連載
大網亜矢乃の構成要素:第12回「夢つき兎」(前編)
「東京ゲームショウ2007」のどさくさで,一週お休みをしてしまった本連載ですが,今回はその空白を補って余りまくるようなボリュームでお届けします。大網さんの脳が生み出す,架空の物語は,どこへ向けて疾走しているのでしょうか。
東から吹く風を目の中に閉じ込めて耳をすます。
風の詩は暗号のように変化し,お互いの記号がぶつかり合い,音を奏でる。それはきっとあの日の葬送曲。
僕の眼が二つあったら,あの時見えた風景は違うのかな。
僕の目が二つあったら,非の花がもっと綺麗にミエルカナ。母さんが悲しい顔をしていたのにも気付けたかな。
僕はそんなことを考えながら,ボタンでできた目を触る。それはとても冷たかった。
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少年にとって,いつだって欲しいものをすんなりと手に入れられるのが,当たり前のこと。デパートで駄々をこねたり泣き叫んだりして親を困らせている子供を見かけると,ついじっと見つめてしまう。夏休みの自由研究にでもしようかな,なんて思いながら。
遊びだって,先が見えてしまうとすぐに飽きる。所詮は暇潰しのままごとだ。
そういえば,おじいちゃんが言っていた。
「目的を失った人生は,墓場までの暇潰しだ」
って。
とりあえず,パソコンで同世代が欲しがっている玩具でも調べてみる。だけど,流行りのゲーム,スニーカー,すべてもう手に入れてしまった。
溜め息をつきながらカーソルキーを下に押していると,灰色の兎の人形が目にとまった。赤いボタンの目をしたそれは,「夢つき兎」という名前が付けられていた。
少年が,そいつの赤い眼に引き込まれるようにEnterキーを押した瞬間,背後から,
「ありがとう」
という声が聞こえてきた。
振り向くとそこには,夢つき兎がちょこんと座っていた。
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「さぁ夢をつきましょう!
誰の夢をつきますか?」
少年は驚くこともなく,喋りだした兎の眼をじっと見ていた。
なぜかとても心が落ち着く。あ,そうだ。おじいちゃんが作ってくれていた大好きな苺ジャムの色だ。輝きもそっくりだ。
「夢をつく……って?」
少年は兎の目をみつめながら聞いた。
「その人間の夢を臼に入れて,ペッタンコペッタンコつくんですよ。君も月にいる僕達を見たことがあるだろう?」
「え,あれはお餅をついているんじゃないの?」
「ははっ。君も案外普通の子供なんだね。あれは人間の夢をついているんだよ」
「じゃあ,僕は君のことをこの望遠鏡でよく見ていたってことだ」
「ま,シフト制だから僕とは限らないが,一番耳が長くてかっこいいのが俺」
「ふーん。ねぇ,夢をつくとどうなるの?」
少年は,初めて流れ星をおじいちゃんと見たときのように,とてもワクワクしていた。
「夢を餅みたいについたら,食べるんだ。するとその日は,その夢を楽しめる」
「食べたくない夢は,堅くしてバリバリにして捨てちゃうの?」
「たいていみんな,そういう夢は捨てるけど,ステンドグラスみたいに飾ることもできる」
「夢を閉じ込めておけるってこと?」
「そうだな。案外綺麗だぞ。で,お前はどんな夢を食べたいんだ??」
「え,そんなこと急に言われても……」
「何か夢があるから俺を買おうとしたんだろ?」
「いや別に……」
「ほら,とっとと決めてくれよ。俺はバイトだから,すぐ次に行かなきゃならないんだよ。子供なんだからさ,プリンの中を泳ぎたいとか,テストで100点とって運動会で1位になって好きな子に褒められたいとかさ,そういうのあるだろ?」
「それはもう,全部経験したことあるんだよ。あと,プリンは弟にやってよ。弟,プリン大好きなんだ」
「そうかい」
兎は自慢の耳に触れながら,少し悔しそうに呟いた。
その様子を見た少年は,突然ひらめいたように,
「おじいちゃんと森にクワガタをとりに行きたい!」
と叫んだ。
「おいおい,なんだそれ。そんなの夏休みの残りで行ってこいよ。案外お前も子供だね〜,あっもしかして,優秀に見えて,夏休みの宿題終わらなくてヒーヒー言ってる,よくいるタイプの子供だろ?」
さっきとは一転,兎は嬉しそうに耳を触った。
「宿題なんて3日で終わらせたよ。朝顔の成長記録なんてネットで見れば済むし」
「そうかい。じゃあなおさら,じいちゃん家に行って好きなだけクワガタでもなんでも捕まえてくればいいだろ」
「もう無理なんだ」
少年は,机の上に置いてあった空っぽの虫かごを手に取って言った。
「無理? なんで?」
「死んだんだ,じいちゃん。夏休み入る直前に」
「そうかい」
空っぽの虫かごを見つめながら小さな声で話す少年を見た兎は,自慢の耳を触るのを止めた。
「去年の冬休みにじいちゃんと約束したんだ。夏休みになったら弟と一緒に3人で森へクワガタをとりに行くって。でも弟はまだ1年生だから,よく分かってないんだ」
「そうかい」
「夏休みに入ってから,じいちゃんはどこに行ったの? って何回も僕に聞いてきた。でも,天国だよ,なんて安っぽいドラマみたいなことは絶対に言えないよ」
「なぜなんだい? それで弟は安心するだろ」
「いずれ分かることだよ。
じいちゃんは戦争の話をよくしてくれた,そして必ずこう言った。『わしは天国になんか行くもんか。地獄に落ちて本当にそこが地獄かこの目で確かめる。わしが見てきた地獄より地獄ならば,そこはわしにとっては天国じゃ』って。その時のじいちゃんの眼はガラスみたいだった。いまにも壊れそうな……」
「ふぅん」
「だから弟にじいちゃんの居場所を聞かれても,何も言えなかった。そしたらそのうち泣き始めちゃったんだ。沈黙に耐えられなかったみたい。分からないことが,とても怖いんだってさ。
それでついつい,『じいちゃんは僕達のためにクワガタを捕りに行ってくれているんだよ。』なんて言っちゃった」
「そっか」
「そしたら弟はさ,鼻水たらしながら『そうなの? じいちゃんは森に行ってるの?』なんて言うもんだから,また『そうだよ』って,嘘ついちゃった」
「兄貴ってのもたいへんだな」
「まぁね。でもなんであんなこと言っちゃったんだろうって,時々ベットに入って窓から月を見ながら思うんだ」
「俺を見ながら?」
兎は耳を得意げにピンと張りながら言う。
「そうかも」
少年は少し微笑んだ。
「よし,じゃあその夢,つくかっ!」
と兎は漫画の様に臼をボンっと出した。餅つき大会で見かけるような木製のものではなく,鉄でできた臼だった。
少年は驚きながら,
「何でつくの?」
と聞くと,兎は自慢げに,
「これさっ」
と,少年の机にあった尖った鉛筆を手に取り,ピュンっと一瞬振ってみせた。すると鉛筆は,マジックの様に杵へと姿を変えた。プラスチックのような透明の素材でできている杵の中は,水で満たされていて,緑の物体がコポコポと空気を出していた。少年が杵を手に取って,よく見ようと顔を近づけた瞬間,緑の物体に付いている大きな目と,目が合った。
「うわぁぁ」
少年が叫ぶと,兎は笑いながら,
「すまんすまん,こいつはただの蛙さ」
と言った。
「なんで蛙がこの中にいるんだよ」
「まぁ見てれば分かるさ」
そんなやりとりを見ていた蛙が,
「おい兎,なんだこの無礼な人間は」
不機嫌そうに言うと,兎は,
「すまんすまん。蛙を教科書でしか見たことがないらしいんだ」
とひどく適当にごまかした。
そのとき少年は,初めて本物の蛙を見たときのことを思い出していた。あれは何年前のことだろう。確か,じいちゃん家の畑で,弟が捕まえたアマガエルを頭に乗せて「見て!」と言ってきたんだっけ……。
「ねぇ,弟も一緒に夢を見られる?」
少年は,蛙を見ながら兎に聞いた。
「ま,時間は短くなるが大丈夫だ」
という兎の答えを聞くやいなや,少年は嬉しそうに部屋を飛び出した。
母とスイカを食べていた弟は,
「兄ちゃんも食べなよ,甘いよっ」
とスイカの種を口の周りにつけながら少年を誘う。
「そんなの食べてる場合じゃないんだ。行くぞっ!」
誘いを無視した少年が,弟の手を引っ張ると,弟は食べかけのスイカを持ったまま,
「『ムシキング』が始まっちゃうよ〜」
と顔をくしゃっとさせた。
そんな様子を見ていた母は,
「今日は銀座に夕飯食べに行くんだから,それまでには降りてきなさいよ〜」
と呑気に声をかけてきた。
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「あ〜兎と蛙! 兄ちゃんどうしたの? ママに見つかったら怒られるよ。ママ,動物嫌いなんだから」
「そんなの分かってるよ。だから2人だけの秘密だぞ」
弟は元気にうなずきながら,兎の耳をスイカの汁がついた手でぺたぺた触る。
「やめてくれよ〜」
と言いながらイヤな顔をする兎を見て,蛙がケタケタ笑った。
「あっ兎と蛙が喋った! 兄ちゃん聞いた?」
「うん。これも秘密だよ」
弟はかなり興奮した様子で,顔を真っ赤にしていた。
少年と弟の顔をひとしきり見つめたあと,兎はどこから取り出したのか,ほかほかの餅を鉄の臼に入れてこね始め,
「じゃ,夢を心で描いて杵でつくんだ。
で,お前はこれを合間に入れてくれ」
とボールに入ったキラキラしたものを弟に投げた。
「何これ?」
「星だよ」
「星?」
少年と弟は,怪訝そうな顔をしてボールを覗き込む。
「そう,星だ。餅にからませて,砕くんだ」
弟は,
「星屑! ほしくず〜★!」
と,歌うように節を付けながら言い,小さな手で星を掴んで臼にぽいっと入れた。
「よし,打て!」
という蛙の掛け声に合わせて,少年は杵を振りかざした。
パリンッと割れる音がするのと同時に,臼の中が光った。何回か続けると普通の餅に戻り,そろそろつくのをやめようと少年が透明の杵を見ると,蛙の姿が黒いおたまじゃくしに変わっていた。
「おめでとう,成功だな。過去に戻ったんだ。これを食べれば,じいちゃんに会えるぞ」
満足そうな笑みを浮かべた兎が言った。
「じいちゃん? じいちゃんは森から戻ったの?」
と,弟が少年の服の裾を引っ張る。
「なかなか戻らないから,僕達で会いに行くんだよ。腹ごしらえにこの餅を食べるんだ」
「夕飯には戻らなきゃママに叱られるよ」
「大丈夫。少しの間だもん。じいちゃんに会いたいだろ?」
「うん,会いたい」
「じゃ,食べよう」
パクッと星の餅を食べる2人。弟が兎に,
「僕達が星を食べたら星が少なくなっちゃうよ?」
と心配そうに聞くと,兎はにっこりしながら,
「大丈夫。星は毎日空から生まれているから」
と教えてくれた。
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少年は,目覚まし時計に起こされた気分だった。
弟は蝉をじっと見上げながら,耳をふさいでいた。
「最後の声だ。聞いてやんなよ」
と少年が弟に言う。
「最後の声?」
「そう」
弟は首をかしげながら耳をふさぐのをやめ,高らかに鳴く蝉の声を聞くことにした。そして眉間に皺を寄せながらミーンミ−ンと蝉の真似をし始めた。
「うまいうまい」
背後から聞き覚えのある声がした。振り向くとそこには,死んだはずのじいちゃんが笑顔で立っていた。
「じいちゃんだ!」
と弟が抱きつく。僕はじいちゃんの足元を確認した。ちゃんと雪駄を履いた皺々の指がそこにはあった。
あの兎の言っていたことは本当だったようだ。
すると上から声がした。兎が木にちょこんと座っていたのだ。
「作戦成功だな。タイムリミットは1時間だ。後悔のないようにな」
「分かった!」
少年は笑顔を隠すこともせず,明るく答えた。
「誰と話してるんだ?」
それを見ていたじいちゃんが,不思議そうに僕に聞く。どうやらじいちゃんには兎が見えないらしい。
「じーちゃん,クワガタ捕まえに行くんだよね!」
「そうだよな。約束したもんな。よし行こうか」
「うん!」
弟はにっこり笑い,じいちゃんの手をぎゅっと握って歩き始めた。
少年はじいちゃんの背中をぼっと見つめ,少し後ろからついていった。
あたりは日本とは思えないほど,木々がうっそうと生い茂っている。この中の木を1本持って帰って,学校の担任の教壇の横に植えてあげたい。少年の担任の坂木は,いつもイライラしていて成績の悪い奴にはいつも嫌味を言う。生徒からイラ木と呼ばれ,嫌われていた。
「あの日に戻ることさえできれば」「時間さえ操ることができれば」なんて思ったことのある人,けっこういますよね? でもそれは,とうてい実現不可能なこと。ところが,そんな不可能なことをゲーム内の重要な要素として実現してしまったFPSが存在するのです。その名は「TimeShift」。まあFPSなんで,時間を遡って酔った勢いでつい言ってしまった余計な一言を取り消すとかそういったことはできませんが,銃撃戦のさなかに時間を「遅くする」「止める」「逆行させる」ことが可能。北米では10月30日に発売されるほか,実写映画化も決まっているとか。興味のわいた人は,とりあえず体験版をプレイして時間を操ってみてください。
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