連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2007年1月24日掲載

 放送業界大手のViacom率いるMTVは,このところShockwaveゲームを開発するAtom Entertainmentやゲーマー用インスタントメッセンジャーのXfire,バーチャルペットサイトNeoPetsを買収するなど,オンラインワールドへの参入を図っている様子。さらに,自社コンテンツである人気番組を使ったオンライン世界を作るなど,ネットワークを使った広告ビジネスでも大きな存在感を示し始めたようだ。

 

オンラインワールドに目をつけたMTV

 

MTVが番組をオンラインワールド化

 

 このところ,大手テレビネットワーク各社が盛んにゲーム業界への進出を図っていることは,当連載でも何度かお伝えしている。テレビからインターネットへと動きつつある新世代の市場を,なんとか確保しておきたいという現れだろう。
 アメリカの音楽専門チャンネルとして永らく若者の支持を得てきたケーブル局,MTVだが,1990年代後半にもなると,ミュージックビデオだけでは顧客をつなぎ止めることが難しいと感じたらしい。そのため,ミュージックビデオは深夜に流すくらいで,視聴率の高い時間帯はバラエティショーやドラマが中心となっている。音楽専門というより,「若者向けライフスタイルテレビ局」と形容したほうが似つかわしいほどだ。
 そんなMTVが,MMOG型のオンラインサービス,「Virtual Hills」を開始すると発表した。「Hills」とは,2006年6月に始まったバラエティ番組で,ファッション雑誌出版社にインターンとして勤める専門学校生を朝から晩まで追いかけるという,アメリカではポピュラーなスタイルのリアリティ系のショーだ。18歳から24歳までの女性層を中心に,高い視聴率を得ているらしい。

 

リッチで派手な専門学校生の生活を追った「The Hills」は,もともと「Laguna Beach」の出演者の後日談を追ったスピンオフ番組。番組の主人公に自分の姿を投影するティーンエイジャーは少なくないようだ

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 実は,MTVはすでに2006年9月から,「Virtual Laguna Beach」というオンラインサービスを含めた「MTV Virtual World」をオープンしており,オンラインになったテレビ番組はこれで2作になっている。「Laguna Beach」もMTVが2004年からプロデュースしているバラエティ番組で,こちらは南カリフォルニアの富裕層の若者達の生活をとらえたものだ。
 この,Virtual HillsとVirtual Laguna Beachは,ともに若い女性をターゲットにしており,バーチャル世界で憧れの出演者達と一緒に生活できるという内容。3D世界の中で,プレイヤーはビーチパーティを開いて知り合いを作ったり,イブニングドレスを購入して自分のアバターに着せたり,パズルゲームのコンテストでゲーム内通貨による賞金を獲得したりという,ソーシャルネットワーク型のサービスを無料で満喫できるわけだ。Virtual Laguna Beachでは,正式加入者だけ,公開日よりも一日早く番組のストリーミングビデオを見られるといった特典などもある。

 

 

市場への影響力を維持するためのアドバゲーミング

 

 Virtual Laguna BeachやVirtual Hillsのようなソフトは,アメリカで“アドバゲーミング”(advergaming)と呼ばれる新手のマーケティング手法で,企業が自社のサービスや製品のプロモーションを目的に,ゲームを広告として利用するものである。混同されている向きもあるが,ゲーム内でスポンサーの広告アートやメッセージを送るような手法は“インゲーム・アドバタイジング”(in-game advertising)と呼ばれる。詳しくは,当連載の「ゲーム内広告がもたらす影響」をお読みいただきたい。
 以上のことは,若者のテレビ離れを懸念したMTVが,番組とゲームやインターネットカルチャーを連動させることで,将来への足がかりを築こうとしていると考えて間違いないだろう。番組のスポンサーになっているブランド服や車,飲料をゲーム内に登場させることで,「広告メディア」としてアドバゲーミングとインゲーム・アドバタイジングを最大限に利用している。しかもコンテンツホルダーのMTVにとって,ネットは広告手法としての可能性を探るばかりではなく,視聴者の生のリアクションを感じ取れる,またとない機会でもあるわけだ。

 

「マイスペース」と「The Sims」を足して2で割ったような雰囲気のThereは,Second Lifeと比べると過激表現が少ないため,青少年にとってプレイしやすい。そこに目をつけたのが,新たな広告戦略を狙うMTVだった

 このMTVのオンラインコンテンツを裏で支えているのが,「There」である。Thereは,「Second Life」と同じく,いわゆるゲームとしてのMMOではなく,ソーシャルネットワーク型のネット空間として2003年末に始まったオンラインサービスだ。しかし,早期から資金繰りに喘いでおり,大きな人気を獲得することができないまま,もう一歩で閉鎖というところを投資会社によって拾われた。その後,基本料金を無料にしてターゲットを青少年に絞り込むことで,Second Lifeとまでとはいかないものの,最近は再び上昇気流に乗り始めている。
 Virtual Laguna BeachとVirtual Hillsは,このThereのゲームエンジンをライセンスし,広告専用のスペースとして独自のクライアント/サーバープログラムを運営している。また,一つのアバターで双方の世界を自由に往来できるようにするとのことで,これまでのMMOGではなかった世界も構築可能だ。今後,さらにコンテンツが増えていけば,その日の気分でさまざまな世界を自由に移動しつつ,ソーシャルネットワーキングサービスを楽しむという,一大オンラインワールドが形成されていくことになるのである。
 このように,広告としてのオンラインサービスが進んでいくことは良いことずくめ見えるが,懸念がないわけではない。例えば,テレビ番組とタイアップした安易な粗製濫造が続けば,ひょっとしたらテレビ離れどころか,ゲーム離れが進んでいくかもしれないといった,負の可能性もまた十分に秘めているのである。

 

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。用事で見知らぬ町で車を運転していた奥谷氏。帰り道,行きにはなかったはずの道路工事に遭遇してしまったという。「ツイていないなあ」と思いつつ,旗を持った作業員の誘導で脇道へそれた奥谷氏だったが,しばらく進んだところでなんと道は行き止まり。そうこうしている間に,誘導された車が次々と進入してきて,閑静な住宅地がちょっとした渋滞になってしまったらしい。奥谷氏は「追われるままに檻に進んでいく羊のような気分だった。誘導するなら誘導先を確認してほしい」とご立腹の様子だ。たいそうアメリカっぽい話である。


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