id Softwareの「DOOM 3」は2004年11月にリリースされたが,その後も同社や同社のキーパソンであるジョン・カーマック氏についての話題は,業界内外で常に飛び交う。最近では,携帯電話やXbox 360でのゲーム開発も行っているらしく,メディアの抜粋記事などからさまざまな憶測も流れている。業界に大きな影響力を持つカーマック氏だけに,彼の“次の一手”が気になるファンも多いはずだ。
■FPSプログラミングの父
アメリカの有力PCゲーム雑誌PC Gamerの最新号に,id Softwareの創設者の一人でありテクノロジ・ディレクターとして活躍するJohn Carmack(ジョン・カーマック)氏のインタビューが掲載されていた。最近の状況やゲームの未来について語る2ページばかりの短い記事ではあったが,やはり注目すべきは「id Softwareは,今後Xbox 360を優先的なプラットフォームにする」という部分。PCゲームファンとしては少々ショッキングな内容であり,そのあたりを掘り下げて解説してみたい。
3Dゲーム世代の寵児ジョン・カーマック氏は,若いながらもすでにPCゲーム界に多大な功績を残している
1970年カンザス生まれのカーマック氏がコンピュータに興味を持ち始めたのは,かなり幼い頃だったらしい。フリーランスのプログラマーとして生計を立てるためにミズーリ大学を中退し,やがてルイジアナ州にあったApple II GSやCommodore 64用ソフトの開発会社Softdiskに就職。ここで,John Romero(ジョン・ロメロ),Tom Hall(トム・ホール),そしてAdrian Carmack(エイドリアン・カーマック)ら1991年にid Softwareを創設する仲間達と出会った。
カーマック氏のゲームプログラミングにおける功績は大きく,Softdisk在籍中にはPC上での横スクロールのアルゴリズムを制作している。「スーパーマリオ」のファンだったロメロ氏のために,ホール氏と二人で会社に一晩徹夜して最初の一面をDOS上で再現させ,出勤してきたロメロ氏を驚かせたという逸話は有名だ。
id Softwareを設立してからは,とくに第一人称カメラ視点型のゲームエンジン開発に乗り出し,「DOOM」では効率良く3Dグラフィックスを生成するBSP/空間分割法(Binary Space Partitioning)を初めてゲームソフトで実用化したほか,「Quake」においては物体表面における光の反射などの計算を最適化させる表面キャッシング(Surface Cashing)技法を発明するなどしている。
また,「Hexen」から「Half-Life」,「Medal of Honor」などへと続くゲームエンジンのライセンスビジネスの発展に寄与したほか,「Quake World」(Quakeのインターネット専用版)のリリースによってPCゲームのあり方さえも変化させた。さらに,プログラミングやCGアートに心得のあるアマチュアが自在にゲーム内容を変更(modify)できるようにすることで,オンラインコミュニティやマルチプレイヤーモードの多様化を推進するなど,その影響力は計り知れない。“FPSプログラミングの父”と呼ばれるゆえんであろう。(ちなみに,人によって捉え方は異なるだろうが,「Wolfenstein 3D」へとつながるゲームプレイの発想はロメロ氏によるところが大きく,ロメロ氏が“FPSゲームプレイの父”と呼ばれるべきと思われる)。
■モバイルやコンシューマゲーム機への移行の真相
現在制作中の「Doom RPG」は,DOOMの世界観と「Bard’s Tale」を掛け合わせたようなものだとカーマック氏は解説している
これまで,PC用アクションゲームのトレンドを作り出してきたid Softwareだが,カーマック氏が現在制作しているのが,なんとモバイル向けに一から開発しているという「Doom RPG」である(関連記事は「こちら」)。カーマック氏はこれまで,携帯電話は所持するのも拒否していたらしいが,2004年に長男クリストファー・ライアンが生まれたこともあり,妻のアナさんから一般的なモデルを手渡され,仕方なく持ち歩くことになったらしい。内蔵されていたゲームのデモをプレイするうちに,どうすれば高性能なモバイル用アプリケーションを作れるのかというアイデアが膨らんだという。
このプロジェクトは,アナさんが社長を務めるFountainhead Entertainmentに渡され,カーマック氏はプロデューサー的な立場で内外から見守っている。ただの移植ではなく,DOOMの世界を使ったロールプレイングゲームということで,ファンにはちょっと気になるところだ。id Software内でもモバイルゲームに関してはさまざまな意見が交されているらしく,現在は社内でも「Quake III Arena」のようなゲームをモバイル化できないかどうかの試行錯誤も続けられているという。
昨年,Activisionによる買収騒動で旧友のエイドリアン・カーマック氏もid Softwareから退社してしまった。「DOOM 3」のリリースは,同社が直前に手がけた「Quake III Arena」から実に5年の歳月を経たが,次の新作はいつごろになるのだろうか?
さて,Doom RPG以外のid Software作品だが,具体的な内容はまったくないものの,この一年ほどXbox 360を優先プラットフォームとしてゲームソフトを開発中なのは,先に挙げたアメリカのゲーム雑誌がスクープしたわけではなく,すでにファンの間では少し前から話題になっていた。
最初に,カーマック氏自身の口から漏れたのは,昨年8月に地元ダラス市で開催されたQuakeCon 2005の基調講演でのことだ。このとき,「PCがゲームプラットフォームとしてハイエンドなのは間違いないが,諸々のドライバが更新されるたびにプログラムの変更を強いられてきた」のは頭痛のタネだったと語っており,改めてハードウェアが数年変化しないコンシューマ機に魅力を感じるようになったのだとか。
カーマック氏は,「Windows 95」がリリースされた頃から「Microsoftはソフトウェア開発者の意見を汲み取らない」と痛烈な批判を繰り返していた。MicrosoftがDirectXに関してサードパーティとの情報交換を密にするようになったのも,カーマック氏らが1990年代中期に行っていた運動がベースになっているのだ。それと同時にOpen GLやハードウェアメーカーのご意見番としても活動しており,「Quake 4」までのすべての作品はDirectXではなくOpen GLをベースにしてきたほどだ。
しかし,Open GLが過去のグラフィックス言語となりつつあるのは明らかで,例えば「Unreal Engine 3.0」でもOpen GL 2.xが引き続きサポートされているとはいえ,Shaderモデルの発展などでDirectXがPCにおけるゲーム開発用APIとして開発者達のメインチョイスになっているのは事実。ここに来て,カーマック氏もようやく重い腰を上げることにしたようだ。
もっとも,DirectXベースのグラフィックスエンジンでは他社も相当な力をつけている。特に,最初の数か月間はカーマック氏が一人でコア部分のプログラムを制作するという,効率の非常に悪いid Softwareの少数精鋭体制では,技術面での競争となってしまうことがもはや大きな負担となっているのかもしれない。そのあたりで,モバイルやXbox 360など技術的に固定された中で,“革命”ではなく“改良”をもたらす方向転換をしたとも考えられる。
いずれにせよ,id Softwareの最新作がXbox 360とPCで同時リリースされることはQuakeConで確約されている。Xbox 360優先うんぬんというのも,このプラットフォームで十分に遊べるようにオプティマイズする,というのが本意のようで,彼の手がけたアクションゲームがPC市場から消えるということはなさそうだ。MODコミュニティへのサポートや,5年ごとに続けられているソースコード無料公開などの習慣も,これまでと同じように続けられていくことと思われる。
「Quake III Arena」から「DOOM 3」のリリースまで実に5年が費やされたが,未だ発表もされていない新作は,すでにさまざまな憶測を呼んでいる。それほど,彼の作品を待ち焦がれる人は多いのだ。
次回は,女性のゲーム業界進出について考察してみよう。