないだろう
WoWgliderとは,本来プレイヤーがゲーム中に行うべき基本動作を,プレイヤーに代わって自動的に繰り返すBOTプログラムの一つだ。農場での作物収穫といった簡単な作業から,ウェイポイントを巡回して特定のレベルのみのモンスター狩りも行う。ルートによるアイテムの回収などもお手のものだ。
その性能の高さと効率の良さから,RMTやレベルアップサービス業者を氾濫させる原因の一つになっているともされる。2005年7月にβ版が登場して以来,クライアントソフトのアップデートでBOTプログラムを駆逐したいBlizzard側と,そのつど新たなバージョンをリリースしてくるWoWglider開発者側のいたちごっこが続いていた。
事の起こりは2006年10月。VivendiとBlizzardの代理人と称する弁護団がドネリー氏の自宅を訪れ,WoWgliderは知的所有権の侵害およびデジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act/DMCA)の違反行為であると告げたことに始まる。大きな法的措置が迫っていることを予期したドネリー氏は,翌月になって両社を訴えるという意外な先手を取る。「知的所有権を侵害しているつもりはないのに,自宅に弁護団を送り込まれるなどのハラスメントを受けた」と訴えたのである。
これに応戦したのが,Vivendi/Blizzardの対抗訴訟というわけだ。知的所有権やトレードマークの侵害だけでなく,「WoWglider使用者のアカウント停止処分に伴う月額料徴収の減損という直接的な被害に加え,チート行為の蔓延に嫌気がさしてゲームをやめた人や,チートをしないWoWプレイヤーの良心そのものに対する被害を受けた」としている。
Blizzard側は,金銭的な損害賠償だけでなく,公式サイトの閉鎖とドメインの移譲,そしてWoWgliderのソースコードの移譲をも求めるという強気の構えだ。
BOT,RTM,チート行為……,
運営者の終わりなき戦い
World of Warcraftにおいてチート行為が目立ち始め,ゲーム内経済の急激なデフレが起こったのも2005年末のことであり,WoWgliderの登場とは無関係ではなさそうだ。BlizzardのBOT使用者との戦いはこの頃から始まったと言ってよいのだが,実はWoWサーバーにはアンチ・チートプログラム「Warden」(監視人)が当初から存在していた。
Wardenは,運営中に常時稼動しており,キャラクターのステータスの異常な跳ね上がりなどを追跡する。これにより,「WoWSharp」「WoWRader」「WoWPartyBOT」「WoWFisher」などさまざまなBOTプログラムが早期に駆逐されていった。
中国での利用者もかなり多いようで,中国語版WoWgliderもある。これまで不正行為に対する処分としては「個人アカウントの停止」という手段しかなかったが,この裁判を機に状況が変わったりするだろうか?
ただ,ほとんどの判定はクライアントの起動時に行われるため, World of Warcraftのプレイ途中にBOTプログラムを稼動させるなどの抜け道もあり,現在でもBOTを判定するには「怪しいキャラクターにGMが話しかける」といった地道な作業を行うしかない。BOTプログラムで動いているとおぼしきキャラクターを成敗することを目的にしたギルドなども登場しており,WoWコミュニティは,多くの否定派とごく少数(?)の肯定派にぶっつり分かれているようだ。
WoWgliderの場合,話しかけられたときに警告を鳴らすといった設定もあるため,BOT使用者がPCのそばにいれば気づいて対応することができる。また,ほかのキャラクターから攻撃を受けた場合,自動的に応戦する機能もあり,BOTとしてはかなり高性能と言えるだろう。さらには,ほかのBOTプログラムとも連動できるという。
WoWglider肯定派の,「プレイを手助けさせているだけ」という主張も100%真っ向から否定できるものであるかどうか微妙で,World of Warcraftに与える直接的な被害を認めるのは難しいかもしれない。しかし,このようなBOTプログラムが,一般プレイヤーとの“不公平な格差”を作り出しているのも事実だ。World of Warcraftをダシに金儲けする業者が存在するという事実そのものが,Blizzardにとっての利益の侵害になっていると運営側は訴えるのである。
「リネージュII」「ラグナロクオンライン」「ファイナルファンタジーXI」など,人気ソフトほど不正行為に苦しむ傾向にある。「果たしてBOTプログラムはチート行為に当たるのか」「個人との契約であるはずのEULA(End User License Agreement/使用許諾契約)に違反した本人ではなく,第三者の不正行為を問うことができるのか」といった,過去の裁判ではあまり例のない争点も多く,この裁判の進展に対する興味は尽きない。
次回(3月7日)は,著者がGDC(Game Developers Conference 2007)取材中のため,休載となります。3月14日の再開をお待ちください。