連載
脳科学の側面からアプローチする新しい作劇論「ストーリーテリングの科学」(ゲーマーのためのブックガイド:第55回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
面白い本には2種類ある。一つは,最初の1行を目にした瞬間からページをめくる手が止まらず,あれよあれよと結末まで読み進めてしまうタイプ。もう一つは,あまりにも一言一言に知見が詰め込まれているため,吟味しながらゆっくり読み進めざるを得ないもの。今回紹介する一冊は,この後者にあたる。
イギリスの作家,ウィル・ストー氏の手による「ストーリーテリングの科学 脳と心をひきつける物語の仕組み」は,タイトルどおり,主に脳科学の分野から人間の思考法を分析し,読者がカタルシスを得られる作劇や物語構造に迫っていく,ストーリーテリングの方法論をまとめた一冊である。
こうした物語の書き方に関する書籍は古今東西,これまでにも数多く出版されてきた。その多くは著者自身の経験談や,数々の良書の演繹によって導かれたもので,筆者も何冊か参考にしたことがある。しかし,本書のアプローチは一味違う。さまざまなデータを統合し,科学的な手法で本質に至ろうというのである。
これまでゲーム系の書籍も数多く訳してきた府川由美恵氏の文章は読みやすく,論理的だ。にも関わらず,つどつど考えさせられ,自分の創作論や記述論に立ち返させられるものがある。
読み手の心のなかで起きる反応を紐解いているので,作り手ならずとも楽しめる内容であり,かつ原書は2019年と最近の発行なので,今どきのゲームを題材とした分析も少なくない。4Gamer読者なら,必ずや楽しめる一冊といえる。
「ストーリーテリングの科学 脳と心をひきつける物語の仕組み」
著者:ウィル・ストー
訳者:府川由美恵
版元:フィルムアート社
発行:2025年12月26日
定価:2400円(税別)
ISBN:978-4-8459-2414-1
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全四章構成の本書だが,そのすべてに通底しているのは,「脳はすべてを物語として理解する」という考え方だ。そして脳は常に,場を支配(コントロール)下に置く過程で,満足感を得る。それこそが,人が英雄物語を好む由縁である。
むろん人間の脳は一人ひとり違うので,全員がそうだと断言するのは危険だが,科学的データに裏付けられた論証には説得力がある。
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第一章の「世界の創造」では,我々の脳内にあるインナースペースについて解説される。ここでいう「世界」とは,ファンタジーやSFの実作に必要不可欠な異世界のことではない(そういう要素も一部ないではないが)。そもそも個々人が「世界」だと認識しているものは,五感を通じて入って来たさまざまな情報から組み立てられたバーチャル・リアリティにすぎないというのだ。
そんな我々の脳は小説を読んでいるとき,一人称と三人称の違いをさほど重要視していない。彼とか彼女として記述される三人称小説の主人公に,我々が感情移入できるのは,そういった仕組みのせいだ。そして脳は,情報が得られた順番のとおりに,リアルタイムで世界を構築していく。
例えば「赤い服の少女が鼻歌を歌いながら道を歩く」であれば,空白の世界に赤の色が挿し,それが服として少女を覆い,歌が聞こえてきて,少女の足元に道ができ,歩き始める。
しかし「道の向こうから鼻歌が聞こえてくる。見ると赤い服の少女だ」なら,まず背景が見え,音が聴こえてから,そこに人物が登場する。
このような描写の順番は,読者の脳による把握しやすさと直結しており,物語として自然に流れるような情報配置にするほうが,よりページをめくりたくなるという寸法だ。
また,何か難しい概念を説明するときに使用される手法に比喩(本文ではメタファーと書かれている)があるが,比喩とは我々が既に知っているストーリーそのものである。
脳は本来は無関係な物事であっても,理解しやすいよう,因果関係があるエピソードとして無意識に再構築を行ってしまう。これは,ほかの人からの視点では「嘘」の構築にほかならないが,その脳の持ち主である本人にとっては紛れもない「真実」なのだ(無意識にそう信じている)。
これが面白いところであり,また罪深いところでもある。人は本質的にフィクションと実体験を区別できない。であるがゆえに,作り物である物語を自分自身の真実として受け容れる余地がある。まさに作り手の腕の見せどころといえよう。
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第二章「欠点のある自己」では,そんな人間の頭脳構造をベースにした,物語の登場人物の作成法が深められる。
迷ったら常にキャラクターに立ち返れ。これは,これまでの作劇論でも何度も繰り返されてきた金言だが,本書はさらに,キャラづくりの本質が「欠点」を見出して深掘りすることだと切り込んでいく。
キャラクター自身が,その欠点を認識しているとは限らない。それでも,それが真の物語であるならば,物語の展開を通してキャラクターはその欠点に向き合わざるを得ず,死ぬような思いをして乗り越え勇者となるか(ハッピーエンド),そうならず破滅する(悲劇)こととなる。また性格を分かりやすく規定する典型的な5つの軸も,ここで提示される。
第三章「物語的な問い」は最も分量がある章で,さまざまな小説における実例が数多く引用/解説される。
物語は,少なくとも二層で展開されるという。表面的に語られ目に見える部分と,キャラクターの深層意識を含む,心の変化の層である。主要なキャラクターが複数なら,この層もその分だけ存在することになる。
第四章「プロット、エンディング、意味」では,登場人物が取るべき行動が「目的指向性」というキーワードで語られる。分かりやすく言えば,これは状況を変えるために常にアクション(行動)を起こし続けよ,ということだ。
受け身で自分から何もしない人物に,読者が感情移入したり,共感したり,興奮したりするのは難しい。人間の脳は,目的を成し遂げたときよりも,成し遂げようと行動しているときのほうが,より快楽を感じるのだから。
そして,これはまさしくゲームにおける物語の在り方でもある。その部分を少し引用してみよう。
「そうそう,分かってる」と膝を叩かずにはいられない。本書では,ほかにも「RuneScape」や「PRIUS ONLINE」といったMMOPRGを例に挙げ,物語として優れるが故の中毒性の高さに警鐘を鳴らしている。
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この章では,ほかにも古今東西のあらゆる優れた物語をコンピュータ解析して抽出された,典型的な7つのプロットなども紹介される。これらを踏まえたうえで,ページをめくる手を止めさせないためは,読者に常に予期せぬ変化を(まるでジェットコースターのように)与え続けることが肝要なのだ。
最後の付録は,おまけというより,これまで語られてきたことの実践的かつ簡潔なまとめであり,むしろ必要不可欠な内容である。章題の「神聖なる欠点アプローチ」が,端的にすべてを表している。
これはすなわち,登場人物が最も大事にしている(神聖だと思っている)ことを定めたあとで,裏を返せばそれが欠点である,ということを意識して作劇せよ,という教えである。ここをベースに,物語が大きく動く「着火点」,この欠点が生まれて来た背景を解く「傷の起源」,欠点を美点だと思い込む「確証バイアス」などを埋めていくのである。
加えて大事なのは,これまで語られたパターンを踏まえつつも,何かしらの新規性を盛り込むことだ。何もかも同じでは,やはり飽きられてしまうのだから。
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また作劇論を深めたいのなら,筆者が本書より前に,とくに参考にした2冊を紹介していこう。
朝日文庫の「ベストセラー小説の書き方」は,実際にベストセラーを何冊も出しているディーン・R・クーンツ氏による指南書だ。エンタテインメント小説に焦点を絞った一冊だが,「説明はアクションとして、もしくはそれと同時に描け」というアドバイスがとくに印象に残っている。
ハヤカワ文庫の「スペース・オペラの書き方」は,本業がテレビのプロデューサーであり,副業として多くの海外作品を日本に紹介し,さらに晩年には自らも小説を著した野田昌宏の著書である。とくに「右往左往シート」など,構造分析的な手法と記述が分かりやすい。
この2冊,そして今回紹介した「ストーリーテリングの科学」に共通して言えることは,エンタテインメントの優れた教科書とは,それ自体がエンタテインメントである,ということだ。どの本も,肩の力を抜き,単に読み物としてページをめくっても楽しめる。よければぜひ,手に取ってみてほしい。
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■■健部伸明(翻訳家,ライター)■■
青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ会員,特定非営利活動法人harappa理事。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。
- 関連タイトル:
RuneScape
- 関連タイトル:
RuneScape: Dragonwilds
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