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【RAM RIDER】映画「テトリス」は「ライセンス」をマクガフィンにしたサスペンス映画であり,上質なスパイ映画だ
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印刷2023/04/14 08:00

連載

【RAM RIDER】映画「テトリス」は「ライセンス」をマクガフィンにしたサスペンス映画であり,上質なスパイ映画だ

RAM RIDER /  アーティスト /  音楽プロデューサー

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RAM RIDER「明日なにあそぶ?」

公式サイト:https://ramrider.com/


第5回:「映画『テトリス』は「ライセンス」をマクガフィンにしたサスペンス映画であり,上質なスパイ映画だ」


 初めてそのゲームに出会ったのは1988年の秋,新橋の雑居ビルの一室でのこと。そこは幼なじみのお父さんの仕事場で,当時プログラマをしていた彼に「もうすぐ日本でも出るゲームだよ」と触らせてもらったのがIBM PC版「テトリス」だった。上から降ってくるブロックをきれいに並べると一列,また一列と消えてゆく。僕は友人と一緒にそのゲームに夢中になった。その日は映画を観に行ったはずなのだが,何を観たのかまったく覚えておらず,そのあとに寄った銀座の博品館でも,ただただその不思議なゲームのことばかり思い返していたことだけが記憶に残っている。ぼーっとしていると頭の中でブロックが勝手に降ってくる,あの感覚だ。
 かくしてその翌年の6月,ゲームボーイ版が発売され,「テトリス」は僕の周辺でも大流行する。品薄でしばらく手に入れられなかった小学生の僕は「あの魅力を誰よりも早く知っているのは僕なのに!」と悔しい思いをしたものだった

 Apple TV+で配信中の映画「テトリス」は,まさにゲームボーイ版が大ヒットを記録する少し前,その裏で一体どのような交渉や争奪戦があったのかを描く史実物のドラマだ。主な舞台は主人公のセールスマン,ヘンク・ロジャースがビジネスを展開するアメリカ,版権の交渉相手のいるイギリス,このゲームの開発者でありコンピュータ科学者のアレクセイ・パジトノフの住むソビエト連邦,そしてすでに権利を一部獲得していたセガや,携帯用ゲーム機を開発中との噂があった任天堂の本社がある日本。もうこの舞台設定だけで4Gamer読者ならば観たくなるはずだ。

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 本作の大きな見どころは,ゲームが好きでその裏話にも興味を持っている人であれば,なんとなく見聞きしたことのあるエピソードや噂話が随所に盛り込まれている点。パジトノフは共産主義国家であるソ連にゲームの権利を取り上げられて1円ももらっていない,だとか,任天堂と契約する前にセガが権利を持っていて揉めた,だとか,それによりセガが「テトリス」を出せなくなってもう一つの名作「コラムス」が生まれた,だとか……。いや最後のエピソードは映画では描かれていないが,これらの「なんとなく風の噂で知っている話」がなぜ生まれたのか,その細部まで明確に理解できるつくりになっている

 なぜ「細部まで明確に」と書いたかというと,それは随所で出てくる契約書をベースにしたやりとりが丁寧に描かれているからだ。この契約書の存在が非常に重要で,そこに書き込まれたゲームやゲーム機,PCの定義やその表現が登場人物達の運命を大きく分ける要因になっている。現実社会で生きる我々にとって契約というものがどれだけ重要で,かつ効力の強いものかを訴えかけてくるのもこの映画の特徴と言えるだろう。

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 当時社長だった任天堂の山内 溥氏が登場する場面は,日本のゲームファンにはたまらないワンシーンだ。見た目の雰囲気やしゃべり方に至るまで、再現度の高さがすでに話題だが,その様子はぜひ劇中で確かめてほしい。ただ個人的に映画ファンとして意見させてもらうと,妙にエキゾチックな日本の描き方が前時代的で,もうちょっとなんとかならなかったのか? という思いは残る。任天堂社内のデザインや社員のたたずまい,しゃべり方,髪型などは「本当に下調べをしたのか?」というレベルだ。ただキャストにはしっかり日本語ネイティブの役者を起用しているし,それらを補ってあまりある「山内力」は一見の価値があるはず。

 本作の本質は,莫大な利益を生み出すことが分かっている「テトリスのライセンス権」をマクガフィン(作劇上で争奪戦が起こるキーアイテム)にしたサスペンス映画であり,またその裏でKGBなどが暗躍する上質なスパイ映画とも言える。国家を揺るがす秘密の入ったマイクロチップだとか,一国を殲滅してしまうようなミサイルの起動ボタンが入ったアタッシュケースだとか,そういったものが「テトリス」に置き換えられたと思えば分かりやすい。主人公の交渉相手となるミラーソフトのあるイギリス,そもそものゲームの権利を有する共産国ソ連,そして世界を席巻したゲーム機「ファミコン」のなにやら次の一手を開発しているらしい任天堂のある日本,そのある種“三つ巴“の合間を主人公が華麗に立ち回る様が痛快だ。。

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 メインの舞台となるのはこのゲームが生まれたソ連だが,日本の描き方からしてこちらもおそらくカリカチュアされた部分が大きいのかもしれない。ただ当時「鉄のカーテン」と呼ばれていた東西両陣営の緊張状態下にソ連を外から眺めたイメージは,本作のように冷たく恐ろしいものだったのもまた確かだ。しかし,そこで生きる人々もやはり同じ血の通った人間であり,それはソ連で暮らす国民はもちろんのこと,KGBなど組織の人々でも変わりないはずで,そこがしっかりと描かれている点も素晴らしかった。例えば主人公ヘンクがパジトノフに連れて行かれるアンダーグラウンドなパーティーのシーン。そこでかかっている音楽や歌詞にもぜひ注目してほしい。全体の音楽の使い方も巧みで,ゲーム好きでなくとも「テトリス」をプレイしたことのある人なら思わずにやりとしてしまうはずだ

 誰もが知る大ヒットゲームを題材にしながらそれをうまくサスペンスに昇華し,かつ数年後に崩壊を迎えることになる超巨大国家ソ連の最後のカウントダウンを描いた本作。マクドナルドの創世記を描いた「ファウンダー」やNIKEのスニーカーの開発秘話を描いた話題作「AIR」など,評価の高い作品の多いビジネス映画のジャンルにあって,とくに4Gamer読者にはオススメしたい1本です。

「Apple TV+」公式サイト(日本)

「テトリス」Apple TV+


■■RAM RIDER(アーティスト / 音楽プロデューサー)■■
TBSラジオのステーションジングルをプロデュースしたRAM RIDER氏。5月5日に新宿二丁目のAiSOTOPE LOUNGEにDJとして出演予定。最近買ったゲームは「メグとばけもの」。

※2023年4月17日20:00,記事内の表現を一部調整しました
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