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[CEDEC 2014]ウェアラブルデバイスが“リアル回帰”なゲームをもたらす? ウェアラブル研究第一人者,塚本昌彦教授による基調講演レポート
塚本氏は,ウェアラブルデバイス研究の第一人者で,13年間ウェアラブルデバイスを使った生活を続けていることでも知られている。HMDを(それも複数)装着して暮らすというのは並大抵のことではない。
最近はスマートウォッチにも凝りだしたそうで,講演時には左手に5個,右手に4個と,計9個ものスマートウォッチを装着していたほど。「HMDやウェアラブルデバイスがくるぞ」と氏が言い続けて13年,最近になってようやく時代が追いついてきたようだ。
一口に“ウェアラブル”といっても,世の中にはいろいろな概念や製品が存在する。そこで,講演で扱うウェアラブルの定義を,先にまとめておこう。
塚本氏は,ウェアラブルを「コンピュータを服のように着る」ことであると定義している。そして,コンピュータで人間の能力を増強する。あるいは,そうしたデバイスを常に携帯することで,日常生活を変えるようなものがウェアラブルである,というイメージでいいだろう。
逆に,“常に身に着けて日常生活を行えるデバイス”であることが条件なので,「Riftはウェアラブルではない」ということになる。さらに,“ハンズフリーで使える”という条件も塚本氏は挙げているので,いつも持って歩いていたとしても,「スマホはウェアラブルではない」となるわけだ……たぶん。だいたい感じはつかめただろうか。
iWatchの発表も間近?
盛り上がりを見せるスマートウォッチ市場の現実
一方,スマートウォッチの大本命と目されるAppleのいわゆる「iWatch」も,北米時間9月9日に予定されている同社の発表会で披露されるのではないかと噂されており,この状況を塚本氏は,「まさにウォッチウィーク」と表現していた。
発売どころか正式発表もされていないにもかかわらず,一大ブームの中心にいるiWatchだが,塚本氏はさまざまな噂を集めた予測も披露した。それによると,発売初年度で300万台程度,その後は年間で3000万〜5000万台を販売すると見られており,これまでのウェアラブルデバイスとは桁の違う商品になりそうだと期待されているという。
iWatchにまつわる多くの噂については,実際にAppleはいろんなタイプの端末をテストしているため,それらの情報が少しずつ漏れているのだろうと塚本氏は予想している。噂をまとめた製品3種類の予想図も示された。
10種類以上を搭載するという噂のあるセンサー類だが,携帯機器向けセンサーとして流通しているものを総動員しても,この数には足りないはずだ。しかも血糖値のように,どうやってウェアラブルデバイスで測定するのか不明なものもリストに上がっている。実現可能性はともかく,塚本氏はAppleならやりかねないと考えているようだ。
このように,腕時計型ウェアラブルデバイスには,想像されるiWatchのような情報端末タイプ以外にも,さまざまな製品が考えられるという。情報端末タイプはiWatch(※OSはiOSと塚本氏は予想)のほかにも,Googleが開発した「Android Wear」や,Mozillaが開発してSamsung製品に採用されている携帯機器向けOS「Tizen」(※)といったプラットフォームを採用するものが鎬を削ると見られているそうだ。とはいえ,実質的には「iWatchの様子見」というところがほとんどだと,塚本氏は指摘する。
そもそもスマートウォッチは,すでに多くの端末が市場に出回っているのだが,成功しているものはない。だから,スマートフォンがそうだったように,スマートウォッチのユーザーインタフェースやアプリケーション,そしてビジネスモデルなどは,「iWatchが登場したら,それを真似よう」と考える企業が多いというのが現状ではないだろうか。
塚本氏によるスマートウォッチの分類例。すでに多彩な製品が市場に流通しているが,市場を牽引するほど売れているものはない |
主流となるプラットフォームは,Android WearやiWatch,Tizenベースと予測する塚本氏だが,現状はAppleの様子見といった状況にあるという |
情報端末タイプとは別に,すでに多くの製品が登場しているスマートウォッチのジャンルに,リストバンド型活動量計がある。4Gamer読者のなかにも,使ってみたことのある人はいるだろう。しかし,現状の製品は試してみた人はそれなりの数がいても,その人達が長く使い続けているかといえば,そうでもないそうだ。
調査をしてみると,たいていは端末をなくしたり壊したり,飽きたりしてしまうそうで,「すでに使っていない」という例が多いという。「(活動量計の)市場は立ち上がっているように見えて,立ち上がっていないのではないか」と塚本氏は見ている。
腕装着型のウェアラブルデバイスでは,特殊な用途のものも登場していると塚本氏は説明した。たとえば,心拍の脈動パターンで個人を認証するデバイス「Nymi」,紫外線センサーを搭載して,屋外での紫外線量を計測できるブレスレット「June」,iOSデバイスと連携して,手の動きをもとにいろいろな音を出す玩具タイプの「Moff」といったものが,そうした特殊用途タイプの例として挙げられていた。
だが,特殊用途タイプで「最大のトピックは妖怪ウォッチ」であると塚本氏は指摘する(※ゲームではなく時計型玩具のほう)。500万台以上をあっという間に売り上げた怪物おもちゃだが,ウェアラブル研究の大家である塚本氏も,まだ入手できていないそうだ。
「仮にiWatchが今年発売されないとすると,その原因の1つは,妖怪ウォッチに初年度販売台数で勝てないからではないか」という予想を塚本氏は披露していた。
HMDタイプは用途によって適するタイプが変わる
シューズ型ウェアラブルデバイスも開発が進行中
腕時計型に続いて塚本氏がテーマに取り上げたのは,ウェアラブルデバイスの代表格であるヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)だ。
氏は初めに,現在の製品を,両眼式と単眼式,大型と小型,シースルー型と非シースルー型という区分で,8種類に分類した。このうち,「両眼/大型/非シースルー」タイプのHMDは,冒頭で説明した理由により「ウェアラブルデバイスではない」と塚本氏は定義しているので,今回の講演では除外されている。
これら8種類のウェアラブル型HMDは,それぞれで特徴があるため,どの方式が優れているというわけではないと塚本氏は指摘する。用途に対して適したタイプが使われていくだろうと予想しているとのことだ。
腕時計型ほどではないが,ウェアラブルHMDも各社が投入しており,市場が拡大するときは「急に来る」と塚本氏(左)。HMD以外に,眼鏡型のウェアラブルデバイスも登場し始めている(右) |
ウェアラブルデバイスには腕時計型やHMD以外にも,さまざまなタイプが登場しているという。それらについての解説も行われた。
なかでも,筆者が興味深く感じたのは,シューズ系のデバイスだ。シューズは時計や眼鏡と違い,多少重くても大丈夫だし,体の動きから発電する機能を内蔵するのにも適している。また,足の指はセンサーに適しているなどの理由で,かなり注目されているのだそうだ。すでにGoogleなど,多くの企業が開発に取り組んでいるという。どんな製品が登場してくるのか,今から楽しみである。
GoPro製品を代表とする「アクションカメラ」もウェアラブルデバイスの一種であるという(左)。しかし,すでにこの市場は成熟市場であると指摘し,用途の拡大に工夫が必要と塚本氏は説く。スポーツだけでなく日常の光景を撮影する「ライフログ」用カメラは,これからブレイクするのではないかという意見だ(右) |
ウェアラブルデバイスとゲームはどう関わるのか
さて,それではこうしたウェアラブルデバイスで,どのようなゲームができるのだろうか。塚本氏の講演からそれを紐解くには,まず氏のスタンスを明確にしておく必要がある。
「この方向性を一変させるのがウェアラブルデバイスだ」というのが,塚本氏の主張だ。ネット空間ではなく実空間で行動する娯楽を作り出すことで,健全な社会を取り戻そうというのが氏の持論である。
これは,塚本氏が最近言い始めたことではない。13年前からこういった主張を掲げて,ウェアラブル生活を率先して続けている人だ。11年前のCEDEC 2003では,「家庭用ゲーム機は20年以内になくなる」との予想を示して,会場を気まずくさせたことさえある。
しかし,タイムスケールはともかくとして,HMDをスマートフォンに置き換えてみると,うなずける部分も多い指摘のように思う。ウェアラブルデバイスがくる前の段階として,携帯電話機がきたという感じだろうか。
だがその結果として,塚本氏が期待した「身体を使った鬼ごっこ」ではなく,スマートフォンの小さな画面で遊ぶゲームが流行しているのが現状で,氏の目指す未来の実現はまだまだ遠い。
さて,そんな状況を踏まえたうえで,塚本氏がウェアラブルデバイスとゲームの関係として挙げたのは,氏がWikipediaで調べたという「子供の遊び」一覧だ。
氏が子供の頃には,飽きずに外で遊び回っていたという。子供が外で遊ばなくなったのは,ネット空間の影響というよりも,ゲーム機などによる娯楽の電子化が進んだことにあるのは間違いないだろう。
バーチャルな方向に偏った娯楽をリアルの方向に引き戻したい。とはいえ,単に「昔の遊びに戻れ」という無茶な主張をしているわけではない。昔の遊びを再考したうえで,それをコンピュータを活用した現代的な遊びに変えていくことが効果的だと考えているようだ。
そして,そうした遊びに腕時計型やHMD型のウェアラブルデバイスを組み合わせれば,もっと面白いものができるはずだと塚本氏は訴える。
氏は続けて,フランスの哲学者であるRoger Caillois(ロジェ・カイヨワ)氏の研究から,遊びの定義と分類をスライドで示した。
Cailloisによる古典的な遊びの定義(左)と分類(右)。これらの中には,最近のゲームにはない要素が見られるのではないかと塚本氏は問う |
Caillois氏の研究は古典的な遊びについてまとめられたものだが,「古典的な実世界ならではの遊びの姿」には最近のゲームにない要素が見られるのではないか,と塚本氏は会場に問いかける。
一方で,ウェアラブルデバイスで実現できる具体的なゲームのアイデアについては,11年前の講演で使ったスライドがそのまま紹介された。ウェアラブルデバイスが塚本氏の予想ほどは普及していないという状況であるため,基本的な考え方は,今でもあまり変わっていないということのようだ。
CEDEC 2003で塚本氏が示した,ウェアラブルデバイスを使うゲームのアイデア。ウェアラブルデバイスの普及が期待ほど進まなかったこともあって,当時のアイデアがまだ実現されておらず,それゆえ古びてもいないといえる |
たとえば11年前の講演でも,すでにAR技術を使ったゲームのアイデアは提示されていたという。また,ウェアラブルデバイスを身につけて日本各地に出かけ,その土地固有のモンスターを集めたり,ARペットを飼育したりといったアイデアも披露されていた。
HMDタイプのウェアラブルデバイスを使ったAR型ゲームをイメージしたスライド,すでにGoogle Glass用アプリでは,似たようなものが出てきつつある |
日本各地に出かけて,その場に応じたモンスターを集めたり育てたりするというAR型ゲームのアイデア |
ただ,これらのアイデアについて塚本氏は,「古典的な遊びを新しく作り直していくといった視点が弱い」と,自らツッコミを入れている。そのうえで,「ウェアラブルデバイスを使うことで,新しい身体活動の喜びのようなものを作り出せるのではないか」との期待も示した。
2014年8月に開催したウェアラブル勉強会で提案されたという,ウェアラブルデバイスを使った新しい「鬼ごっこ」のアイデア。左は腕時計型,右はHMDを使った例だ |
ウェアラブルデバイスであることを生かしたゲームでは,これまでにない面白さを持ったものが登場してくるはずだという確信のもと,塚本氏は昔ながらの遊びをベースに,心身を健全に育成するゲームが登場することを願っている。
塚本氏による講演は,新分野に立ち向かっていくことになるであろうゲーム開発者たちに,今までのゲームとは異なる方向性を示してくれたのではないだろうか。
神戸大学大学院工学研究科 電気電子工学専攻計算機工学研究室の公式Webページ
CEDEC 2014 公式Webページ
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