連載
【鈴木謙介】「モバイルゲームを〈ゲーム〉にするもの」
鈴木謙介 / 社会学者
鈴木謙介の「そこ見るんですか?」 |
何をどうすればいいのか分からない!
いわゆる「位置ゲー」の「コロニーな生活☆PLUS」(コロプラ)です。単体のアプリではなく,ウェブベースのゲームですが,リアル空間と連動して,お土産の販促に使われるなど,商業的な展開も見込めるということで注目されているようです。
コロプラそのものについて分析は,この連載のテーマから外れるので割愛しますが,「ゲームとしてのコロプラ」は,これまであまり語られたこともないようですし,少し考えてみる価値はありそうです。
実際に登録してコロプラをプレイしてみると分かりますが,ゲームとしてのコロプラは,決して遊びやすい設計にはなっていません。最初にログインすると,プレイヤーごとに「コロニー」が与えられ,まずは手持ちの仮想通貨「プラ」を使って,基本的なユニットを建設しろ,といわれます。
指示通りに建設すると,あとは毎日アクセスして,人口が増えるのを待ちなさいとの表示。この段階では,これって「シムシティ」みたいに人口を増やすことを目的にしたゲームなのかな? と思うわけです。
ところが,その後に何をすればいいのか,プレイヤーにはほとんど何の情報も与えられません。ヘルプをざっと読んでも,「詳しいことは番号の近いコロニーを観察してみてください」といったことが書いてあるだけで,何を目指してゲームを進めればいいのか,そもそもどういう状態になればゲームが「進んだ」ことになるのか,何もかもが謎だらけです。
さらに,ユーザーインタフェースの問題もあります。メインページと呼ばれるページには,プレイヤーのコロニーの状態のほか,掲示板への新着のお知らせ(その「掲示板」とやらが何なのかについても,とくに説明はありません),コロプラ全体で実施しているイベントのお知らせに続いて,各メニューへのリンクが貼られています。
ウェブサービスの世界では,目的のリンクまでたどり着くためのクリック数が少ないほどよいとされ,とくにスクロールに手間のかかる携帯電話の場合は,よりユーザーに配慮した設計が必要になるといわれているのですが,そうしたセオリーにことごとく反する,複雑なトップページの設計です。
ちなみに,一番下までスクロールするとようやくたどり着ける「ヘルプ」も,論理的な階層構造のマニュアルとも,読み下していくことでゲームの仕組みを理解できるチュートリアルともつかないものになっていて,分かりにくさに拍車をかけています。「ハマるまで若干の時間を要する」(「週刊ダイヤモンド」2010年7月17日号)と評されるのも,いたしかたないかなあという気がしてきます。
〈ゲーム〉はゲームの外側にある
ウェブを中心とした技術の世界ではよく見かける勘違いですが,ウェブビジネスは,セオリーが守られたからといって必ずしも成功するわけではなく,逆に守らなかったからといって必ず失敗するわけでもありません。
むしろ,これだけセオリーを無視して作られたサービスがここまで成功するということは,よほどほかにはない魅力があったと考えるべきなのです。
その魅力は,ちまたで言われているような,リアルと連動した旅行だとか,位置登録による全国地図の塗りつぶしといったものではないと僕は考えています。
というか,実際にプレイしてみても,そうしたことを「面白い」「やってみたい」と感じられるようになるまでには,かなり長い時間がかかります。セオリーをぶっちぎるほどの魅力が,そうしたコロプラの特色といわれているもの「以前」のところになければ,継続にはつながらないはずなのです。
その魅力が何であるか,仮説としていくつか挙げることはできます。ただ,ウェブコミュニティは一般的に,ユーザー数が少ない初期の段階と,ユーザー数が増え,世間で話題になって以後の段階では,ユーザーがコミュニケーションを行うモチベーションやスタイルが変化するので,これが決定版,というものを考えるのは難しいと思います。
さしあたり現段階に限って言えば,「位置登録」という操作が,コロプラに一つの〈ゲーム〉性を与えているのではないかと僕は考えています。
位置登録とは,携帯電話の基地局やGPS機能を使って,現在位置をゲーム内のステータスとして登録することです。これには二つの意味があります。一つは,例外もありますが,市町村を基本単位とした地域間の移動の記録。
例えば,千代田区で位置登録をしたあと,渋谷区でも同じように位置登録すると,千代田区と渋谷区のスタンプがもらえるといった仕組みです。
もう一つは,物理的な移動距離を記録するというもの。同じ渋谷区内でも代官山と原宿の間は2〜3kmはあります。この間を移動して位置登録すると,移動距離に応じたプラがもらえるわけです。地域間の移動は基地局でも間に合いますが,こちらはGPSを利用したほうが,より正確な移動距離を算出できます。
ちなみにこの移動は,自分のコロニーに時々降ってきて,せっかく建設したユニットを破壊する「隕石」を避けるのにも使われます。
こうして説明してみると,どれもたいしたことはないように見えますが,実はこれは,〈ゲーム〉というものを考えるうえでかなり興味深い仕組みです。
というのも,ゲーム内でどのようにプレイするかを左右するステータスが,ゲームの外側にあるプレイヤー自身のステータスと連動することになるからです。
例えば,僕は月に何度か関東と関西を往復することがありますが,僕のように出張が多い人は,それだけでたくさんのプラを稼ぐことができます。逆に会社と家を往復しているだけの人は,積極的にどこかに「お出かけ」しなければ,ゲームそのものを楽しむことができません。
プレイヤーのステータスをゲーム内に持ち込むということは,そのゲームの〈ゲーム〉性も,プレイヤーによって大きく変わってしまうということなのです。これはモバイルゲームならではの現象ではないでしょうか。
モバイルゲームの心理学
そもそも携帯電話は,ゲームをプレイする端末としては,決して優れているわけではありません。
一時期「糸通し」などの,キーひとつでプレイするシンプルなゲームが流行したことがありましたが,移動中の暇つぶしとして遊ばれることの多いケータイゲームの世界で,プレイ時間が短く,操作が簡単なゲームが流行するのは当たり前のことでした(ケータイで「首都高バトル」をプレイしていたころ,何度駅を乗り過ごしたことか)。
ですが,ゲーム専用のモバイル端末が普及すれば「ゲーム」をプレイしたいユーザーはそちらに流れますし,だいたいケータイにはメールだのウェブだのと,暇をつぶすだけならほかに有用な機能が備わっています。その意味でも,携帯電話はゲーム端末としては不利な状況にあると言っていいでしょう。
コロプラの〈ゲーム〉性は,プレイヤーがコロプラを「暇つぶし」的にプレイするのに向いた設計になっていると思います。なにせ,移動するだけでポイントになるのですから。
しかしそれだけでは,プレイヤーはじきに飽きてしまうでしょう。重要なのは「現実の空間を移動する→移動距離をコロプラに登録する」という一連の流れを,プレイヤーに習慣づけさせることです。
習慣づけとは,簡単にいうと,最初のうちは「ごほうびがもらえるから」という理由で行っていた行動が,次第にごほうびがなくてもその行動をするようになり,最後にはそれをしないと不安になってしまうということです。あまり不安が強すぎると,習慣というよりは依存症といった方がいい状態になりますが。
ともあれ,コロプラにおける位置登録とプラの関係は,この習慣づけを行うのに適したものになっていると思います。例を挙げて考えてみましょう。最初のうち,プレイヤーはゲーム内での資源が乏しく,あまり面白くない状態でプレイしています。
そこで移動することにより,“プラを稼ぐ=ごほうびを得る”動機付けが生まれます。最初のうちは「儲かった」と思うわけですが,飽きてくると,たまに位置登録を忘れることがあります。そうすると「こんなに移動したのに,登録を忘れて損をした」と思うようになります。
アメとムチのアメ,つまりごほうびにあたるもののことを,専門用語では「ポジティブ・サンクション」といいます。逆のムチ,つまり罰のことは「ネガティブ・サンクション」といいます。
位置登録が習慣づけされるということは,ポジティブ・サンクションを得るための特別な行為だった位置登録が,次第に当たり前のものになり,逆に位置登録を忘れることによるネガティブ・サンクションのほうを強く意識する状態になることだといっていいでしょう。
コロプラに限らずモバイルゲーム全般がそうですが,これらのゲームをビジネスとして成立させるためには,ゲーム単体の売り上げではなく,基本料を無料にしても,プレイヤーに「細く長く」遊んでもらい,その過程でプレイヤーがお金を落とすモデルを組み込んでいくことが必要になります。
プレイヤーの心をつかむための方法はいくつもありますが,この「習慣づけ」というモデルは,その中でも有力なものの一つだといえるでしょう。
プレイヤー間の壁を超えられるか?
プレイヤーにゲームをプレイすることを習慣づけ,プレイしないことの不安をかきたてるところまで行ったゲームの代表例として,「ラブプラス」シリーズを考えてみましょう。
この作品では,ゲーム内のキャラクターとのコミュニケーションによって得られるポジティブ・サンクション(凛子の反応が可愛いとか寧々さんマジ癒されるとか)を目的に,プレイヤーはキャラクターとの交際を始めるわけですが,次第に約束をすっぽかしたり,デート中のスキンシップをなおざりにしてしまうことによる不安や心理的圧迫が前面に出てきたりもします。
この「もう面倒くさいんだけど別れられない」という熟年夫婦みたいな状態に入り込むと,習慣づけは完成といっていいのですが,それだけ,周囲との意識の差が開くという弊害があります。
普通にゲームをプレイしているプレイヤーを外から眺めている他人の反応は,「そんなに辛いならもう止めればいいじゃない……」だと思います。そこで「分かってるんだけど,でも好きなんだよおおお!」という彼氏さんたちを大量に生み出したラブプラスシリーズは凄い作品だと思いますが,そういう人が増えるほど,ほかの人が新規参入するためのハードルが上がるわけです。「さすがにちょっと……」と。
袖振り合うも多生の縁といいますが,助けてくれるプレイヤーに出会うことで,ゲームとしてのコロプラは,「プラを貯める→建設→人口を増やす」といったものから,次の段階に行くことができるのです。この辺は,PCのオンラインゲームでも似たような部分があるかもしれません。
だとすれば,コミュニケーションゲームとしてのコロプラが,今後,ほかのオンラインゲームと同じような問題にはまり込んでいく可能性がないわけではありません。
コロプラをプレイすることが習慣づけられ,その中でのコミュニケーションの作法をきちんと学んだ人と,右も左も分からない新参プレイヤー,あるいはそのほかにも,資源を援助しまくって感謝されることにハマってしまう人,ほかのプレイヤーの資源にただ乗りする人などとの間で,コミュニケーションの作法をめぐっていざこざが起きるといったような……。
いまのところコロプラは,現実空間と連動したビジネスモデルを拡大させていますし,そちらのほうがメディアでも注目されていますから,こうした心配は杞憂かもしれません。ただ,「ハマるゲーム」にありがちな心理が,ここでも観察されるということは,覚えておいてもいいのではないかと思います。
ということで今回のまとめ。
細く長くプレイしてもらう必要があるモバイルゲームでは,プレイヤーにとってのポジティブ・サンクションを当たり前のものにし,プレイしないことによるネガティブ・サンクションを意識させる「習慣づけ」の仕組みを用いることが有効です。
しかしこうした設計を組み込んだ「ハマるゲーム」は,プレイヤー間に意識の差を生み,結果的に新規参入者のハードルを上げることがあるので,注意が必要になるのです。
■■鈴木謙介(関西学院大学准教授)■■ 社会学者として教鞭を執る傍ら,TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」やNHK教育テレビ「青春リアル」に出演中。先日は,秋葉原で開催された「ラブプラスアーケード」(仮)のロケテ(関連記事)に行ったそう。4時間並んでプレイ時間は3分とのことですが,スイカ割りで凛子のリアルな動きに感動したので,とくに問題はないそうです。 |
(c)2010 Konami Digital Entertainment
(C)2009 Konami Digital Entertainment