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「Bonanza対トップアマ」将棋対局レポート 世界コンピュータ将棋選手権優勝ソフトのお手並み拝見
と,その前に,先日マグノリアから発売された将棋ソフト,「Bonanza」(パッケージ版の正式タイトルは,「Bonanza 2.1 Commercial Edition」。価格は税込で9800円)について説明しておこう。
4Gamerでも記事になっているので,すでにご存じの読者も多いだろうが,本作は2006年5月に開催された「第16回世界コンピュータ将棋選手権」に参加した将棋ソフト。初参加でありながら,決勝の総当たり7回戦で6勝1敗という結果を出し,見事優勝を果たしている。
そのBonanzaは,理論物理化学研究者の保木邦仁(ほき くにひと)氏が趣味で開発/公開している将棋プログラム(フリーウェア)。コンピュータ将棋界に衝撃をもたらしたという「全幅検索」型の思考アルゴリズムを搭載していることが特徴で,手を絞り込まず,局面を網羅的に評価することを得意としている。人間くさい打ち筋や,プロですら意表を突かれる妙手を繰り出すこともあるそうだ(そのアグレッシブさは,ときに“狂暴”と評されることもあるという)。
世界コンピュータ将棋選手権ともなると,ほとんどのソフトがサーバー用などの高性能マシンで動作させられているのだが,Bonanzaは市販のノートPCで出場し,それで優勝してしまったというのだから,驚きである。(多大なマシンパワーを必要とせず,一世代前のスペックでも十分動作可能とのこと)。
ちなみにパッケージ版には,世界選手権で本作の動作するノートPCの冷却に大きく貢献した“伝説の赤いUSB扇風機”こと「ボナンザ専用ファン」が同梱されている。
その日,Bonanzaと対局したのは,2名。小学生時代から各年代で優勝を果たしてきた,アマ将棋界屈指の強豪である清水上徹氏(25歳)と,アマ竜王などこちらも数々のタイトルを持つ加藤幸男氏(24歳)。解説は,勝又清和5段と,女流棋士藤田綾初段が担当した。
第一回戦は,清水上アマとの対局。解説の勝又5段や藤田初段によると,Bonanzaのような将棋プログラムには“恐怖心”がないため,守りの手を打つのが普通(打たないと安心できない)の場面でも,淡々と攻めてくるのが特徴的だという。そのあたりについては,人と対戦する場合には弱点になり得る性向だが,一方で対 戦相手の心理に,「これでいいのか?」と不安を覚えさせるものでもあるようだ。
どうも今回は,「Bonanza」が得意とする「穴熊」「振り飛車」といった戦法が繰り出されず(Bonanzaには約20万の定石が登録されており,戦法はランダムで決まるらしい),47手で「コマ損が激しすぎるため,Bonanzaの投了」となった。
素人目から見ると,若干あっけない勝負だったが,序盤でBonanzaが苦手とする「金が離れてしまう」パターンに進んでしまったようで,本来の強さを発揮しきれなかったようである。
面白かった,というか,人工知能のアルゴリズム作りの難しさを実感させられたのが,中盤かなり情勢が悪化してきている場面でも,「コマひとつ得」という判断をBonanzaが下していたあたり。「相手のコマをどれだけ取ったか」というのは,将棋において数値化しやすい部分であるため,そういった判断を下してしまうようである。
旗色がいい/悪いといった部分は,人間ならば(それなりの棋力があれば)簡単に判断できるわけだが,それは実に数値化しにくい要素である。トップ棋士に勝利するためには,そうした部分をいかに数値化し,プログラムに反映できるか,というところが肝心要なのだ。
なお,勝者の清水上氏は,「全然(こちらの攻め手を)受けてくれないから,このままで大丈夫なんだろうかと,不安になりました」と,Bonanzaとの対局を振り返りコメントしている。
清水上氏とのときとは違い,二回戦は非常にゆっくりとした展開が続き,最初は「Bonanza」が得意とする戦法が発動するかに見えたのだが,残念ながら,またもや金が分裂する戦法を選んでしまった様子。ケータイ紛失というトラブルをものともせず,75手で加藤アマの勝利となった。
素人目には,勝又5段の解説などもあって,「Bonanzaもまだまだかな」,という展開に見えていたのだが,加藤アマは「存外難しかった」とコメント。駒を一つ下げる,といったわずかに受ける打ち方をされていたら,勝負は分からなかったそうである。
また,作者の保木氏は,不得意な戦法を選んでしまったために「Bonanza」が実力を発揮できなかったので,「序盤のチューニングをしてきます(笑)」と,照れながらコメントをしていた。
まず藤田初段だが,「Bonanzaは穴熊や振り飛車が強いということなので,それが見たかったですね」と,保木氏の“序盤のチューニング”に期待を寄せていた。
勝又5段は,将棋の初心者向けのコメントをくれた。「コンピュータ将棋は,中盤が弱いんですね。サッカーでいうと,7-0-3みたいな,ものすごく極端なフォーメーションという感じなんです。金や銀を用いての中盤の押し引きが,定石のデータベースだけではまだまだ対応しきれないので,そのあたりが課題といえるでしょう。でも,Bonanzaに勝てる人は,そうそういませんよ。日本に3000人はいないんじゃないですかね」。
「将棋のルールを理解している人」は,日本中に大勢いるだろう。その中の3000人程度しかBonanzaに勝てないのではないか,と勝又5段が評価しているのだから,その強さは推して知るべし,である。
ちなみに,一応ヘボ将棋が指せる筆者もBonanzaと対局してみたのだが,最弱設定にして対戦しても,まったくお話にならず(笑)。そこで,かなり腕前は鈍ってしまったというが,全盛時(10年ぐらい前)にはアマ2段までいった友人に,何度かBonanzaと対戦してもらったのだが,その彼ですら初級設定でも勝てず……。
「清水上アマ,加藤アマは,アマ将棋界ではトップ中のトップ。相手の些細なミスを絶対に見逃さない棋力があるから,Bonanzaに勝てたわけです」(勝又5段)。Bonanzaを,勝ち負けにこだわるゲームとして楽しめるのは,それこそ数千人しかいないのかもしれないが,それだけに,棋力アップには最適のソフトといえるだろう。
最後に,マグノリア代表取締役社長 広沢一郎氏にも話を伺ったところ,「まだトップアマの人達には勝てないだろうな,とは思っていました」と,素直なコメントをくれた。今後の展開に関しては,思考エンジンのアップデートなどは行わず,1年後に新バージョンとして,より強いBonanzaを発売したい,とのことであった。
一進一退の攻防を期待した人も多かったと思うが,残念ながら今回は,そこまで劇的な展開にはならなかった。とはいえ,将棋の世界でも,人工知能が徐々に人に追いつきつつある事実を肌で実感できたイベントであった。
今後,Bonanzaを含む将棋プログラムの実力はさらに向上していくだろう。数年経てば,勝てる人数が1000人を切り,10年もしないうちに「プロやアマのトップ以外は勝てない」となり,さらには……,という時代が来るのかもしれない。
ちなみに,2007年3月21日には,日本将棋連盟主催の新しい公式棋戦「大和証券杯ネット将棋・最強戦」の特別対局として,現在将棋界の最高位である渡辺明竜王と,Bonanzaとの対局が行われる(!)そうだ。それまでにはぜひとも,Bonanzaの序盤の徹底したチューニングを済ませてもらい,コンピュータ対人間の,想像を絶する好勝負を目の当たりにしてみたいものだ。(ライター:デイビー日高)
- 関連タイトル:
Bonanza 2.1 Commercial Edition
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