― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年1月25日掲載

 ブッシュ大統領の署名によって通過した法令が,ブログやオンラインゲームの世界に息づくサイバーな人達をヒヤッとさせた。なんと,インターネット上の,匿名での他人の中傷やハラスメントと受け取れる行為が,法的に処罰されるかもしれないというものだ。上司への愚痴はもちろん,ゲーム批評までを迷惑行為と解釈でき,「政府への批判を締め付けるなど,言論の自由にまで悪用されるのでは?」との声も上がったほどである。その実態を探ってみよう。

 

インターネットでの迷惑行為禁止条例の実態

 

■匿名でネットゲームができない悪法の登場!?

 

全世界で500万人というプレイヤー登録数を誇る「World of Warcraft」だけに,ゲーム内で珍商売を試みる事例も増えているようだ

 もう何か月も前の話だが,筆者が「World of Warcraft」に興じていたところ,バイアグラ系の精力強壮剤の名前や価格,そして連絡先を連呼するWarlockのキャラクターとすれ違った。マクロなどを使っていたのだろうが,今から思えば,筆者が遭遇した初めてのゲーム内での「部外広告」だったかもしれない。
 もちろんこれは,EULA(使用許諾契約/End User License Agreement)に反する迷惑行為だ。せっかくWarcraftの世界を楽しんでいるときに,スパムメールのような宣伝文句を連呼されてはたまったものではない。

 そんなことを思い出しつつ,今回のテーマにしたいのが,最近アメリカのブロガーやWebジャーナリスト達の間で話題になっている,今年になってジョージ・ブッシュ大統領が署名して通過された新法である。
 その名も「Violence Against Women and Department of Justice Reauthorization Act」で,訳すと「女性への暴力と司法省再編法」という感じだろうか。
 一見,ゲームとは何も関係がなさそうな名称の法律だが,その一部に「Preventing Cyberstalking」というセクションがあり,「自分の本名を明らかにすることなく,インターネットでのコミュニケーション機器やソフトウェアを使って他人への迷惑行為やハラスメントをすると,罰金もしくは2年以下の禁固刑に処す」ことがしっかりと書かれている。このニュースを最初に報じた,アメリカZDNet系列のニュースサイトであるCNETによると,あまりにも抽象的で短い文章ゆえに,読み手はいくらでも解釈でき,悪用されることも心配されるというのだ。

■あまりにも抽象的な“迷惑行為”の概念

 

 確かに“機器やソフトウェアを使って他人への迷惑行為やハラスメントをする”では,その内容が分かりづらい。スパムメールやWeb上の掲示板に書き込む宣伝文は範疇に入っていそうだが,ブログへの書き込みやチャット,果てはオンラインゲームでの会話や行動にまで適用される可能性もゼロではない。
 そもそも,“迷惑をかける”(annoying)行為の基準は,人によってさまざまなはずだが,何をもってハラスメントとするのかなどは明記されていない。アメリカ人相手に俗語を使ってしまうとか,未成年相手にセックスやお酒の話をしてしまうというアクシデントはもちろんのこと,MMORPGでほかのグループが狩りをしている場所へ近づいただけでも迷惑行為になるかもしれないし,酒場のドアの近くでemoteをしながらふざけているだけでもほかのプレイヤーを不快にさせてしまうかもしれない。「Counter-Strike」のようなFPSで,「I pwn3d you!」(“もらったぜ”といったニュアンスのスラング)などと勝ち誇るのも,一種の侮辱行為なんだろうか。

条文を読む限り,ブログやMMORPGに限らず広範囲に適応されそうではある。「Counter-Strike: Source」などのFPSで,みんなで“お上品”に会話するのもどうかと思うのだが……

 冒頭に書いたスパムメールまがいの行為であれば,運営者から警告を受けるばかりでなく,刑事問題に発展してもおかしくないだろう。最悪の場合,Webサイトで「あのゲームは全然面白くなかったね」「あいつは対戦相手にならないくらい弱かった」などと書いただけでも,処罰されてしまうかもしれない。
 なにせ,その前提となっているのが“本名”でなければならないということである。オンラインゲームで遊んでいるゲーマー達は,ほぼ全員が犯罪者予備軍になってしまうのである。

 日本のお隣の国,韓国では,“サイバー暴力”と呼ばれるWebでの罵り合いや個人情報の公開などが早くから問題視されていて,実際に,インターネット利用に際しての実名制も検討されているらしい。
 日本やアメリカでは,そこまでの議論は進められていないが,仮にアメリカのオンラインゲームで実名制が適用されるようなことにでもなれば,仮想世界であることを前提にしたゲームへの影響は大きい。「奥谷海人」という名前のエルフ美女なんて,誰がパーティに参加させてくれるというのだろうか。
 もっとも,女性キャラを操っているだけで“ネカマ”呼ばわりされて差別でも受けようものなら,こちらが訴えるということも可能なのかもしれないが……。

■実はオンラインゲームとは関係ない?

 

 本名の問題はさておき,「どこまでを中傷や迷惑行為と規定するのか」については,この法律の最も大きな争点である。ゲーム内容や,ほかのゲーマーの遊びっぷりを批判するのは,アメリカでは法律の上位にある「米国憲法」の一つである「言論の自由」によって保障されているからだ。「政府の批判は法的処罰」などというのは,さすがに民主主義の国では許されることはないだろう。
 実際,この法律が,ブログやオンラインゲーム内での言動に適用されることはないだろうというのが大方の見解のようである。そもそも,この法改正の元となるのは,電話での迷惑行為を規制するために1934年に制定された,「The Communication Act」だ。こちらも,同じように「本名を明らかにすることなく,電話での会話や機器を使って他人への迷惑行為やハラスメントをすると処罰される」という短いな条文で,しかも広義に受け取れる内容でしかない。
 この約70年前の法律は,現在でも常識的な判断のもとに十分機能していて,かつ個人的な言動が処罰されるということは,よほど特殊なケースを除いて発生していないのだ。

 つまりは,この新しい「Preventing Cyberstalking」の条項追加は,安価で技術的にも安定し始めたことから急速に普及しているIP電話に対応させただけのものということになる。
 IP電話は,ブロードバンド回線を利用したいわゆるインターネット電話であり,アメリカのリサーチ会社Yankee Groupによれば,2008年までには1750万回線の需要が見込まれているという。つまりはこの新しい技術を,法的に明確な形でコミュニケーション機器として認識しておくというだけの話なのである。
 現在FBIは年間5万件ほどの身元照会をインターネットプロバイダに申請しているらしいが,そのような捜査を合法なものにするという意図もあるのかもしれない。よっぽどのことがない限り,新しい法律がブログやオンラインゲームまでに波及することはないと考えてもよいだろう。
 オンラインゲーマーにとっては,とりあえず一安心といったところか。

 


次回は,日本にも関係のあるゲームを制作する開発者を紹介します。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。アメリカで毎年5月に行われるElectronic Entertainment Expo(E3)に,第一回から皆勤参加しているという奥谷氏は,2006年から,主催者の新しいガイドラインによって,E3会場にブースベイブ(コンパニオン)がいなくなるというニュースに少なからずショックを受けたらしい。しかしすぐに立ち直ったようで,今では「ゲームとオネーチャンは切り離せないもの。逆に,会場外での特別展示によってアンダーグラウンド化するだけじゃないか」という予言(?)を吹聴して回っている。


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http://www.4gamer.net/weekly/kaito/064/kaito_064.shtml