連載
剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第99回:九尾の狐
民間伝承における狐といえば,狸と並んで,人間を騙す狡猾な動物として知られている。夜道に迷った人が同じ道をぐるぐる回ってしまったり,親切な人に泊めてもらったつもりが目覚めると野原だったり……。そんな奇妙な出来事が,実は狐のせいだったという昔話は,日本各地に伝えられている。ほかにも,夜道に現れる奇怪な光を狐火,天気雨のことを狐の嫁入りというように,怪奇/自然現象を指す言葉に狐という語が使われることもある。また,稲荷大明神の使いとして狐が登場することを考えると,狐という存在は実に神秘的で,動物の中でも少々特別扱いされているように思える。そんな神秘的な狐をモチーフとしたモンスターで,最もメジャーな存在といえば,九尾の狐だろう。
九尾の狐は,白い顔,金色に光る毛皮,そして九つに割れた立派な尾を持つ妖怪。別名,白面金毛九尾の狐(はくめんきんもうきゅうびのきつね)などと呼ばれることもあるようだ。非常に賢く,妖怪の中では上位の存在として扱われることから,ゲームや漫画などでも,ボスクラスの重要なキャラクターとして登場する場合が多い。オンラインゲームでは,「三国志 Online」「新・天上碑」に登場したものが印象的だ。一方コンシューマゲームでは,ポケットモンスターシリーズに出てくるキュウコンも,九尾の狐の一種と考えていいだろう。一方漫画では,藤田和日郎氏による「うしおととら」や,岸本斉史氏による「NARUTO -ナルト-」などが,あまりにも有名である。
なお,狐は犬を苦手としているという伝説があり,犬に吠え立てられると変化が解けてしまったり,術を打ち破られたりするらしい。年齢を重ねた強力な妖狐には,効果がないといわれることもあるが,狐系のモンスターと戦うなら,犬をお供に連れていくくらいの用心深さが必要かもしれない。
九尾の狐のルーツをたどっていくと,中国の伝承にたどり着く。夏王朝を興したことで知られる禹王(うおう)が,まだ王になる前に九尾の狐と遭遇しており,その直後に女嬌という女性と出会い結婚。その後王として君臨したことから,「九尾の狐に出会った者は王になる」といわれるようになり,麒麟や鳳凰のように,神獣/聖獣として祀られていた。
ところが,「封神演義」や「山海経」などで,九尾の狐は王をたぶらかし,残虐で人を食らう妖怪と書かれていたことが影響したのか,次第に九尾の狐は聖獣ではなく,妖怪としての地位を確立していったようだ。これが日本に伝播し,今日の九尾の狐のイメージが形成されたのだろう。九尾の狐はいわば,輸入されたモンスターであるが,日本での人気も高く,実に多くの逸話が残されている。ここでは,日本で生まれた代表的な逸話を紹介してみよう。
平安時代の末期,鳥羽上皇の時代に,玉藻の前(たまものまえ)という一人の女官がいた。玉藻の前は頭が良く美人であったことから,鳥羽上皇に寵愛されていた。
ところが彼女が宮中にきてからというもの災いが続き,鳥羽上皇自身も体調を崩してしまう。この調査に当たったのが,陰陽師の安倍泰成だった。彼は,玉藻の前が九尾の狐であることを察知して祓いを行うと,玉藻の前は九尾の狐としての正体を現わして,どこかに飛び去っていったという。
しかし,その後も九尾の狐の被害が続いたことから,鳥羽上皇は上総介広常と三浦介義純という二人の武将に,8万の軍勢を組織させると討伐にあたらせた。討伐軍と九尾の狐は激しい戦いを繰り広げ,なんとか九尾の狐を倒すことができた。が,九尾の狐は石化して,周囲に毒をまき散らしたという。その猛毒はすさまじく,上空を飛ぶ鳥であっても命を奪われたそうだ。そうしたことから,石となった九尾の狐は「殺生石」と呼ばれ恐れられたという。
なお,室町時代初期に会津の示現寺を開いた玄翁和尚によって殺生石は封印されたが,石は砕け散り,全国へと飛散したという。栃木県那須湯本温泉付近には,玄翁和尚が封印したという殺生石が残されているので,興味のある人は足を運んでみてもいいだろう。
|
- この記事のURL: