連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2007年4月18日掲載

 誕生から約10年という月日が経ったMMORPG。ここ数年,世界中で多くのタイトルが開発されるようになったが,開発/運営資金をしっかり回収できるほどの作品は,あまり多くないという印象が強い。すでに2003年の時点で,MMORPGの開発に参加するのは危険だという話題が上がっていたが,実際のところはどうなのだろうか。

 

MMORPGはもういらない!?

 

4年前にMMORPG開発参入の危険性を語った
ゲーム開発者

 

EA.comのフラッグシップになるはずだった「The Sims Online」。その不振の責任を取ったウォルトン氏だが,現在はBioWareの新作MMORPGで再起を図る。Simutronicsの「Hero Engine」を利用したもので,同社には相当な人材が集まっているようだ (写真は,2003年のD.I.C.Eイベントのもの)

 アメリカのゲーム開発者Gordon Walton(ゴードン・ウォルトン)氏が,「MMOゲームを作ってはいけない10の理由」というテーマでレクチャーを行ったのは,2003年にカリフォルニア州サンノゼで開かれたGame Developers Conferenceでのこと。当時のウォルトン氏は,Electronic Artsに在籍してEA.comを総括していたという立場だったが,「The Sims Online」の失敗が誰の目にも明らかになっていた頃で,この直後の4月には同社を辞職している。

 ウォルトン氏は,オンラインゲーム開発のパイオニア的な会社であるKesmaiでAir WarriorシリーズやMultiplayer Battletechの運営を担当し,その業績が認められ,Origin Systemsの経営を吸収したElectronic Artsへと移籍。
 「Ultima Online: Renaissance」を担当したときには,チート行為を働いた300人のプレイヤーのアカウント剥奪するという,当時では考えられなかった“顧客追放”をやってのけた。それを賞賛する意味から“tyrant”(暴君)という異名を付けられるなど,彼の骨太の方針が多くの人の印象に残っている。その後,Sony Online Entertainmentを経て,現在はBioWareのテキサス支社で,次期発表予定のMMORPGに関わっているという。

 さて,そんなウォルトン氏が,ゲーム開発者達に向けてレクチャーした「MMOゲームを作ってはいけない10の理由」は,以下のような内容だった。2003年当時の状況を顧みつつ考えていただきたい。

 

10.開発中のMMORPGが多すぎる

当時すでに世界中で100近くの開発が行われており,いわゆるレッドオーシャン(限られた顧客を奪い合っている)の状態だった。すでに開発が中止されてしまったタイトルも多い。

9.精通しなければならないことが多すぎる

ゲームのコードやアートは当たり前のことで,そのほか膨大なアセットの管理やサーバー技術の知識,コミュニティのマネジメントスキルなど膨大な知識が必要。

8.大きな開発チームを形成しなければならない

より多くのプレイヤーを魅了する世界を作り出すには,それに見合うだけのマンパワーを要する。通常と比べ3倍規模のチームが必要だと,ウォルトン氏は見積もった。

7.顧客にクレジットカードを使わせるのは並たいていのことではない

カード社会といわれるアメリカでも,すべての人がクレジットカードを持っているわけではないうえに,ネットでのカード決済に不安を感じる人も少なくない。そして,オンラインゲームを始めようとしている人は,そのゲームを試すまでお金を払おうとは考えない傾向がある。この頃から,欧米のMMORPG開発会社は基本プレイ料金無料というビジネスモデルを参考にし始めた。

6.オンラインゲーム業界は,パッケージ商品のビジネスとは完全に違う

MMORPGの運営は24時間体勢で行うなど労力が多く,“ローンチ”といっても数か月間に渡ることもある。それでいて,ソフトの寿命は10年近くにもなる。

5.シングルプレイ専用ゲームの開発知識は,オンラインゲーム開発では役立たない

これまでのゲーム作りのノウハウは役に立たない。プレイヤーが先を読めないほど,大量でバリエーション豊かなコンテンツが必要である。

4.インターネットは商業的な流通システムとしては不適格

サーバーのダウンやハッキング行為などを完全になくすことは不可能に近い。だが,その最終的な責任の矛先は,ゲームプロバイダーに向けられてしまう。

3.ユーザーサポートは難しい

カスタマーサービスは困難な業務だが最も重要である。軍隊でいえば歩兵のようなもので,コストはかかるが,組織を成り立たせるためには不可欠である。

2.法的な問題を多く抱える

仮想空間のアイテムは,誰の所属であるのかさえ明確に法に記されていない。ウォルトン氏は,Ultima Onlineでは,毎月8〜12件の細かな裁判があったと述べていた。

1.開発から運営までのお金がかかりすぎる

開発や広告だけではなく,ローンチ後にもサーバー管理やユーザーサポート業務に多くの出費を要する。成功して軌道に乗るまでは数か月かかり,不成功なら大損害となる。

 

 

2007年以降も,次々に出てくるMMORPG

 

 さて,「何をいまさら4年前の話題を掘り起こしてくるのか」と思う人もいるだろうが,2007年はMMORPGの大きな波が再び押し寄せる年だ。ウォルトン氏が警告したときの状況から,いったい何が変わったのだろうかと考えずにはいられない。ウォルトン氏自身が現在もMMORPGを制作していることから,実際には警告というよりもMMOゲームで成功することの厳しさを,自戒を込めつつ語ったものであると解釈すべきなのだろう。
 現在開発されているMMORPGは,筆者が把握しているだけでも80作を超えており,韓国などアジアで開発されている小さなプロジェクトも含めると,相当な量になる。北米と欧州でサービスされている月額課金制オンラインゲームの総売り上げの54%を,「World of Warcraft」が占めている現状を考えると,正直なところ「今の市場規模のMMORPGで成功するのは並たいていのことではないよ」と,大きなお世話ながら開発者達に忠告したい気分になってくる。

 

日本でのサービスも間近に迫っている「ロード・オブ・ザ・リングス オンライン アングマールの影」。強豪揃いの中,どれだけ健闘してくれるだろうか

 2007年初めに掲載した特集記事「PCゲーム新作ガイド2007」で,MMORPGの注目作七つを紹介した。どれも大作で,すでに「Vanguard: Saga of Heroes」はローンチされ,「The Lord of the Rings Online: Shadows of Angmar」や「Tabula Rasa」,「Warhammer Online: Age of Reckoning」の足音も聞こえている。
 さらに,「Aion」や「Dungeon Runner」に加え,「Fury: Unleash The Fury」や「Pirates of the Burning Sea」など,年内のスタートを予定しているタイトルは少なくない。
 2008年以降にも目を向けると,「Stargate World」,「Star Trek Online」「Guild Wars 2」(厳密にはMO)など期待できそうなタイトルがある。そしてなんといっても,John Romero(ジョン・ロメロ)氏,Warren Spector(ウォーレン・スペクター)氏,Tom Hall(トム・ホール)氏,John Von Canegham(ジョン・ヴォン・カネガム)氏といった業界の重鎮達が携わる,新作MMORPGが控えている。これだけでも遊ぶ側としてみれば十分な気もするが,そこにRed 5 StudiosやOffset Softwareといった新興チーム,ウォルトン氏の所属するBioWareの次回作などもあり,まだ名もないプロジェクトまでを含めると,今後も膨大な数の大作MMORPGが絶え間なく登場してきそうである。

 果たして,今後出てくるMMORPGの中で,数百万アカウントを超えるタイトル,World of Warcraftの人気と拮抗するようなものが出てくるかどうかは,正直分からない。しかし,タイトル数が多ければ多いほど,プレイヤーを取り合う結果になるのは確実であり,供給過剰の状態がしばらく続くだろう。現在のような一極集中の状況から抜け出せないままということもあり得るだろう。

 

 

メタバース化かブティック化か……

 

900万の無料アカウントと85万の有料アカウントに支えられた「RuneScape」は,ケンブリッジ大学院に在籍していたAndrew Gower(アンドリュー・ゴウワー)氏の個人プロジェクトとして開発された,JAVAベースのMMORPGだ

 すでに,当連載でも何度か書いているが,欧米のMMORPG業界で当面の目標としているのが,いわゆる「Web 2.0」のアイデアを導入したサービス形態への変化だ。コンテンツ制作をはじめとしてプレイヤー参加型の仮想世界を作り,プレイヤーの要求により柔軟に応えられるだけのものにしようとしているのである。
 こう書くと,やはり「セカンドライフ」のイメージと重なってしまうが,セカンドライフはゲームというよりは仮想世界を利用したSNSに近い。本稿執筆時点で560万アカウントを獲得しているが,アダルトコンテンツの存在や,ほかのオンラインゲーム同様にクライアントソフトが必要になることを考えると,まだ誰でも利用できるという完全にオープンな世界にはなり得ていないだろう。最近話題になっている“メタバース”の理想に近づくまでは,まだまだ時間がかかりそうな気配だ。

 この分野においては,MMORPGの未来について語ることの多いArena.netのRaph Koster(ラフ・コスター)氏や,「EverQuest」のゲーム経済を,現存する国家の経済活動にたとえたことで有名な経済学者Edward Castronova(エドワード・カストロノヴァ)氏が制作中という「Shakespeare MMO」(仮)などが,なんらかの答えを出してくれるかも知れない。橋本和幸氏らが参加するAvatar Realityも,同じようなコンセプトの仮想世界を構築しようとしているようだ。

 また,最近になって生まれてきたのが,“ブティックMMORPG”というコンセプトである。これは,自身のブログ「The Lost Garden」でゲームについて頻繁に書き込む開発者 Daniel Cook(ダニエル・クック)氏などのアイデアで,特定の地域に根ざし,少数の顧客に何度も利用してもらうことで成立している洋服店(ブティック)のようなオンラインゲーム。つまり同氏は,「EverQuest」のような一攫千金の夢を追うのではなく,小さな市場に特化したものを作り,確実に利益を上げようと考えているのだ。ちなみに同氏は,「6000人〜9000人を対象にしたMMOで,開発とローンチに25万ドル(約3000万円)かかり,18か月で利益が出るようになる」と試算している。
 ブティックMMORPGのコンセプトに近い形の成功例はすでにあり,イギリスの大学生が1999年に趣味で作った「Neopets」は,2006年にViacomに1億6000万ドル(約190億円)で買われた。同じくイギリスの大学院生が2001年にリリースした「RuneScape」は,Wall Street Journalによると年間5000万ドル(60億円)の利益を生むほどに成長しているという。どちらも最初の規模は小さいながらも,ブラウザで遊べるという点を生かし,いわゆるゲーマーではなかった層を獲得していきながら,徐々に成長していったのである。
 概念が先走ってしまっているゲーム世界のメタバース化よりも,ニッチ市場を狙ったMMORPGのほうが,より現実的な選択肢であるのは確かな気がする。近い将来,いわゆる大手ゲーム会社がニッチ市場を狙ったブティックMMORPGに本気で乗り出してくるとすれば,MMORPG市場はますます混沌としてきそうである。

 

 


来週は,オンラインコミュニティについて。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。持っている音楽CDのデータをPCに取り込んだという奥谷氏。CDが数百枚もあったうえ,お気に入りの曲を選びながら作業をしたために,何時間もかかってしまったという。そんなに時間をかけてまで,どんな曲を取り込んだのか聞いてみたところ,出てくるのは'80年代後半から'90年代の曲ばかり。最新PCで最新ゲームをプレイして,最新技術にも詳しい奥谷氏だが,音楽の趣味は20世紀のままのようだ。


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