連載
堂々のシリーズ完結! 「放課後ライトノベル」第35回は『円環少女』で最後のウィザーズバトル
前回は『魔術師たちの幻想遊戯』とファミ通文庫の新人賞作品を紹介したが,始まりがあれば終わりもある。
去年は富士見ファンタジア文庫の『フルメタル・パニック!』が,今年はガガガ文庫の『とある飛空士への恋歌』や電撃文庫の『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』『狼と香辛料』などの人気シリーズが次々と完結を迎えた。長く見続けていたキャラクターたちとの別れは寂しいけれど,その結末が素晴らしいものであれば,終わったとしてもその物語は深く心に刻まれているはずだ。
そして,角川スニーカー文庫の人気シリーズ『円環少女(サークリットガール)』もまた,上記の作品同様に素晴らしいラストを見せてくれた。そんなわけで,今回の「放課後ライトノベル」では,『円環少女13 荒れ野の楽園(エデン)』を紹介しよう。
最終巻だけあって,ボリュームも450Pオーバーと過去最厚! 現代日本を舞台に描かれた魔法使いたちの死闘,そして小学生,高校生,成年男性(無職)の地獄の三角関係の結末を目撃せよ!
『円環少女13 荒れ野の楽園(エデン)』 著者:長谷敏司 イラストレーター:深遊 出版社/レーベル:角川書店/角川スニーカー文庫 価格:820円(税込) ISBN:978-4-04-426715-5-C0193 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●二転三転する魔法使いたちの物語
数千を超える魔法世界が存在し,それぞれの魔法世界で独自の魔法が発達している中で,唯一の例外となっているのが地球だ。ほかの魔法世界とは異なり地球には《神》が存在せず,地球に住む人間に魔法を観測されると魔法現象が無効化されてしまうためだ。
異世界の魔法使いたちはそんな地球を《地獄》と蔑み,この世界の人間を《悪鬼(デーモン)》と呼んで,忌み嫌っている。そして,それぞれの魔法世界で重罪を犯した者は《刻印魔導師》として地球に追放され,魔法世界最大の勢力《協会》の敵を百人倒すまでその罪を赦されないという刑罰を与えられる。
本作のヒロイン,鴉木(あぎ)メイゼルも地球に追放された刻印魔導師の一人。《円環大系》の魔法使いとして電撃を操る能力に長けたメイゼルは,まだ12歳でありながら,人並み外れた魔法の才能と,他人をいたぶるのが大好きなドSな性格を武器に,主人公・武原仁(たけはらじん)と共に敵対する魔導師たちと戦い続ける。
そんな二人の前に,2巻では《相似大系》最強の魔法使いであるグレン・アザレイという,いきなり最大級にインフレした強敵が登場する。そのときはこんな強い奴を早々に出して,今後これ以上強いキャラクターをどうやって用意するのだろうと思ったものだが,その後もさらに強力な敵や最悪な事態が次々と訪れる。
地球人による魔法消去に対抗するために魔法使いたちが銃で武装を始めるわ,元学生運動の闘士と手を組んでテロを起こそうとするわ,東京の地下で大量の核爆弾を作成するわと,予測のつかない事態が怒涛の如く押し寄せるのだ。
そして,物語に合わせて登場人物の運命も大きく揺れ動く。
例えば,本作のもう一人のヒロイン・倉本(くらもと)きずなは,最初はただ守られているばかりの無力な少女だった。だが,話が進むにつれて《再演大系》の魔法使いとして,自らの手を汚して戦うことを余儀なくされる。
また,主人公の武原仁は,初めは日本政府と魔法世界の橋渡しをする《魔導師公館(ロッジ)》の専任係官としてしっかり働いてたはずなのに,巻を重ねるごとに彼を取り巻く状況が大きく変わり,気がつけば職を失い,見知らぬ女子高生にお金を渡して頼みごとをするまでになるなど,こちらはこちらで予測もつかない転落人生に……。
●敵も味方も総登場! 最後のウィザーズバトルを見逃すな!
『円環少女』の大きな魅力の一つに,個性的な魔法使いたちの存在がある。メイゼルが普段は小学校に通っているように,魔法使いの中には《地獄》で,ごく普通の生活を営んでいる者もいる。
お肉屋さんでコロッケを揚げるバイトをしていたり,ホームレス生活を脱却し仕事を得たことを自慢してきたりと,強力な魔法を使えるにも関わらず,社会に溶け込もうとする彼らの言動は妙に人間臭い。
その一方で,7巻の「おい,そこの変質者。おまえ,変態だから魔法使いだろ」というセリフにあるように,ネジの外れたぶっ飛んだ人も多い。
例えば,触覚と痛覚を刺激することで魔法を生じさせる《聖痕大系》の魔法使いオルガ・ゼーマン。真性のマゾヒストである彼女は,初めの頃は自分の爪を剥がす程度の苦痛で満足していたのに,話が進むにつれどんどんハードな責め苦を準備し,終いにはエンジン付きの拘束衣を身にまとい,クスリを打ってヘリコプターからダイブするという高度なプレイを披露する。
ほかにも全裸で空を飛ぶ女剣士とか,味覚と嗅覚で魔法を発動させるため,場合によっては犬の糞を口にするのもためらわない人とか,あまりお近づきになりたくない人たちが多数登場。そして,最終巻では《地獄》であったはずの地球に神が降臨したことによって,地球人たち《悪鬼》の魔法消去の力が消滅し,魔法使いたちが人目をはばからず公然と活動を開始する。そうした状況の中で,この最終巻ではこれまで登場してきた魔法使いの面々が表舞台に勢揃いすることに。
仁とメイゼルのピンチに颯爽と現れるあの人から,死んだはずのあの人,まさかこいつが来るとは思わなかったという人まで,オールスター大集合で描かれる凄まじいバトルは必見。最終巻にふさわしいクライマックスの連続となっている。
●苦闘の末に彼らが辿り着いた結末は……
『円環少女』は,「魔法」というありふれたジャンルを扱っているにも関わらず,良くも悪くも異色なライトノベルだ。
本作の主人公である仁は24歳と,ライトノベルの主人公にしては比較的年齢が高く,場合によっては躊躇せずに人を殺したりもする。そのような道を選んだ彼を待ち受ける運命は辛く厳しい。誰もが幸せになれるような結末を望みながらも,誰かを助けるためにほかの誰かを見捨てなければならないという命の選択を常に迫られ続ける。その選択の結果,恩師や肉親と殺しあうこともあった。
過酷な思いをするのは仁ばかりではない。ヒロインのメイゼルやきずなを始め,ほかの登場人物もそれぞれの絶望的な運命に立ち向かうことになる。
最終巻の中である人物がこのような言葉を口にする。
「魔法使いとは,力を振るう者のことではない。地べたを這いずり,生きることに挑戦するものこそが,真の魔法使いである」
本作に登場する魔法使いたちが苦しみもがきながら,それでも運命と向き合って自分なりの答えを出そうとするのは,彼らが“真の魔法使い”だからこそだろう。そして,多くの選択を経て,仁が最終的にたどり着いた結末は,これまでの苦悩の深さの分だけ優しく,美しい。
冒頭にも書いたが,自分の好きな物語にはいつまでも続いてほしいという気持ちはある。だが,やはり始まりと終わりがあってこその物語。そして,『円環少女』という作品はこれまでの物語にふさわしい素晴らしい結末によって,見事にその“円環”を閉じてみせた。これまで真剣に作品を追い続けていた読者も,この結末には間違いなく満足することだろう。
■悪鬼でも分かる,長谷敏司作品
長谷敏司は,第6回スニーカー大賞金賞を受賞した『戦略拠点32098 楽園』でデビュー。2作目に発表されたのは『天になき星々の群れ―フリーダの世界』。どちらも少女を主人公にしたSF作品。そして,今回紹介した『円環少女』が初のシリーズ作品となるのだが,タイトルからもお分かりのとおり,やっぱり物語のメインとなるのは少女,メイゼル。
『あなたのための物語』(著者:長谷敏司/早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
→Amazon.co.jpで購入する
そんなわけで,デビュー作から少女が出てくる話ばかり書いてきた長谷敏司だったが,2009年にはライトノベル以外での初めての長編として『あなたのための物語』(早川書房)を発表する。主人公は少女ではなく,女性科学者のサマンサ・ウォーカー。余命半年を宣告された彼女と人工知能≪wanna be≫の交流を通じて,「死」というテーマに正面から斬り込んでいく本作は,読後感が良いとは決して言えないが,読者の心に重たいものを残していく強烈な一冊だ。
また,今年は月刊「Newtype」誌上でイラストレーターのredjuiceと共に“PROJECT <Lacia>”と呼ばれる企画への参加が予定されている。企画の全貌はまだ明かされていないが,フィギュアメーカーのグッドスマイルカンパニーも関わっているらしく,メディアミックス方面でも期待できる展開になりそうだ。
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