「開発コストをいかに抑えるか」は,ゲームを制作する側にとって大きな問題だ。ソフトそのものが果たして数千円で買ってもらえるか不確かな昨今では,直接購入者以外から新たな資金源を探すのも,ゲーム業界の課題の一つであると言える。そして今,大きな注目を集めているのが,ゲームアートを広告に置き換えることでスポンサーから開発費を出してもらう新システムだ。「ゲーム内広告」は,ここ数年の間に急速に成長している分野なのである。
■欧米のゲーム企業が希望を見いだす「ゲーム内広告」とは
最近,やたらとゲーム内で広告を目にする機会が増えてきた。「Need for Speed: Most Wanted」で,アメリカの携帯電話サービスCingular Wirelessの看板の横をブッちぎったかと思えば,「Tom Clancy's Splinter Cell: Chaos Theory」では,サムが炭酸飲料の自動販売機の陰に身を潜める。さらに「Anarchy Online」では,「明日夜9時放送!」なんていうあからさまな広告までが表示される始末だ。
「SWAT 4」にあるNBC系列ドラマの広告。この作品は,コカ・コーラやゲームレンタルサービスなどゲーム内広告で溢れており,アドウェア(Adware)が仕掛けられたといきり立つファンも多かった
以前,
当連載の第20回でも紹介したが,ゲーム内広告(in-game advertisement/adverts)とは,ゲームとは関係のない実世界の商品広告を,街の看板やテーブルの上のオブジェクト,キャラクターの音声など,ゲームの映像/音を利用して流す宣伝行為である。最近,欧米のゲーム産業で急速に注目を集めており,プラットフォームの進化に伴ってうなぎ上りとなっている開発費を少なからずカバーできるだけでなく,使い方次第ではゲーム世界に現実味をもたせられると,開発やマーケティング面でおおむね好評のようだ。
2005年あたりから,ゲーム内での広告を取り扱う専門の広告会社も登場しており,いよいよ本格的に“ゲーム内広告”の機が熟したように思える。
実際,ここ数週間でも,ゲーム内広告に関するニュースが頻繁に報道されている。例えば1月10日には,Engage In-Game Advertisingによって,サンドイッチのチェーン店で知られるSUBWAYと,世界的に最も人気のあるオンラインゲームである「Counter-Strike」のValve Softwareが提携することになったという報道があった。また1月17日には,Sony Online Entertainmentが,ニューヨークをベースとする広告会社Massive Incorporatedの協力により,「The Matrix Online」において,ビルの屋上に掲げる巨大広告や,プレイヤーキャラクターに着用させるファッションなどで,社外広告を利用すると発表している。
The Matrix OnlineのようなMMOゲームは,アップデートが頻繁に行われることから,ゲーム内広告のプラットフォームとしてはかなりの成長が見込まれている。先に挙げたAnarchy Onlineは,1年以上前から無料サービスが行われており,すでにゲーム内広告が,開発元のFuncomの重要な資金源として活用されているのだ。
■テレビCM以上の効果が見込まれる将来性
このトレンドに,ゲーマーの中には眉を吊り上げる人がいるかもしれない。Anarchy Onlineのような無料ゲームならともかく,何千円も費やして購入したパッケージソフトでも,自分には興味のない広告を見せつけられる場合があるからだ。
しかし,メディアの中でのスポンサーとのタイアップや広告は,テレビ,映画,新聞,雑誌などでは昔から広く活用されていることだ。映画館で入場料を払った後で,長々とほかの映画の宣伝トレイラーを見せられても,文句を言う人はあまりいないはず。数百円で購入した雑誌に,広告ページがたっぷりあるのも,これまた当たり前のことだ。
そのように考えると,ゲーム内広告はもはや「ゲーマーに受け入れられるかどうか」が問題ではなく,「広告手法のスタンダードとして,いつどのような形式で受け入れられるようになるか」が焦点になってくるといえる。ゲーマーにとっても,増大した開発費のしわ寄せが,“ソフトの価格吊り上げ”という形で消費者にかかってくるのではなく,ゲームのスポンサーとなった企業に負担してもらえるならば,かなりポジティブに捉えることができるだろう。
完全無料サービス中の「Anarchy Online」に見られる広告。現代や近未来が舞台のMMORPGならそれほど違和感もなく,今後も需要が見込まれる。あまり商業的にならず,どこまでプレイヤーをシラけさせないかがカギか
DVR(デジタルビデオレコーダー)の登場や,インターネットTVの普及によって,既成のテレビCMの効果を疑問視する声がアメリカで聞かれるようになって久しい。ゲーマー層の中核をなす,18〜34歳の男性のテレビ離れは凄まじく,テレビ視聴率を計測する会社Nielsen Entertainmentは,この層は一週間に平均12.5時間ゲームを楽しんでいるのに対して,テレビ視聴時間は9.8時間程度という統計を発表している。また,2004年だけでも,テレビ視聴時間は12%の落ち込みがあったということだ。
この18〜34歳の男性層は,アメリカでは実にゲーマーの70%を構成しているという。これに合わせてか,McDonald's(マクドナルド),The Coca-Cola Company(コカ・コーラ),Nike(ナイキ)といった巨大企業は,すでに広告戦略の見直しを図っており,マーケティング予算の多くをインターネットなどの“ニューメディア”に投じることを発表している。
少し古いデータで恐縮だが,Coca-Colaの1999年のマーケティング予算は,アメリカだけで8億6900万ドル(約1019億円)に達しており,以前はこの3分の2がテレビ広告に充てられていた。しかし
連載第20回でも触れたように,今では3分の1程度に縮小されており,減った3分の1が,そのまま“ニューメディア”へ費やされているのだ。
Nielsenは現在,DirectXのようなAPIを利用して,テレビの視聴率測定装置のゲーム版といえるソフトウェアを開発中だ。つまり,販売元や利用者の了承を得て,プレイヤーの動向を逐一監視できるようにするらしい。
もちろんそれなりの数の,かつ幅広い参加者が必要になるし,個人情報の取り扱いなど難しい問題もあり,早くても2007年までは実施できる見込みはないそうだ。とはいえ,目安となるデータさえあれば,スポンサーもゲーム業界参入を決断しやすいはず。これが実現すれば,また大きく状況が変わるだろう。
現在のところ,ゲーム内広告は産声を上げたばかりであり,Massive Incorporatedのようなゲーム専用広告会社が開発元にフィードバックするのは,パッケージ1本(あるいはプレイ1件)あたり1ドルから2ドル程度らしい。現段階では,たとえヒット作となっても,広告費で開発コストすべてをまかなえるわけではないが,今後数年はさまざまなゲーム内広告が試され,効率の良い手法も見いだされていくはずだ。そうなれば,大企業のマーケティング予算がソフト単価に良い影響を及ぼして,プレイヤーは消費者としても恩恵を受けるようになるかもしれない。
次回こそは,今回掲載予定だったとある開発チームの紹介を行います。