業界動向
[CEDEC 2011]ソーシャルゲームは“ゲームの主流"になり得るか。稲船敬二氏,水口哲也氏,DeNAの小林賢治氏が語る「ゲームの未来」とは
9月6日より,横浜パシフィコで開催されているゲーム開発者による祭典「CEDEC 2011」(301会場)にて,「スマートフォン×ソーシャルゲーム×コンソールゲームが紡ぎ出す『ゲームの未来』」という名のパネルディスカッションが行われた。登壇したのは,ゲーム業界ではお馴染みの稲船敬二氏と水口哲也氏,そしてDeNAでソーシャルゲームの開発を取り仕切る小林賢治氏の3人だ。
このセッションは,昨今大きな盛り上がりを見せるソーシャルゲームおよびスマートフォン市場に対して,それぞれの立場で感じていることを語ってもらおうというもの。とくに,各々がトップクリエイターとして知られる稲船氏と水口氏らが,どういう心持ちで,何を考えながらソーシャルゲーム市場への参入を決め,その開発に取り組んでいるのかを聞ける貴重な内容ともなった。水口氏自身が,現在DeNAと組んでソーシャルゲームを開発中とのことで,これはちょっとしたサプライズ情報でもあるだろう。どんなゲームになるのかまではさすがにその場では語られなかったが,今後の発表が気になるところである。
冒険好きにはたまらない環境
モデレータの「ソーシャルゲームに参入してみて,何を感じていて,どういう心持ちで制作に取り組んでいるのか」という質問に対し口火を切ったのは,自身の会社を立ち上げてからの動向が注目されている稲船氏だ。
稲船氏は,「僕はあまのじゃくなんで,人がこうと言うと,逆の方向をやってみたくなる。それに多くのゲーム開発者に言えることだと思うが,食わず嫌いという側面が少なからずあると思う。でも,自分で経験もせずに,これはこんなもんかみたいに結論付けるのは納得できない。自分でやってみたうえで,好きなら好き,嫌いなら嫌いと言いたい」とコメント。
そのうえで「もちろんそれだけじゃなくて,スマートフォンが台頭してきたというところが大きい。ガラケーだとやりたくてもやれないところはあったけど,スマートフォンが普及することによって,自分たちがこれまでやってきたことが活かせる環境ができる。それが見えました」と続けて自身の立場をまとめた。
さらに「これから人口の何%が持つかは分からないけれど,10億人を超える規模の人が同じプラットフォームの機器を持つわけです。これは,これほど面白いことはないなと。大海原……というか,大海原過ぎてどうすればいいのって人も沢山いると思うんですけど(笑)。でも,逆に言うと,冒険好きにはたまらない」として,新しい可能性に対する意気込みを語った。
ソーシャルゲームとコンシューマゲームの違い
ちなみに今回のセッションでとくに興味深かかったのは,稲船氏,水口氏それぞれの“コンシューマゲームとソーシャルゲームの違い”についての喩え話だろうか。端的に言うと,稲船氏は自動車産業における「マニュアル車とオートマティック車」,水口氏は映像産業における「映画とテレビ」に喩えているのだが,今起きている現象を彼らが自分なりに“解釈”して言葉にしているのがうかがい知れたという意味でも,とても印象に残っている。
それぞれの言葉を引用しよう。
水口氏:
「今のコンソールゲームやビデオゲームを映画だとすると,それらは1500円とかっていうお金を払って見に行くけど,一方で,テレビは皆さん無料で見ますよね。またテレビでは,“見たい番組”を指名して見たりしますけど,なんとなく流していて見ることも多いわけです。でも,そこで気に入ったコンテンツが見つかれば,さらにDVDを買ったりみたいな流れ/広がりもある。今の状況を身近な例で喩えるなら,これが一番分かりやすいかなと思うんです」
「クリエイター的な視点で言うと,映画を作ってた人がテレビ番組を作れない理由。逆にテレビ番組を作ってた人が映画を作れない理由ってなんだって話ですよね。一昔前は,テレビと映画でも似たようなことがあって,テレビをやってる奴に映画の何が分かるんだみたいな話もあったと思うんですが,それが最近では,自由にいろんなメディアを横断するクリエイターが活躍しているわけです」
稲船氏:
「僕は車か野球に喩えるのが好きなんですけど,ソーシャルゲームとコンシューマゲームの違いを車に喩えると,僕はマニュアル車とオートマ車の違いじゃないかなと思っているんです。日本でも,昔は車と言えばマニュアル車でしたが,今やほとんどがオートマ車ですよね。なんでそうなったかというと,やっぱり楽だよね,便利だよね,ってところだと思うんです」
「今はもう,ポルシェやフェラーリだってオートマが基本ですよね。スーパーカーと言われるものでさえ,マニュアル車はなくなっていってしまったわけです。僕は,もしかしたらこれがソーシャルとコンソールの未来なんじゃないかなって思うんです。どんどんソーシャルが発展していくと,オートマ車が増えていくと,オートマ車が95%を占めていますみたいな世界になっちゃうんじゃないかなと」
「僕らはずっとスポーツカーを,要はマニュアルのスポーツカーを作ってきたわけですけど,今,ソーシャルゲームに参入することになって,そこでミニバンみたいな車を作るのか,それともポルシェのようなスポーツカーのオートマ車を作るのかみたいな判断が迫られている。そのなかで,やっぱり僕らがやりたいのは,スポーツカーでオートマという方向。そこにチャレンジしてみたいという思いがあります。もちろん,マニュアル車を作りたいという気持ちだって捨てていなくて,要は両方やりたいという欲張りなところが僕の気持ちなんですけど」
ソーシャルゲーム,およびスマートフォンの台頭をどう捉えるべきかというのは,ゲーム業界に限らずさまざまなメディア業界やエンターテイメント業界が突きつけられている命題なのだが,両名とも,汎用的なインフラが整うことで,よりマスへ,より緩い方向へと進む現象が起きているという認識に変わりはないようだ。
パラダイムシフトが起きても,みんなゲームを遊び続けた
では,ゲームを取り巻く環境で起きている“変化”を,長年ゲーム業界で活躍してきた両氏はどう見ているのだろうか。なかでも印象に残ったのは,水口氏の「同じゲームじゃん」という言葉である。
水口氏:
「今起きている変化については,いろんな見方ができると思うんですけど,一つ言えるのは“同じゲームじゃん”ということじゃないかなと思います。ゲームって,“アーケードからコンシューマに”みたいにいろいろと移り変わってきたと思うんですけれど,それでも,みんな“同じゲームってもの”で遊んできたと思うんですよね。そのなかで,根底から仕組みがひっくり返るような,パラダイムシフトが何度かあったわけですけど,それでも変わらずに遊んできたと思うんです」
「例えば僕は昔,アーケードゲームを作っていたわけですけど,アーケードって3分とか5分でお客さんを引き込んで,やられたらさらに100円を入れさせるように仕向けるゲームですよね。みんな満足してお金を払っていた。そして僕ら作り手側も,そうなるように設計していたわけです」
「でも,コンシューマの時代に入って,5000円とか6000円でソフトを買ってもらう時代になった時,作る側としては,アーケードの時につちかったその感覚を消さなきゃいけなくなった。具体的に言うなら,その感覚が必要とされなくなった。しかし一方では,ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのように,物語を盛り込んで,それを伝えるゲームが出てきた。これはアーケードではできなかったこと。つまり,ビジネスモデルが変化することで,作られるゲームのジャンルそのものが変化してしまうってことなんです。作られるゲームが変わると,そこにいるユーザーも一変します。アーケードとコンシューマの例でいえば,これまでアーケードには行けなかった子供が遊べるようになったり,女の子も家でゲームが遊べるようになったり」
「今起きていることというのは,それらと同じように,また市場がシャッフルされて,リセットが掛かっているのだと思います。そして今度は,あらゆる人種,属性の人を巻き込んだより大きな動きとして,その変化が起きているわけです。これをなんと呼べばいいのかといったら,やっぱり“進化”と言わざるを得ないんじゃないかなと。僕も作り手としてソーシャルゲームに向き合うと,いろんなジレンマを抱えますけれど」
アーケードからコンシューマ,そして現在に至るまでの流れを,自身の経験を交えながらよどみなく話すあたりは,長年活躍してきたトップクリエイターの凄みを感じさせる部分だと思うが,発展途上であるゲーム自体が,それゆえ,時代時代で形を変えながら進化してきたのは確か。そして古くからのゲームクリエイター達が,その変化にもがきながら対応してきたことも,また事実であろう。
昨今の変化が,ゲーム業界にとって本当にコンシューマ機の登場に匹敵する出来事なのかどうか,あるいはソーシャルゲーム/スマートフォンがゲーム産業のメインスリームになり得るのかどうか。そこについては,まだまだ議論が分かれるところだろうが,稲船氏も
稲船氏:
「ファミコンでゲーム作ってた時,これはどうせ一時的なブームじゃないんですか? と良く言われましたが無くならなかった。とくにソーシャルゲームは,ファミコンと違ってハードを専用に買わなくても遊べるわけですし,この環境がなくなるとは思えない」
と言うように,これはこれで一定の規模感を維持していく可能性は高いものと思われる。
今回のパネルディスカッションは,どちらかというと,CEDECで集まったコンシューマゲームの開発者に向けて,ソーシャルゲームの開発を促すような内容になっていたわけだが,コンシューマゲーム機の登場ではじめてRPGというスタイルのゲームが生まれ得たように,スマートフォン時代にはスマートフォンならではのジャンル/作品が生み出されていくのだろう。
その“ならではの作品”が,今あるようなソーシャルゲームの形かどうかはまだ分からない……というか,むしろ大きく変化していくものと思われるが,結局のところ,劇的に変化するライフスタイルに真摯に向き合い,人の根源的な欲求や快感をどう刺激するかという視点は変わらない。それは,かつての(今もだが)ゲーム業界の先人達が常に意識してきたことであり,作り手に求められる根っこのところは同じなのかもしれない。
今回の登壇者となった2人のクリエイターはどちらも,パラダイムシフトを幾度も体験し,今なおトップのクリエイターとして存在している人物である。彼らはどんな将来を見据え,どんなゲームを作り出してくれるのだろうか。今後の活躍に期待したい。
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